72.暗き道の旅立ち
拠点の危機を救った英雄が旅立つにはあまりに暗いその道
太陽が沈み、その足元すらもおぼつかないほどの闇の中を一行は進んでいた
「お見送りできるのはここまでになります、後はこの方角をまっすぐ進んでいれば旧街道に出られるはずです」
「ありがとうございます、色々気を使ってくださってありがとうございます」
「こちらこそ……、我々を救ってくれた英雄をこんな粗末な送り出しをしてしまって申し訳ない限りです」
グレイがそういってリンファとアグライアに頭を下げる
グレイの背中には拠点の灯りが煌々と光り輝き、わずかな喧騒すらも聞こえてくる
王都の軍が日夜を問わず破壊された拠点の修繕と戦場の後始末に奔走しているのがここからでもわかるほどだ
「本当は傷が完全に癒えるまでゆっくりしてもらいたいのだが……本当にすまない」
「大丈夫です、グレイさんもお体には気を付けて」
「リンファ、無理すんなよ お前ほっとくと体壊れるまで動いちまうからよぉ」
「ありがとうございますグリフさん、グリフさんも無理しないでくださいね」
「オイラはいつでも無理せず楽しい思いがしたいんだけどよぉ……どうなっちまうんだろ、トホホ……」
別れの前でも気の置けない会話をかわすリンファとグリフ
グレイと話をしながらアグライアはその二人を会話を耳に入れ、よくぞここまで仲の良い関係になったものだと感心した
「アグライアさん、これを……」
「重い……金貨ですか」
「ファルネウス興から『路銀にするように』とのことです、名目はギルドからの作戦報酬になっておりますのでご安心を」
金貨が詰まった袋の外側にはギルドの焼き印が押されており、ギルドからの証明書も金貨と共に入っている
「助かります、ファルネウス興にもどうぞよろしくお伝えください」
アグライアとリンファは足元の具足などを確認し、準備を終える
目の前は漆黒の闇、アグライアの手に灯された灯りはあまりに心許ない
「お二人はこれから確か……」
「はい、僕らはこれから北を目指そうと思ってます」
リンファとアグライアは北の奥地……ガルドが示した「ゴブリンクイーンの城」を目指す
あの男の言葉全てを信じるつもりはなかったが、それでもあの時のガルドの目に嘘はなかったようにリンファは感じた
「北の山脈は王都どころか人の進入を拒む氷に閉ざされた山々です……どうぞお気を付けを」
そう言いながらグレイは懐から封書を取り出し、アグライアに手渡す
「これは……?」
「ファルネウス卿より預かっておりました、もしお二人が北を目指すようであればこれを渡すようにと」
その封書のあて先には「エタノー領主」と書かれていた
「エタノー領……北の山脈の麓一帯を治める辺境の領主ですね」
「北の山脈の踏破を目指すのであれば必ずこれを領主に渡すように……と」
封書の裏にはファルネウスのサインと印が押されている
「参ったな、ここまでお見通しとは……」
「以前よりファルネウス様もゴブリンクイーンと北の山脈の関係については調査を進めておられたようですよ、私も詳しくは知りませんが……」
その封書を丁重に収めていると、リンファが二人に話しかけてくる
「ファルネウス様にありがとうございますとお伝えください……、迷惑ばかりかけてごめんなさい」
その言葉にグレイが少しだけ笑顔を浮かべる
「君にファルネウス興よりメッセージを預かっているんだ」
「え?僕に?」
少しだけ咳払いをしてグレイが気持ちファルネウスに寄せたような口調でしゃべりだす
「君の進む先に明るい光があることを友人として祈っているよリンファ君、リンリンちゅあんの面倒をよく見てやってくれ」
その言葉にパァァっと顔を明るくするリンファと、顔をボアァっと真っ赤にするアグライア
「ググググレイさん!? そこまで言う必要ありました? しかもなんでちょっと真似てるんですか!」
「か、勘弁してくださいアグライアさん、絶対に口調を真似て一文一語端折らずに伝えろって厳命されてたんです!」
「け、権力の暴力だ……!」
そのやりとりに思わず笑ってしまうリンファ
「ありがとうございます!頑張ります!」
闇夜を照らすような明るい笑顔でリンファは答えた
その笑顔にアグライアもグレイも思わずつられて笑ってしまった
「リンファ君、私も君の進む先に明るい光があることを祈っているよ」
「はい、頑張ります!」
「リーンーファァァ、お互い頑張ろうなぁぁ……オイラの未来は何色かわかんねぇけどさァ……」
そんな明るい笑顔に照らされてなおまだ暗い影をさすグリフ
「グ、グリフさん大丈夫ですよ! ファルネウス様は立派な方ですし! 厳しいところもあるけど……」
「厳しいのかぁ……キビシーなぁー!」
軽口を叩くグリフに、少しだけ困った笑いを浮かべていたリンファ
そうしているとリンファがそっと何かをグリフに差し出した
「グリフさん、そういえばコレお返しします、ありがとうございました」
「あ?なんだよそれ?」
リンファが手に持っていたのは古びた布切れ
傷の手当に使われていたので血の跡は完全には消えていなかったが、丁寧に洗濯されていた
そしてその布にはたどたどしい文字で「ぐりふわーむ」と書かれていた
「あ……そうだったな……お前に貸してたんだな」
「妹さんの大事な布、一生懸命洗ったんですけど血の跡が綺麗に落ちなくて……ごめんなさい」
その布を目を細めながら見つめていたグリフが、不意に口を開く
「汚ねぇな……まだ綺麗になってねぇや」
「ご、ごめんなさい……」
「だからよ、綺麗にしてちゃんと返しに来いよな お前の手で、ちゃんと渡しに来いよ」
「え?」
「オイラもちゃんと受け取れるように元気に生きとくからよ、お前もちゃんと元気に生きて返しに来るんだぞ 形見とかで誰かに持ってこさせるなよ」
呆気にとられていたリンファだったが、グリフの真意に気づいたのかその顔を明るく輝かせるようにみるみる笑顔が溢れ出していく
「は、はい! 絶対渡しに行きます! ピッカピカにして返しに行きます!」
グリフが拳を突き出す、その拳には角牙族を象徴とする堅牢で無骨な角が生えている
リンファは少しだけ戸惑った後、その拳に自らの拳を合わせる
「うし、お互い頑張ろうぜ!」
「はい! グリフさんもお元気で!」
二人は拳を合わせたまま、お互いを激励した
拠点の危機を救った英雄が旅立つにはあまりに暗いその道
太陽が沈み、その足元すらもおぼつかないほどの闇だったが
不思議とその道は明るく照らされているように見えた
そしてリンファとアグライアは二人に別れを告げ、再び旅路につく
いつもの旅と同じ二人だけの旅が再開する
道というには険しさが際立つ獣道を二人は歩く
「アグライアさん、ここに木の根が這っているので気を付けてください」
「ありがとう、助かるよ」
アグライアの魔法でうっすらと灯された地面を、夜目の利くリンファが先導し進む
険しいその道を二人は着実に歩を進めた
だが、その二人を憎悪の目で睨むものがあった
しかもそれは一人二人ではない、10は軽く超える人の憎悪の視線
否、それは人ではない
「トランク様……コロシタ……ニクイ……!」
全て撤退したと思われていたゴブリンの残党が、二人の命を虎視眈々と狙っていた……!




