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緑の拳士~ゴブリンハーフは魔法が使えない~  作者: ハンドレットエレファント


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70.束の間

「すごい……何もかも変わってる……」

拠点についたリンファはその様子の変化に驚く

戦闘の爪痕はあちこちに残っていてとても痛々しかったが、あれだけあふれていた怪我人がほとんどいなくなっている

その代わりに敷地内には多くの甲冑を着込んだ兵士が歩いていた

全身を鎧で包み、その背中には王都の紋章が刻まれた真っ赤なハーフマントが翻っていた


「王都軍の治安維持部隊が動いたのか…… どうやら事態を相当重く見たようだな」

リンファの顔に目立たぬように布をかぶせてやりながらアグライアが辺りを見回す

「しかし、私がここを出発したのは数時間前だぞ……それでここまで変わるのか さすが王都直轄……」

「ファルネウス卿がかなり強引に話を進めたそうです、神代王にお許しを直接願い出られたそうです」

拠点のリーダーのグレイも辺りを見ながらそう答える




拠点の破壊された外壁などは既に応急的な復旧がすまされており、内部の建物なのはそのほとんどが撤去されていた

その代わりに治安維持部隊のものと思われる紋章の入ったテントが規則正しく設置されている


「治安維持部隊が来たので拠点の管理権は軍に委譲しました、させられたといったほうが正しいかもしれないですがね」



よく見ると維持部隊の何人かが怪我を負っており、数人の体に包帯などの治療が施されているのが見える

「治安維持部隊がついたのは数時間前ですよね……もう戦闘が?」

「……ガルドです」

「あ、あの男は王都軍にも戦闘を仕掛けたのか!」

もはや狂人の様なガルドの凶行にアグライアは頭を抑えるが、リンファはその目を険しくする

「ガルドさんは本当に王都を相手に戦う事を決めたのですね……」



戦闘の最中、言っていた「諸悪の根源たる王都にも弓を引く」という言葉がリンファの心に残る

「ガルドさんが罪を重ね続けてでも戦わなきゃならない何かが僕の家にあったということなのか……」

今考えてもしょうがない事とわかっていても、リンファは考えずにはいられない






後ろめたいことがあるわけではないが、念のため目立たないようにリンファ達は拠点のリーダーの部屋に戻ってきた

ここだけはまだ残務処理が必要という事で撤去はされなかったのだ

だが室内はとてもガランとしており、粗末な寝台と小さな机、それと椅子が数脚残されているのみ……


「荷物などは全て廃棄処分です、重要な書類などは既に転移で送りましたがね」

そういいながらグレイは全員を椅子に座るように促す


「リンファ君、君はベッドに横になってくれ、あまり綺麗ではないがちゃんとシーツ位は変えているからね」

「あ、ありがとうございます……」


ここまで来て緊張の糸が切れてしまったのか、リンファは疲労が限界だった為その言葉に甘え横になる

すこしだけ煙の臭いが染みついていたが、心地の良い匂いに包まれリンファは一息つく


「グリフ君は済まないが椅子に座ってもらえるかな……、ここの近日中に完全撤収の予定だからもう寝具なども最低限しかなくってね」

「大丈夫……でっす オイラ……私はそんなに疲労はしてねぇので……」


心なしか緊張しているのかグリフの受け答えが怪しくなっている

何かあったのかと不思議そうな顔でリンファはグリフを見つめるが、その理由は思い当たらず小首をかしげるばかり


「何から話せばいいかわからないが……まずはお礼を言わせてくれ」

グレイはそういうと椅子から立ち上がり、横になっているリンファに向かって深く頭を下げた

その仕草を見てリンファは急いで体を起こしてそわそわと挙動不審になる


「え?グ、グレイさん!? 僕は何も……」

「君があの時体を張ってゴブリンのリーダーの行動を妨害してくれていなかったら、拠点の人間は全滅していただろう……被害者は決して少なくはないがそれでもこの被害で済んだのは君のお陰だ」


リンファが頭を上げるようにお願いしてもグレイはそれでも頭を下げる

「そして君の負傷者に対する献身も多数報告をもらっている、ギルドとして感謝の意を表させていただきたい……本当にありがとう」

「そ、そんな……僕はただ夢中で……」

「君の事はギルド長のバル=セルクやファルネウス卿からも話は聞いていた、そしてこの目でその活躍を見させてもらった……」

グレイは目に涙を浮かべながらリンファの手を強く握る


「この礼はいつか必ず返させてもらう、ギルドとしても、私個人としても」

最初は慌てていたリンファだったがグレイのその姿を見て背筋を正し、頭を下げ返す

「できる事を精一杯やっただけです……、足りなかったことも間違ってたこともたくさんありました でもそういってもらえて嬉しいです」



その二人を見てアグライアは心なしか鼻が高そうな顔をするが、しかしこれを良しとよいのかどうか悩み始めたのか複雑な表情を浮かべていた

『リンファがこうやって認められるのは嬉しいが、今回も非常に危険な状況に飛び込んでいったのも事実だし……むう……』


アグライアの複雑な表情の隣で、この世の終わりくらいに表情を暗くする男が一人


それはグリフ

グリフはここに戻ってきて「オイラかなりやばいことやってんだよなぁ……」ということに気づいてしまい、ずっと緊張していたのだ

まだ元気な冒険者を先導して結果全滅、しかもそれが引き金で拠点は大襲撃をうけている


出世どころか処刑もありうるのでは?と気が気じゃないのだ



「そうだ、グリフ君」

「はははは、はい!?」

そんなお通夜みたいな顔をしているグリフに突然グレイが話しかけ、緊張でカエルの輪唱みたいな返事をしてしまう


「君にも御礼を言わせてほしい 君の持ち込んでくれた魔鉱石のおかげで多くの負傷者の命が救われた 感謝する」

「へ?あ?いえそんな? いいんすよおおおおお役に立ててうれしいっすよオイラあぁーーー!」


百面相かと思わんばかりに表情を一気に変えて常夏のバカンスに来たときくらいリラックスした表情に切り替わるグリフ

死刑宣告が感謝の意に変わったのだ、それはそうなるだろう



「というかあのゴブリンの親玉倒したのリンファだけじゃなくてオイラもちょっと協力してますからね!そこんところも報告しといてくださいね!えっへへー」

自分の心配がなくなったとわかったとたん饒舌になるグリフに苦笑いするリンファ


「……あぁ、ちゃんと報告しておくよ 大丈夫」

グレイは少し間をおいてそれを確約し、グリフはさらに小躍りをする



「それで……ここからがとても言いづらい事なんだが」

グレイが顔に影を落とし、少しの沈黙

少しして意を決したのか、重々しく口を開いた




「皆さんは数日以内にここを離れたほうがいい」



その言葉に焦るグリフだったが、リンファとアグライアは表情を変えない

そうだろな……という感じの雰囲気を醸し出していた


「王都直轄の軍にゴブリンハーフであることがばれるとまずい……そんなところですね」

アグライアは口に手を当て、何かを考えながら言葉を返す

「あぁ、それでなくてもゴブリンハーフ……リンファ君には神聖騎士団に討伐命令が下されていたからね ここで見つかれば大きな衝突は避けられないと思う」


「待ってくれよグレイさん! リンファはこの戦いの英雄みたいなもんだぜ! せめて飛翔島に帰って休ませてやれよ!」

「飛翔島に戻るのも今は都合が悪いんだ、王都の軍をかなり強引に動かしてるから飛翔島も王都の軍でいっぱいなんだ 見つかると同じくまずいことになる」

「じゃあ居住区でかくまってやりゃいいじゃねぇか!緑の連中だって協力するだろ」

「それは賛同できない、もし見つかった場合かくまっていた人間もタダじゃすまない それに飛翔島でゴブリンが見つかれば今回の件もあって飛翔島の自治統括に支障が出る」

「お偉い人の話かよ、やだねぇやだねぇ!」


不満そうに吠えるグリフをたしなめるようにアグライアが制する

「ファルネウス卿は私利私欲でそうしたいわけじゃないんだ、飛翔島の自治統括のバランスは非常に危うい均衡で成り立ってる、ここで王都に付け入るスキを与えたら難民の受け入れもできなくなってしまうだろう」

「色々事情はあるんだろうけど、なんか納得いかねぇなぁ」


「グレイさん、大丈夫です 日が暮れたら闇に紛れてここから出立しようと思います」

「きょ、今日くらいはゆっくりしてくれ、それくらいの便宜は図るから!」


その言葉にリンファは優しく首を振る

「時間を置けば置くだけこっそり動くのは難しくなると思います、本当は今すぐ出たいんですけど日が高いうちは目立ってしまうので……すいません」


「そうだな…… すまないなリンファ 馬も目立つから使えないだろうからしばらくまた徒歩だ」

「大丈夫ですアグライアさん、夜は慣れてます」

「はは、お互いにな」


大変な状況にもかかわらず二人は笑う

そんな二人に申し訳なさそうな表情を見せるグレイ


「今度はどこ行くかねぇ! 道中の雑用はオイラがやるから安心しなよ!」

ヘヘヘと笑いながら輪に加わろうとするグリフに申し訳なさそうに物言いがささる


「すまないんだが……君は飛翔島に一緒にきてもらうよ、グリフ君」

グレイだ

グレイの申し訳なさそうで冷徹なちょっと待ったコールが入った


「へ?は?え?」

その言葉に状況が理解できず軽くバグるグリフ


「君には出頭命令が出てる、命令者はルキウス=ファルネウス卿だ 今回の一連の戦闘について尋問をされる」

「ぇー?え。えぇー?」

淡々と事実を突き刺すグレイにグリフの口から漏れる言葉がおかしくなっていく


ハラハラソワソワと状況を見るリンファと、その言葉を耳にしながら何かをしたためるアグライア

アグライアが何かを書いているのを見て、これだ!と思ってリンファも筆を執った

そんな二人にはお構いなしにグレイの話は続く


「先に言っておくけど絶対に逃げないでくれ、逃亡した場合はギルドで賞金首をかけなければいけなくなる」

「しょ、賞金首ぃ!?」

「逃げたら、即かかる 天空宰相の命令を無視したらそれだけで罪になるんだよ、だから逃げないでくれ絶対に」


さっきまでのバカンスムードが一変してお通夜にかわるグリフ

いや、お通夜と言うか処刑台に首を置いている罪人のそれだ



「オ、オイラもうダメってことですかね……?」

「そ、それは私には判断できないことだけど……ここのリーダーとして君の事はちゃんと報告する 安心しろとは言えないけど功績は伝えるよ」


そんな絶望的な空気を醸し出す二人にアグライアが近づき、グレイに何かを渡す

「グレイさん、これをファルネウス卿に」

それは封書だった



「これは……?」

「ファルネウス卿への私からの手紙です、グリフという人物についてと寛大な処置をお願いする内容をしたためています」

「ア、アグライアすあああああああん」


感極まって抱き着こうとするグリフの額をベアークローで止めるアグライア

「調子に乗るなよグリフ、お前が起こした軽率な行動を許しているわけではないからな」

「そ、その節は本当にすいません……」

ベアークローを決められたまま反省するグリフ


「あ、あの!僕からもこれをファルネウス様にお渡しできないでしょうか!?」

そんな時リンファがおずおずと何かを差し出してくる

それはアグライアと同じく手紙の様だったが、封筒にも入っていないむき出しの紙に何かが書かれているものだった


「これは……?」

「ぼ、僕もファルネウス様にお願いしたくて……ダメでしょうか?」

「だ、ダメってことはないだろうけど……」


少し困惑しながらグレイがその手紙を受け取ると、不意にその二つ折りされた手紙の中身が見えてしまう




「ふぁルねうスさまへ ぐリフわーむさんはぼくのいのちのおんじんです よろしくおねがいします」




それはとても読みづらくたどたどしい文字で、文体もとてもシンプルな内容の手紙だった

処刑台に立ってたグリフがその手紙をみて小さく噴き出してしまう


「な、なんだよそれリンファ……汚い字だなぁ!」

「はは……手紙って難しいですね!撲、実は字の書き方とか習ったことがなくて……」


その事実を聞いて言葉を失うグレイ

この国の識字率はとても高く、移民の子ですらこの国の文字は読み書きできるように教育される

それが王都の意向であり、移民に関してはファルネウスの教育政策の賜物だった


だがそんな国でこの子は文字すらまともに覚えられなかった

それがどれだけ大変な事だっただろうと言葉を失ってしまったのだ



そんなグレイの表情にリンファは気づいていたが、気づかないふりをして目の前で笑うグリフと一緒に笑った




別に不幸な事じゃないよ

かろうじてだけど、友達の為に手紙が書けて良かった

だからむしろよかったんだ


リンファは言葉に出さず、心の中でニコっと笑っていた




「お、オイラが今度字を教えてやるよ!なんだよ!笑わすなよ!わらわすなよ……!」

最初は笑っていたグリフが段々と目に涙をためて泣き出してしまう

それに気づいてリンファが慌てて声をかける


「だ、大丈夫ですかグリフさん!? どこか痛いんですか?」

「ど、どこも痛くねえよ馬鹿野郎!ばかぁ!」




しばらくすればまた過酷な旅が始まる

けれどリンファはそれでも楽しそうに笑っていた―――



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