92.命の魔鉱石
ガルドは目の前の事実が理解できないまま、地面に膝をつく
「ま、魔鉱石が変化し、その形状を維持しているだと……!? そんなものが存在するわけが……!?」
流れる血が止まらない傷口を押さえながら驚愕を隠せないガルド
傷口から直接流された電流が傷口の損傷を激しくさせている為か、回復魔法もうまく作用しない
「あなたに教えてもらったことよ? 電撃は傷口に直接打ち込むことで効果が生まれるって……実践できてうれしいわぁ」
「こ、このゴブリン風情が……! 私に何をした!? 一体これはどういうペテンなのだ!」
「嬉しいわ、あなたにそんな視線を向けてもらえて 侮蔑と怒りに燃えた瞳……その瞳の光を真っ黒に塗りつぶせるなんて……!」
「話にならん……! ゴブリンが人の言葉を話すだけでも不愉快だというのに……その言葉が通じない……神への侮辱である!」
そういいながら時間を稼ぎ回復を急ぐが、ガルドの傷の治りは遅々として進まない
傷口をズタズタにされたせいで整復がうまくいかず、血も止まらない
「魔鉱石であれば魔法に反応して魔力を放出し消滅するはず、だというのにこの動きは……」
ピスティルの周りを魔鉱石が飛び交う
まるで意思を持っているかのように、ピスティルを慕うように
獰猛なスズメバチのように不気味な共振の音を立てながら漂っている
「ピスティルさん……その石、ゴブリンですか?」
リンファが流れる血と体液もそのままにヨロヨロと立ち上がる
毒液に侵された背中からは煙が立ち、その身を痛々しく焼き続けるが、それでもリンファは必死にピスティルに問い続ける
その問いに、瞳孔を大きく開き、口が裂けたと思い違うほどに口角が上がり不気味に笑うピスティル
「あの時聞いた魔鉱石の精製……それとその石に接触した時に感じた面影……」
「魔鉱石の精製だと……? 穢れ! まさか!?」
「うふふ……ふふふ……」
「仲間を……ゴブリンを……」
「あはははははははははははは!!!!!」
「ゴブリンの命を石に変えたのかぁ! ピスティルさん!!!!」
リンファの絶叫が響く
ピスティルはすぐには答えず、ただ笑う
その狂ったような笑い声が正解を言わずとも全てを物語っていた
「ま、魔鉱石の生命錬成だと……!? 禁忌中の禁忌ではないか!」
「何を言っているのよ、元々あなたたち人間がやってきた研究でしょうに……うふふ……」
「デタラメを言うな!この化け物め!」
ガルドが怒りで叫ぶ、だがリンファはうつむきその叫びに力なく答える
「が、ガルド…… 僕はオルファン要塞で錬成の設備を見た…… 詳しくはわからないけど……」
「貴様までそんなことを……所詮はゴブリンの眷属、異形の穢れか、戯言を抜かすな!!」
「な……そんな言い方……!」
リンファの戸惑いをよそにガルドが怒りに震え詠唱を始める
まだ詠唱中だというのに大地が震え、小さな残骸が浮き始める
魔力が渦となり、ガルドの周りに集約を始めた
「それがなんであろうともはや関係ない……貴様事粉みじんに砕いてしまえばよかろうなのだ!」
「あらあらあらあら、そんな顔も見せてくれるの? すごく嬉しいわ、激情と感情に任せた顔、あの時の不敵で余裕ぶった顔よりよっぽど魅力的よ」
「ほざけ! ひき肉にしてくれるわぁぁー!」
ガルドは多重詠唱を完了させ、その全てを解き放つ
広範囲の浮遊魔法で大量の瓦礫を浮かび上がらせるとそれを風の魔法で一気に上昇
そしてピスティルに向けて重力魔法をぶつけ、その浮かび上がった大量の岩石と土砂と瓦礫を集約!
当たれば骨折は免れないであろう大きさの瓦礫が次々とピスティルに激突し、さらにその激突した瓦礫の上から瓦礫がぶつかり重なっていく
それらは最初巨大で歪な球状の塊だったが、やがて重力魔法の力で徐々に小さく押し固められ、1/3程度の大きさの整った球体に集約する
ギシギシ、ビキビキと砕ける音が響き、やがて音すらしなくなった
そのすべての術式を完了させたガルドが肩で息をしながら勝ち誇ったように笑う
「どうだゴブリンめ……神の力を持って土くれに返してくれたぞ……!」
勝利を確信したガルドの横で、リンファは咄嗟に走り出す!
「ガルド!伏せろぉ!」
「なに……?」
ガルドがその声に驚きリンファの方を向いた時、その球体の内側から何かが高速で射出される!
その射出された物体は高速で飛翔し、ガルドの体を貫く
間一髪リンファが飛び掛かり押し倒したことで数発の被弾で済んだが、ガルドの立っていた角度の床は文字通りハチの巣となって砕けた
ガルドは痛みよりもその攻撃のショックが大きく、痛みの言葉すらも発することができずただ眼を見開き呆然とする
リンファは追撃を恐れガルドをかばうように瓦礫の塊に向けて構えた
「何故だ……何が起きた……?」
「聴こえたんだ……」
「聴こえた……だと……?」
「あの塊の奥から、クスクスと笑う声が!」
その瞬間、宙に浮いていた瓦礫の塊が巨大な爆発音とともに砕け散る
その見た目からは想像もできないほどの大量の瓦礫をまき散らし、土煙を巻き上げる
その煙の向こうに、不自然なほど赤い何者かがふわりと浮く
深紅のドレスに2本の杖
あれだけの瓦礫に押しつぶされたというのに、傷どころかホコリ一つつかない姿で
ピスティルのスカートが優雅に風に舞っていた
「うふふ…… そういう魔法の使い方もあるのね 勉強になるわ」
ピスティルを守るようにその周りを高速で命鉱石が飛び交う
だがそのうちの一つが徐々に動きを鈍らせ、音を立てて砕け散った
「あら、もう限界だったのね……ありがとうね また会いましょうね」
破片を煌めかせながら落ちていく命鉱石を見つめ、手を差し伸べることもなく別れの言葉を告げる
その目からはあまりに普通で、感情を推し量ることはできなかった
「転移の魔法で避けてあげてもよかったんだけど、あまりに素敵な表情で唱えてくるから真正面で受けてあげたくなっちゃったわ……ふふふ」
「ふ、ふざけおって……、ぐぅぅ……!」
怒りの気炎を吐くが、失った血が多すぎてその声に力が入らない
ガルドは杖で体を支えながらかろうじて立ち上がるが、その足はあまりにおぼつかない
「話が途中だったわね、なんだったかしら……そうそう、この命鉱石のことよね?」
ピスティルはガルドを歯牙にもかけず、命鉱石の一つを大事そうに撫でながら喋り始める
「あなたの想像通りよ、ゴブリンハーフ この子たちは私のお友達とトランクのお友達……みんなトランクの仇を討つために手を挙げてくれたゴブリン達よ」
リンファはその言葉に目を見開く
あの夜、泣きながら何度も戦いを挑んできたゴブリンの姿が目に浮かぶ
トランクを慕い、仇を討つために命をかけてきたあのゴブリン達
「そしてあの要塞での人間共の研究で私は力を得た、クイーンは更に強くなったわ……!」
「あなたは……!」
リンファがピスティルを睨みつける
ピスティルの表情は穏やかに見えた
だがその瞳から血の涙が流れ、止まらない
「あなたは!仲間を犠牲にして!その力を手に入れたのかぁ!」
リンファが絶叫し飛び掛かる!
リンファの特攻に命鉱石が反応し、一斉に射出される
それはまるで女王蜂を守る兵士の蜂の様に!
命鉱石が炎に変わり、リンファに襲い掛かる
その炎を螺旋の動きで弾くが、リンファの脳裏に異変が起こる
掌でその炎に触れた瞬間、おぼろげだがたくさんの面影が脳裏に流れ込む
命鉱石に刻まれたゴブリンの記憶がまるで万華鏡の様に視界に映っては消えていく
その朧げだが膨大な量に目を眩ませるが、リンファは構わず突っ込んでいく!
「ピスティルさん! こんなことが許されるものかぁ!」
「許されるなど!思っていないわ!」
ピスティルが2本の杖を操り、火炎の柱をリンファの足元に発生させる
リンファは直撃スレスレで掌で受けながら回避、グローブに編み込まれたステラの毛が氷をまといその炎を受け流す!
手の届く間合いに入った瞬間にリンファはその拳を打ち込む!
ピスティルはその拳を障壁で受け止めると、なおも勢いを持つリンファの額を自らの額で受け止める!
噛みつこうと思えば噛みつけるほどの至近距離で、ピスティルの瞳が初めて揺れる
「許されるわけ……ないじゃない」
ぶつかった衝撃で、リンファの顔に緑の血が付着する
それは血の涙、ピスティルが流した涙
「トランクを殺したのも私、お友達を殺したのも私、血に染まった私を、私自身が許さないのよ……!」




