411.虚ろな瞳が一斉にそれを見た
あれから一昼夜を超えて、リンファは追い詰められていた
「くっ……! ここもダメか……!」
道なき獣道を乗り越えて慎重に藪をかき分けると、そこには自分とそっくりな顔をしたフロードが虚ろな目でこちらを向いて立ち尽くす
わずかに逸れた視線はリンファに気付いていないとも見えるが、それすらも定かではない
何度か森の突破を試みるが、その先には必ずゴブリンかフロードが待ち構えていた
ルートを変更しても先回りされるように奴らは徘徊していた
だが奴らは別にリンファを探しているわけではない
虚ろな瞳でそこに立ち尽くし、天を仰ぎよだれを垂らす
樹々のざわめきにも反応を示さず、獣の唸り声にも目を向けない
フロードとゴブリン共が同じ場所で、まるでかかしの様にそこにただ立っていた
一度だけ強行突破を試みたが、リンファをを認識した瞬間奴らはまるでスイッチが切り替わったかのように応戦を始める
そして戦いが始まるとどこから集まって来たのかわからないほどに大量のゴブリンとフロードが戦闘に加わり捌き切れなくなった
這う這うの体でなんとかその場は逃げだしたが、奴らはある程度のところで追いかけるのをやめて背中を向けて三々五々に去っていく
散っていくその多くの背中を隠れて見つめながら、リンファは冷や汗をかいた
生き物の反応とはまるで違う、定められた命令だけで動く人形……
そんな有様に、不気味さを感じていた
夜にはもっと不気味な光景にリンファは背筋を凍らせた
リンファは夜も突破を試みる為、夜に潜みフロード達を偵察する
そんな星の明かりすらない漆黒の闇の中、獣の唸り声がフロードに迫ったのだ
フロードが狼らしき獣に首を齧られ地面に引き倒されてもうめき声一つ上げず、周りに立つ者は助けようともしない
空を見上げてよだれを垂ら大群の足元で獣に食い散らかされ緑の血が噴き出していた
自分と同じ顔をした存在が、瞬きすらせずに虚ろな瞳で首を噛み切られ食べられる
それを多くの自分と同じ顔をした存在と、何度も相対してきたゴブリンが虚ろな瞳で天を眺める
正直、異様だった
悪夢でもこんな光景は見れないだろうと思った
この世ではないような不気味さに吐き気を抑えきれず、リンファはその場を逃げるように立ち去った
「生き物ですらない化け物を作って満足なのか……!」
リンファは生い茂る藪に身を潜めながら天を睨んだ
漆黒の空にあの女の……母の邪悪な笑顔が浮かんでは消える
自らの復讐の為なら生み出す物の尊厳などに興味を持たぬ
それを体現するかのような化け物がリンファを阻む
「一刻も早くこの地獄を止めないといけないのに……! 」
無くしたはずの左腕が痛み、体中の傷が疼いた
体力が低下しているのは明らかで、足に力が入らない
少し休めば動けるようになると思ったが、疲れと傷は思った以上にリンファを消耗させていた
左腕のグローブに埋め込まれた魔鉱石も光ることすらできず沈黙する
焦る気持ちは体を休ませることも許さず、目を閉じたところ神経は昂ったままだった
リンファは必死に目を瞑りながら、焦りから気を紛らわせるように別の事を考える
『あの子……無事に逃げられたかな』
あの時トランクの魔鉱石がついたグローブを渡してまで逃がした少女
あれから気になって逃げて言った道を少しだけ辿ってみたけれど、少なくとも争ったり殺されたような形跡は残されていなかった
『トランクさんの鱗なら、ゴブリンくらいの牙じゃ歯が立たないとは思うけど……もう魔力もほとんど残ってなかったみたいだからなぁ』
そういいながら左腕の魔鉱石をそっと見つめる
ピスティルの魔鉱石はまるでリンファの心配に応えるようにボンヤリと光を放つ
「ご、ごめんピスティルさん! 光らなくていいよ! ごめんね」
ボロボロにも関わらず、少ない力で光るピスティルの魔鉱石にリンファは慌てて謝った
けれど謝るリンファを前に、それでもその光を放つ魔鉱石
何度も消えては何度も光る……もう光る魔力すらまともに残っていないはずなのに、それでもピスティルは必死に明滅した
「……!」
その異変に気付いたリンファは藪から飛び起き、辺りを伺う
意識を集中しなくてもわかるほどに響く足音、大群の移動する騒音
さっきまで人形の様に天に向かってよだれを垂らしていたはずのフロードとゴブリンが、同じ方向に向かって歩き出していた
一体にどこにいたのかと思わずにはいられない、数十、数百の集団が同じ方向に進む
その光景に茫然とするリンファだったが、このままでは見つかってしまうと慌てて身を隠す
だがその動きはわずかに遅れてしまい、近くを進むフロードの視界に捉えれてしまった
『まずい・・!こうなったら!』
リンファは一瞬で覚悟を決めて拳を握りそのフロードに襲い掛かられる前に無力化を決意する
だがフロードはリンファを視界に捉えたにも拘らず、一瞥もくれずに虚ろな瞳のまま集団に従い歩き続けた
拳を握りしめたまま目を丸くしてリンファは茫然とその背中を見る
リンファなど眼中にもないと言わんばかりに、その背中の後を多くのゴブリンとフロードが続いた
「な、なんで……?」
フロード達の目は一点に注がれ、その爪先は一方向に向いている
少し注意して探れば見つけられるはずのリンファに、誰も気づかない
いや、もう既にその集団はそこにいるリンファには興味を持っていないようだった
茫然と集団を見つめていたリンファが何かに気付き、目を見開いた
「ま、待ってよ……この先は……!?」
その先にある道の先は……
「その先は…… あの姉妹が逃げていった道じゃないか!」
それに気づいたリンファが見つかるのも構わず、必死に先頭に向かって走る
どれだけ走っても周りのフロード達はリンファを気にもせず、虚ろな目は同じ方向を見つめていた
不安定な川沿いの小高い崖を、我が身の危険も省みず必死に走る
足元の土が崩れ足を取ろうとも、リンファはまるで転がるように必死にフロード達を追いかけた
「待てよ……! 行かせてたまるか!まてよおおおお!」
リンファが絶叫しながら更に速度を上げようとした時、その体に衝撃が走る
その衝撃は爪で切り裂かれた痛みでもなければ、噛みつかれた痛みでもなかった
ある意味受け慣れた、その場に似つかわしくない衝撃
殴られた、拳の衝撃
リンファは追いかけることに夢中でその衝撃に身構えることすらできずまともに食らい、足を踏み外す
口内に血の味が広がる
そして体は支えを失い、重力に引っ張られるように川に向かって一直線に落下していった
「い、いまのは……!?」
落ち行く瞬間、リンファはその崖上に目をやった
そこで見た物に驚きの声を上げ、思わず手を伸ばす
だが目にしたそれはみるみる遠く小さくなり、やがて視界全てが水面に沈む
そこに居た者は、拳を撃ち込んだ姿勢のままこちらを見るフロード
自分と同じ顔をしたそのフロードは、リンファを見ながら……
リンファがしたことのない、下卑た笑顔を浮かべていた――――




