71.ゴブリン・クイーン
飛翔島よりもあの激戦が繰り広げられた要塞よりも遥か北
王都の調査団ですら踏破できず地図に記載されていない極北の地
深雪積もる極寒の山々の中央に、その城はあった
いや、それは一見するだけでは城と判断するのは難しいだろう
まるで蟻塚のように歪に作られた不気味で巨大な物体
各所に設けられた煙突から不気味な色の煙が湧きたっている
その城に名はない
だがそこに住まうゴブリンはこういう
『ゴブリン・クイーンの城』と
クイーン・ロッドのピスティルは膝を着き目を伏せたままひれ伏していた
そこはゴブリンクイーンの玉座
巨大な椅子に何者かが座っていたが、その姿は黒いローブに覆われており容姿は確認できない
玉座も3メートルの高さはあろうかという巨大な大きさな作りになっており、上質な黒い絹の様な布が当てられている為
クイーンの大きさも一見すれば判別が難しい
だがその喉から鳴る重く艶のある声は危うい色気を感じるほの暗い恐ろしさを感じる響きだった
「ロッド 面を挙げなさい」
その言葉に肩を震わせ、ロッドと呼ばれたピスティルはゆっくりと顔を上げる
ピスティルの顔は焦燥と涙の跡でグシャグシャになっており、覇気を失っていた
その手にはあの時砕けわずかに残った赤い石
ピスティルはそれをまるでトランクの遺骨でもあるかのように握りしめていた
「報告は聞いています、ですがあなたの口から何があったのかを聞きたい」
怒りとも悲しみとも取れない沈んだ声でクイーンは問う
ピスティルはその目をわずかに伏せ、口を開く
「オルファン要塞にて作戦行動を命じられた部隊は8割のゴブリンが戦死いたしました クイーン様からお預かりした貴重な軍勢を失ってしまい……」
「アックスはどうなりましたか?」
ピスティルの言葉を遮るようにクイーン・アックス……トランクについて尋ねるクイーン
言葉を喉に詰まらせるピスティルに、更にクイーンは質問を繰り返す
「もう一度聞きます、アックスはどうなりましたか?」
「アックスは……戦死……いたしました」
短い言葉で必死に事実を伝える
だがクイーンはなおも質問を重ねる
「戦死の状況を教えなさい」
「アックスは……作戦行動中にアクシデントで人間の群れに紛れていたゴブリンハーフと要塞に転移し、交戦と……」
「もっと詳しく」
「交戦地帯へ復帰するためにゴブリンハーフと一騎打ちする形となり、戦闘に……」
「そうではありません、どのように死んだか教えなさい」
クイーンはピスティルの言葉を次々と遮り、質問を重ねる
ピスティルが一番言いたくないところに、踏み込んでいく
「アックスは……作戦行動中の仲間の援護を私に託し……ゴブリンハーフの一騎打ちの末……敗北しました」
「続けなさい」
「私が要塞に帰還した時……既に回復不可能な身体になっており……」
喋る言葉をなくすピスティル
だがクイーンはなおも聞く
「仲間の援護に向かったといいましたが、どれほどの仲間が帰還できましたか?」
「申し訳ございません」
「謝罪は聞いておりません、事実を報告なさい」
「援護に向かったところ、人間側に強力な魔導士が援軍に現れ……」
「現れどうなりましたか?」
些細な言い回しのぼかしも許さず、何があったかを言わせようとする
「その魔導士の手で全滅しておりました……呼びかけましたが……答えるものはありませんでした……」
「貴方はその時何をしていたのですか?」
「援護に向かい、交戦しました」
「交戦の結果は?」
「敗北し……撤退しました……」
「ロッドは負けて逃げたのですね?」
「……はい」
追い詰めるように質問を重ねるクイーンに表情をなくしていくピスティル
しばしの沈黙の後、部屋中に木霊するような大きなため息が響く
クイーンは片手を目にあてると、ゆっくりと口を開いた
「アックスがどのような状態で、どのように死んだのか教えなさい」
「……」
「答えなさい、命令です」
クイーンは声を荒げず、ただ淡々と聞き続ける
自分が求める回答が出るまで何度でも聞き続ける
「トランクは戦闘に際し肉体を変容させており……」
「アックス」
「え?」
「アックスです、呼称は正確になさい」
「は、はい……」
トランクと呼ぶことを決して許さず、言葉を遮るクイーン
「……変容した肉体をコアごと破壊されたアックスは回復魔法も聞かず……ほ、本人の希望で……」
「どうなりましたか」
「魔鉱石となり……部隊の帰還の礎になりました」
言いながらピスティルの目から涙が流れる
その涙を見ながらクイーンは質問を更に重ねる
「誰が魔鉱石にしましたか?」
「……たしです」
「聴こえません、もっと声を張りなさい」
「私が……魔鉱石にしました」
その言葉を言わせたクイーンは言葉を重ねる
「お前がアックスを殺したのですね?」
「……はい」
「お前の口から言いなさい、明確に言葉にしなさい」
「私がアックスを、こ、ころし……ました……!」
一番触れたくない、思い出しくもない部分を引きずり出され奥歯を噛みしめるピスティル
その言葉を聞いたクイーンは沈黙した後、静かに肩を揺らす
「ピスティル……つらい状況だっただろうによくぞその決断ができましたね、立派です」
不意の皇帝の言葉に虚を突かれるピスティル
「え……?」
「トランクも最期までゴブリンとして意地を張り、ゴブリンの為に命をかけました……私は誇らしい」
クイーンが二人を役職ではなく名で呼んだ
その言葉に思わずピスティルは泣いた
「トランクを失ったことはとても悲しい、けれどあなた達はオルファン要塞で立派にその結果を持ち帰ってくれました」
クイーンはなおも肩を震わせながら、その手のひらをそっとピスティルに向ける
「トランクを魔鉱石に変化させ仲間を帰還させたという事は作戦の結実であり、トランク自身の本懐と言えるでしょう」
「ありがとうございます……! しかし、私は作戦の中心であった人間の魔鉱石化には十分な成果を上げらませんでした……」
クイーンの言葉に感動しながらも自らの力不足を吐露する
しかしクイーンはその言葉を少しだけ意外そうに返した
「何を言っているのですかピスティル、貴方達は魔鉱石の算出に成功しました、トランクがまさしくその結果ではありませんか」
クイーンの言葉にピスティルの瞳孔が揺れる
「連れて帰ってきたトランクとあなたの仲間はさぞや無念でしょう、戦う気勢すらなくしているかもしれません」
「ピスティル、仲間にまだ戦う道があることを示してあげなさい」
言葉の意味を理解したくなくてピスティルはクイーンの目を見る
「それは、どのような意味でしょうか……?」
「私の口から言わせるのですか、それは不敬です」
「し、しかし……!」
「ロッド!」
なおも食い下がろうとするピスティルの言葉を一喝するように遮る
「あなたの研究の成果、作戦の結果はあなただけのものではありません……! あなたがそれを使わねばより多くのゴブリンが死にます」
「トランクとの最後の力を使ってやらねば、あの仲間たちも……なによりトランクが浮かばれません」
トランクの欠片を握りしめるその手から緑の血がしたたり落ちる
唇を噛み、ピスティルはただ震える
「わかりました……」
「何がわかりましたか、貴方の口から私に伝えなさい」
クイーンはピスティルを促す
その促しに血の涙を流しながらピスティルは口を開いた
「帰還した仲間を用いて魔鉱石を精製し……ゴブリンハーフを……撃ち倒します……!」
トランクが必死に守った、こよなく愛した仲間たちを石にする
トランクが大事した者たちが思い出ごと居なくなる
そしてその大鉈を振るうのは、私
私は今、自分の口でそれをすると宣言した……
ピスティルはその事実に呆然とした
「その言葉聞き届けました、ではそのようにしなさい」
「わかり……ました……」
「トランクの無念を、あなたが払うのです それはともに作戦を成し遂げたあなたにしかできないことです、ピスティル」
ただ下を向き地面を見つめるピスティル、もう涙は枯れ果てていた
「拠点での失態は不問とします、雪辱は自らの手で果たしなさい」
「貴方の手でトランクの仲間を使って仇であるゴブリンハーフを殺しなさい」
「……はい」
「では下がりなさい、そして行動に移しなさい」
クイーンの尋問の様な報告が終わり、ピスティルは部玉座の間から退出する
トランクの欠片を握る手からは血がぼたぼたとこぼれ、噛みしめすぎた奥歯にはひびが入っていた
だがその目はあまりにも感情がなく、ただ真っ黒でフラットだった
『私が殺す』
『トランクの大事な仲間を、大事な思い出を、殺す』
『私が殺す』
『憎い仇のゴブリンハーフを……殺す!』
憎しみが脳を焼き、血の涙が流れ続ける
ピスティルは幽鬼のように足元をふらつかせながら、トランクの大事な仲間の元に向かった
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ピスティルが退出したあと、玉座には沈黙が訪れる
玉座に座り頬杖をついていたクイーンはやがてその両手を自らの顔を隠すように覆い
一人静かにその肩を震わせた―――




