412.襲撃
叩き落された川の中で必死にもがき、暴れ、溺れながらリンファは必死に岸辺にしがみついた
わずかに飲み込んでしまった水を吐き出し、必死に呼吸を整えながら拳を握る
腹部に叩き込まれた拳の感触が生々しく残る
痛みはそこまででもなく、ダメージも少ない
だが自分とそっくりのフロードが、爪でも牙でもなく拳を奮った
そして……笑っていた
自分と全く同じ顔で笑うあの下卑た顔が瞼から離れない
岸辺に這い上がったリンファは四つん這いのまま大きく荒い呼吸を繰り返し、そしてすぐに立ち上がった
無効から聞こえる大群の足音は小さく遠ざかっていく
辺りから気配は消えて、リンファは一人
今ならきっとこの森を脱出して王都に向かうのは可能だろう
リンファは必死に息を整えながらそんなことを思う
リンファはその爪先の向きを変えて、大地を蹴った
どこに行くか? 決まってる
「あいつらを……止めないと!」
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村に備え付けた物見やぐらから、焦った様に高い鐘の音が響く
その音は村のどこに居ても聞こえるほどに大きく、村中の人間が焦って表に飛び出してきた
「な、なんだ!? 」
「ゴブリンとゴブリンハーフの大群が来るぞ! 100以上は居る!男衆は武器を持て! 女子供は避難小屋に走れ!」
伝令の人間が叫び、村中は騒然となる
男は顔面を蒼白にしながらも鍬や鋤などの農具や槍などの武器を掴み、村の表門に走る
「アルテア! ユニ! 急いで! 避難小屋に行くよ!」
母親が二人の手をひったくるように掴むと、叫びながら走る
ユニは周りの喧騒に恐怖を覚え泣きじゃくり、アルテアは母の手を掴みながら不安そうに辺りを見回す
村のアチコチはついこの間襲われた傷痕が至る所に残され、補修途中の木材が空しく積まれている
そして母の顔は怒りと絶望で、今にも倒れそうなほど真っ青になっていた
それでも声を張り上げて走っていられるのは、一重に子どもの手を掴んでいたからだろう
『なんでこんな目に……! 私たちが何をしたっていうのよ……!』
アルテアはその理不尽に歯を食いしばる
けれどその気持ちを振り落とすように頭を振って頬を叩いた
「お母さん、私もユニの手を持つから離して、急ごう」
「わ、わかったわ! こけちゃ駄目よ!」
アルテアは泣きじゃくるユニの手を握り、3人並びで走り出す
周りの人間にぶつからないように必死に家族で身を寄せ合い必死に逃げる
生きるために何ができるかを考えるんだ
それしかできることはないと思い込め
アルテアは必死に自分に言い聞かせながら避難所へ急いだ
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「ゴブリンが来たぞー!」
村の入り口を最前線で固める屈強な髭面の男が大声で叫ぶ
その声を合図に村人たちは武器を構え、迫るゴブリン共を迎え撃つ準備を整えた
ゴブリンは叫び声をあげながら、一心不乱に村に向かって走ってくる
先頭を走るゴブリンが後ろから迫るゴブリンに追いつかれ、そのまま踏み潰され砂煙に消える
踏んだゴブリンはそれを気にかける様子もなくただよだれを垂らしながら叫び走っていた
「な、仲間のゴブリンを踏み潰したぞ……!?」
その異様な光景に気付いた村人の数人がゴブリンに怯む
以前の襲撃の時も感じたが、このゴブリン共は今まで戦ってきたゴブリンとは明らかに違う
意識もなく、知性もない
相手の戦力に警戒もしなければ命を惜しみもしない
連携もしない、仲間を助けもしなければ助けられもしない
ただ叫び、牙を剥き、動く者に襲い掛かる
現に進路を塞ぐために立ちはだかるゴブリンより遥かに背丈のある武器を構えた屈強の農夫たちを前に、立ち止るどころか陣形を作る様子すらないのだ
「く、来るぞ!村に入れるな! とにかく殺せー!」
その号令を合図に村人たちが泣き声混じりの叫び声をあげてゴブリンを迎え撃つ
半分は前に出て戦い、半分は村の入り口を固める
村を囲む防御柵がどこまで持つかはわからないが、もう他の入り口などに人員をさける余裕など残っていない
迫るゴブリン共が全てだと信じて迎え撃つしか、もう村の人間達にはできなかった
だが……
「ご、ゴブリンハーフが!ゴブリンハーフが村の中に入ってきてる!きをつけ……」
周りに叫ぶ言葉すら最後まで言わせてもらえず、アルテアのはす向かいに住むおばちゃんは首を食いちぎられて絶命した
その声に驚いた周りの人間はその光景に振り向いてしまい、絶望の悲鳴を上げる
泣きじゃくるユニの顔を隠すように母は抱きかかえると、その光景に即座に背中を向けて走り出す
「ユニ!見ちゃダメ! アルテア、走れ……!走りなさい!」
母がそう言いながら走るが、アルテアは首から血を流して倒れていくおばちゃんの傍に立つその影を見つめたまま足を止めてしまう
そいつは泣いていた
嚙み千切った首から噴き出す返り血を浴びながら、さめざめと泣いていた
子どもの様に泣きじゃくり、情けない声を上げた
「怖いよう……助けてよう……」と
あぁ、あの時と同じだ
あの情けない泣き顔、情けない声、命乞いするような、助けを求める声……
あの声で、お父さんは振り上げた手を下げたんだ
あまりにかわいそうだと、そう言わんばかりの表情で
優しさに耐えきれずに、振り上げたこん棒を下げてしまったんだ……!
「なにが……何が助けてだ!」
アルテアが叫ぶ
その声に反応したゴブリンハーフと呼ばれたフロードが泣きながらアルテアに近づき始めた
あの時と同じ、貼り付けたような泣き顔で
「なんでみんないじめるの…… 僕なんにもしてないよう……怖いよう……たすけてよう……!」
アルテアの母が立ち止ったままの娘に気付き叫ぶ
だがアルテアはその声を耳にしながらもフロードに背中を向けようとはせず、睨みつける
睨む瞳から涙が流れる
そしてアルテアは近くに落ちていた石を拾いながら、どこか冷静に考えていた
『私、ぜんぜん薄情じゃなかったな』
だって今、こんなにも目の前の泣き顔が憎い
お父さんの返り血を浴びて泣いていたコイツが、憎い
フロードが突如走り出す
その動きに一瞬虚を突かれたアルテアだったが、すぐに身構え手にした石を振りかぶる
だがその振り上げる石よりも早くフロードはアルテアに抱き着く様に間合いを詰めた
アルテアの振り下ろす石は狙いを外してフロードの背中に当たり、ゴツッと音を立てる
アッと少し驚く顔をしたアルテアに、フロードが涙を見せた
「痛いよう……こわいよう……」
泣きながらそいつは、大きく口を開いた
その口中に広がる赤い血とむせかえるような血の臭いに、アルテアの心が恐怖に染まる
けれどその口はそんなアルテアの感情など考慮もせず、無情にも首元に近づいた……
そしてその時、実感する
『あの時の背中は、コイツじゃない』
コイツなわけがない!
「離せよ! 馬鹿ああああ!」
アルテアの叫びが響き、そして
赤ではない、緑の血が、噴き出した―――――




