410.些細な事が
ゴブリンを解体して平気な仕事をしてる人なんてやっぱりどこかおかしい
でなければこんなこと、思ってても口になんか絶対にしない
よりにもよって『ゴブリンハーフと友達だった』なんて、絶対に言っちゃいけない
ましてや私はつい先日身内をそいつに殺されてるというのに!
アルテアはついさっきまで『家に居てくれれば助かる』なんて思っていた自分の考えを否定して、わずかに距離を取った
害獣屋はそんなあからさまな警戒を見せるアルテアを困り顔で見つめ、頭を掻いた
「参ったなぁ、嫌な思いさせたかったわけじゃなかったんだけど・・・でもあの時の私もきっと何言われてもこんな態度になっただろうし、しょうがないか」
害獣屋は突然顔を近づけ、警戒するアルテアの目をじっとのぞき込む
「な、なんですか・・・!?」
アルテアはその動きに身を強張らせながらもその目を逸らすことなく、その行動の意味を問うた
害獣屋はその言葉に目を丸くさせ、小さく口を開けた
「いや・・・君はあの頃の私とはきっと違う 君はやっぱり・・・頭のいい子だね」
「な、何を突然・・・! 変なことを言って勝手に納得しないでください! ちゃんと説明してください!」
「ははは・・・ 君は怒っていても警戒していても、相手を理解して自分を納得させようとするんだね 本当にすごいよ」
害獣屋はその顔を見て何か納得した様に微笑むと、大きく深呼吸をしながら背を伸ばした
まるでこの話はお終いだと言わんばかりの動きで、わざとらしくアルテアにその姿を見せつけた
「さっきの話、内緒にしてもらえたら嬉しいけど誰かが知ってても私は気にしないから安心してね」
「そ、その言い様の方が口止めされるより不気味で怖いです・・・!」
「そう? ごめんごめん 君は本当に頭のいい子だなぁ」
その時不意に害獣屋は何かを思い出したように自分の手をポンと叩く
肩を強張らせるアルテアに警戒心の欠片のない笑い顔で害獣屋は何かを手渡した
「話を切り替えちゃって悪いんだけどね、これお母さんに渡しといてくれる? さっき渡すの忘れちゃってたの」
「な、なんですかこれ!?」
「これにまで警戒しないでよ~ 村長から話聞いてるでしょ? ご飯代だよ」
「あ・・・あぁ・・・、そ、そうでしたか・・・」
その言葉になんだか体の力が抜けたアルテアはため息をつきながらその小さな包みを受け取った
食事代の件は確かに母から聞いていた
その食事代がかなり割がいいので、村全体で賄う約束になっているのだ
でも、このタイミングで渡して来るものではないだろう・・・
アルテアはこの肩を透かして来るようなやり取りに脱力感を抑えきれなかった
「ただ・・・正直この情勢だから貨幣が何の役に立つのかって感じではあるけどね」
「そ、そうですね・・・」
「だからこの水魔法のスクロールも渡しておいてくれる? 魔力はもう込めてるから発動させるだけ、多分これ一枚で井戸を満タンにはできると思う」
その言葉を聞いてアルテアは目を丸くする
魔力が込められた魔法スクロールなど中々お目にかかれるものではないうえに、それが今枯渇の危機にある水だというのだから驚くなと言うのが無理と言うものだ
「こ、こんな貴重な物・・・!」
「大丈夫だよ、緊急用の備蓄品だし 出し惜しみして共倒れになったら意味ないでしょ? それと・・・」
害獣屋は不意にアルテアの手を掴む
その手を一瞬振りほどこうとしたが、その手があまりに優しくてアルテアは動けなかった
その手に渡された輝く物体に、アルテアは目を奪われる
その存在は知ってはいたけれど、これほどの物は見たことがない
「こ、これ・・・魔鉱石・・・それもものすごい純度の・・・!」
アルテア程度の小娘でもわかる、その魔力の濃さと希少性
これ一つで王都に土地付きで家を建てられるほどの純度の高い、貴重な魔鉱石だった
「普段はこの袋に入れて大事に保管してね、魔法に反応したらその魔法が発動しちゃうから」
「こ、これ・・・! ダメです! もらえません! こんな貴重な物・・・もらう理由がありません!」
「理由はあるよ、私の指輪を拾ってくれたこと」
「そんなの比較にならないです! 私はただ落とし物を持ってきただけ・・・!」
困り果てるアルテアの目を、害獣屋は笑いながら真剣に見つめる
「君にとって些細なことでも、私にとっては返しきれないほどの事をしてもらったの・・・だから受け取ってほしい もちろんこれだけで恩が返しきれたなんて思ってない」
「変ですよ! こんな些細なことがこんな事になるなんて絶対にありえない!」
「アルテアちゃん、そうだよ」
アルテアは害獣屋のその言葉にハっとする
そして戸惑いの表情を見せながら・・・おずおずとそれを受け取った
「そう・・・いうことなら、受け取ります うまく使えないかもしれないし、そのままどっかにしまい忘れるかもしれない、うっかり捨ててしまうかもしれないけど・・・ちゃんと受け取ります」
「ありがとう、君は本当に頭が良くて・・・相手のことを思いやれるいい子だね」
アルテアは拒めなかった
目の前の人物は、些細なことで母と友達を失ったと言った
指輪をなくす、たったそれだけの些細なことで人生を滅茶苦茶にしてしまったんだ
因果関係は薄いかもしれない、指輪をなくさなくてもいつかはそうなっていたのかもしれない
けれど、害獣屋にとっては些細なそのアクシデントが大勢の人を不幸にするキッカケになってしまったんだ
そして今、同じことが起きて・・・それを自分が助けた
些細なことだけど、彼女からすればそれはとても重要な事実なんだ
受け取らないわけには行かない
これを拒否するという事は、きっと害獣屋の悲劇を否定することになる
自分にとってどんなに些細な行動で不相応な結果を得たとしても、受け止めてあげるべきだと思ったのだ
すっかり日も落ちて、暗闇が辺りを飲み込む
家々の明かりもほとんど見えず、足元の小石すらもおぼつかない
そんな夜の闇の中、二人は立ち尽くす
アルテアは害獣屋という存在を不穏な事を口走る危険人物だと認識した
けれどそれと同時に、すごく当たり前の事をちゃんと理解している人間とも感じた
どっちが本当の彼女かはアルテアにはわからない
もしかしたら、とんでもない虚言を吐いているのかもしれない
けれどアルテアはそのどっちが正解なのか?という事に少しだけ違和感を感じていた
その違和感の正体は・・・まだわからない
「よし、行こうかアルテアちゃん」
「ど、どこに!?何を考えてるんですか・・・!?」
「はっはっは、さすがにここまで暗くなったら普通の大人は子どもを一人で歩かせないもんだよ」
力いっぱい警戒するアルテアの前に乾いた笑いを浮かべながら害獣屋は光の球を展開させる
「大人としては一緒に帰ってもらえると助かるんだけど、どうしても一人で帰りたいって言うならおうちまでの道に光の球を設置するよ・・・ せめて背中は見送らせてくれる?」
「い、いえ・・・結構です・・・ 疑ってごめんなさい 一緒に帰ってもらえると助かります」
「わぁ、ありがとう! そういってもらえると助かるよ じゃあ帰ろうか!」
送らせてくれることにお礼を言われ、なんともアルテアはバツが悪くなる
肩を並べて明るい夜道を歩きながらため息が思わずこぼれた
『わかんないよ、何が正解かなんて』
アルテアはわからないことに困り果てながら、家路についた――――




