95.リンファの飛び道具
朦朧とする意識の中、リンファは先生との稽古を思い出していた
『いいかいリンファ、この技は八極剛拳における、ある意味飛び道具だよ』
『飛び道具? 何かを投げるんですか?』
『そうじゃないんだけど、そうでもあるかなぁ』
『なんだか不思議な技なんですね……?』
『仕組みとしてはすごくシンプルなんだけど、それだけに一度技を見せてしまうと二度と通用しなくなるかもしれない』
『だから使いどころをよく考えるんだよぉ、相手にとっても自分にとってもまさかのタイミングを狙うんだ、わかったねぇリンファ……』
「穢れェ! よけろぉぉぉ!!」
朦朧とするリンファの側頭部に水の塊がぶつけられ急激に現実に引き戻される
慌てて頭を振るリンファの目の前に見えない砲弾が石床をえぐりながら迫ってくる!
「う、うわあああ!」
構えも何もなく只必死に飛びのき直撃を避けるが、よけきれずに巻き込まれた左腕に斬傷が無数に刻まれる!
「しぶといのね……腹立たしい でも貴方の噴き出す血を目にできるのはとても幸せよ」
二本の大きな杖を中空に構えながら、ピスティルがリンファに視線を向ける
その顔には血の涙の跡がクッキリと残っているが、当の本人はそれに気づいていない
涙の筋がまるでマリオネットの顔の様にも見えた
「目が覚めたか!目覚めぬならそのまま私が直々に止めを刺してくれるぞ!」
「物騒な事を言うな! でもお陰様で何とか無事だよ……!」
ガルドは叫びながらも命鉱石の猛追を魔法で対抗し続ける
命鉱石は何度も形状を変えながらガルドに襲い掛かっていたが、ガルドの展開は常にその一歩先を読む
「まずは一つだ!」
ガルドは動きの鈍った命鉱石に火球を打ち込むと、一拍を置いて氷混じりの海水の水流を叩き込む!
急激の温度差で命鉱石にヒビが入る
そのヒビを見逃さず、すかさずその水流を氷柱に変えて打ち貫き、命鉱石を破砕させた
真っ赤な命鉱石の欠片が中空に散り、やがてその欠片も大気に消えていく
「ふはは……! しょせんゴブリン風情の小細工! どうした、私はまだ生きているぞ!」
ガルドは煽るように笑い、効かないとわかっていて嫌がらせの様に氷柱の魔法を次々とピスティルに撃ち込む
「不愉快ね…… じゃあその小細工と笑ったこの命鉱石で必ず殺してあげるわ!」
ピスティルはその挑発を真っ向に受けて立つかのように、残りの命鉱石を全てガルドに差し向ける
まるで感情を持っているかのように多数の命鉱石がガルドに襲い掛かった!
ガルドは笑いながらその猛攻をさらに捌く
その猛攻の最中、ガルドが一瞬だけリンファに目を合わせる
その目は大きく見開かれ、食いつかんばかりにリンファの眼を睨みつけているようだった
「わかってるよ……こっちは任せて!」
リンファはガルドが命鉱石を全て引き付けたことを少しだけ感謝しながら、動かぬ左手を隠すように右手前の構えを作る
隠したところでその左手からは血が止まらず、ポタポタと音がしてその負傷を主張する
「あらあら、そんなに傷だらけの姿を見せてくれるの?嬉しくて嬉しくてたまらないわ……!」
「こんな傷……大したことないですよ……」
リンファが自らの窮地を楽しむようにフフっと笑う
「強がりもそこまで行くと滑稽ね、いいわ……殺してあげる!」
ピスティルはもう生きているリンファに興味はないといわんばかりに詠唱を開始する
だがその詠唱の展開は先ほどまで大きく違う点がある
離れたリンファでも視認できるほどの強大な真空が生まれていく
しかもそれは1つではなく、2つ
二本の杖がまるでピスティルの分身のように並び、それぞれが真空を作り上げる
その大きな命鉱石から魔法煙がたちのぼりその形を変容させていく
「今度はもうどこにも避けられないわよ……!」
「ふ、二つ……!? ゴブリンの楽器を連続で唱えようというのか!」
その二つの強力の真空が完成していくに連れ、ピスティルの身に異変が起こる
ただでさえ強力なゴブリンの楽器の真空が倍になったことで、術者自身に次々と斬撃が刻まれる
詠唱を重ねれば重ねるほどピスティルの身が傷つき血を噴き出していった
リンファはそれに気づき、必死に声を上げる
「や、やめるんだピスティルさん! あなた自身が持たない!」
「貴方に心配されるなんて身の毛がよだつほど不快よ! 貴方さえ……貴方さえ……」
ピスティルの体が真空の渦に巻き込まれ、深紅のドレスを緑に染めていく……!
「貴方さえいなければ……! 死ねえぇぇぇ!」
絶叫と共に詠唱を完了させ、その真空が爆発する
2つの大きな命鉱石が空気の塊と咆哮に変わり、その真空を貫き巨大な空気の砲弾に変わる
砲弾はまるで圧縮された嵐のように周囲を巻き込みながらリンファにめがけ撃ち込まれた!
ピスティルは裂けていく我が身などもろともせず、リンファをただ睨みつける
激痛が脳を焼くが、それでもその視線は絶対にぶれず、瞬きすらしない
『あの憎いゴブリンハーフが粉々にちぎれ飛ぶ瞬間を絶対に見届ける!
『その為にこの目はついている!』
そう言わんばかりにピスティルは目を見開く
ピスティルの目に映るリンファはその両手で我が身を守るように構えるが微動だにしない
ゴブリンの楽器がその身に届く寸前になっても動こうともしない
『受け切るつもりか……馬鹿ね! そのままちぎれ飛べ!』
ピスティルはその愚行にほくそ笑む
そして刹那の瞬間、その愚者の影はピスティルの望み通り2本の空気の砲弾に消し飛ばされる
だが、ピスティルはそれが異変であることに気付いてしまい、思わず瞳孔を揺らした
確かに直撃し消し飛んだはずのリンファだったが、その消し飛び方はバラバラではなかった
まるで煙が突風で掻き消えるようにふわりと消えた……
それはまるで蜃気楼のように
その異変にピスティルが反応した刹那、片方のゴブリンの楽器の砲弾が緑に染まる!
その緑の変化はリンファの位置から魔法を今なお展開するピスティルの杖まで一気に染め上がっていく!
そしてその緑色の変化が眼前に迫った瞬間、ゴブリンの楽器を逆流するように血まみれのリンファがピスティルの前に現れた!
「な!? あ、あれは偽物!?」
「ピスティルさん! 覚悟ぉ!」
その瞬間を見届けようと視力に集中したピスティルは気づけなかった
だが例え視力に集中していなかったとしても、そんなことをするとは想像できなかったかもしれない
リンファは敢えてその大技を喰らうつもりでその場を動かなかった
直撃の瞬間、魔導発勁を周囲の空気に漂う魔力に共鳴させ、我が身の残像を作る
本来なら気当たりや技の起こりを以て相手の誤認を狙いスキを作る技をリンファは魔導発勁で発動させたのだ
【八極剛拳 発勁蜃気楼】
魔法の使い手あれば魔力の揺らぎで簡単に看破できる稚拙なフェイント
見破られてしまえば二度とは通用しないまさに児戯
だがそれをリンファはダメージ覚悟で直撃の寸前にやってのけたのだ
八極剛拳の飛び道具、それは自らを囮にして飛び込む一度限りのフェイント技だった
血で緑に染まったリンファが鬼気迫る表情で拳を振り上げる
同じく血に染まったピスティルが決死の表情でその一撃に身構える
血だらけの両者が交錯し、激突音が響き渡る!
我が身を切り刻みながら撃ち込んだリンファの渾身の拳
それはピスティルに届かない
いや、その拳は最初からピスティルに向けられていなかった
リンファの拳の狙いは杖
ピスティルの隣で構えられていた命鉱石輝く杖の一つにその拳は撃ち込まれた
その一撃にピスティルは驚愕の表情を浮かべる
リンファは激痛に耐えながら撃ち込んだ拳で命鉱石に魔導発勁を流し込む
決して顕現できないリンファの魔力が命鉱石の魔力と共振し、巨大な爆発を生む!
そしてその魔力の共振はこれまでとは比較にならない程の命鉱石の面影をリンファの脳裏に流し込んだ
まるでその瞬間その場にいたかのような鮮明な、命鉱石の最期の瞬間が幾重にも重なっていく
あまりの鮮明さにリンファの視界が歪んでいく
その歪んだ視界がとらえた面影、それは
それは……リンファ自身の姿
そして……絶叫するピスティルと不愉快に笑うゴブリンの声だった―――




