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緑の拳士~ゴブリンハーフは魔法が使えない~  作者: ハンドレットエレファント


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403/415

403.疲れと傷と、そして何より……

夜が明けた

天雷はリンファを嘲笑うように森をいたずらに焼いた

それが結果としてリンファを追っていた村人の追撃の手を止めさせたのは、何とも皮肉な話だ


いや、これすらも神の采配

愉快なおもちゃでもっと遊ぶ為に壊させることを許されなかっただけだ



神である母は大いに喜んだ

完膚なきに与えたはずの絶望を受けてなお、我が子は絶望に身を委ねない



右手を失おうと残った左手を握りしめ、戦おうと息巻くのだ

これほどに面白い見世物があるものか


母は手を叩いて笑う、みじめに希望に縋る我が子の有様を

自分の人生を泥だらけにしたその存在の末路に声を上げて笑った




リンファは薄暗い陰鬱な空を少しだけ見上げ、その森を歩き続けた

陽の差さぬ朝が、やってくる――――







リンファはわずかに明るくなった森の中で藪の中にわずかな空間を作り、身を横たえる


左手に装備していたグローブの魔鉱石がほのかに輝き、澄み切った水の球を作ってくれる


「ピスティルさんありがとう……喉がカラカラだったんだ」


リンファは礼を言いながらその水の球を口に含み、咀嚼をするようにゆっくりと飲み干す

口の中に入れた瞬間に水球は形を失って水の流れとなり、リンファの喉に染みわたった


魔鉱石はリンファの喉の動きを見て満足するかのようにその輝きを弱め、再び沈黙した

ピスティルとトランクの魔鉱石は誰かから魔力を供給されない限りは大地や空気中に漂う魔力などを吸収することでしか回復ができない


ゴッデスの力で世界が変質した今ではまともな回復ができず、ごくわずかな魔力しか残っていなかったのだ



「無理させちゃったね……ごめんよ」



リンファは光を失った魔鉱石を頬に当て、いたわりの姿を取る

右手に着けるべきグローブはポケットに収められ、その魔鉱石は仄かに光を揺らしていた





辺りを伺いながら、リンファは息を潜め目を閉じる

完全に眠れるわけもないけれど、少しでも体を休めなくてはいけない



『色々なことがありすぎたな…… でも今は考えちゃ駄目だ、心を空っぽにしないと……』



攻めるにおいては無心であれ

稽古にて思い巡らせ、拳先にて迷うなかれ



先生が教えてくれた言葉が不意にあふれ出し、リンファの瞳が溺れる


「泣くな……!休め!休むんだよ……!」



リンファはそういいながら涙を拭い落とし、呼吸を沈めていった













「……! けて……!」



リンファは遠くで響く悲鳴のような声に落ちかけていた意識を覚醒させ、瞼を開く

あれからどのくらいたったのかは想像できなかったが、空が真っ暗になっていないところを見ると少なくとも夜にはなっていないことはで理解できた




「な、なんだ……誰かの悲鳴……!?」


リンファは身を潜めながら辺りを見回す


そこには姉妹だろうか、女の子二人が必死に何かから逃げようと走っていく

薄暗い森の道なき道を懸命に駆けてはいるが、不整地なその地面では思うように走る事は叶わない


そんな少女たちを追いかけるのは……



「あ、あれは……フロードじゃない…… ゴブリンか!?」


緑の皮膚、尖った耳、鋭い爪、そしてその象徴的な赤い目は緑色に血走り不気味な唸り声をあげる


リーフ達の様なゴブリンとはまるで違う、正気も知性も感じられない獣の様なその動きは、荒れ地を無尽と走る狼の様にみるみると少女たちを追い詰めていく




「あっ!」


妹らしき女の子が地面から飛び出している根っこに足を取られ転倒し、姉がそれを助けようと足を止める

姉妹であれば当たり前の美しい優しさは、ゴブリンの目には上質の肉餌にしか映っていなかった



「お姉ちゃん助けて―!」


「立って! ユニ!早く立って走って!」



妹の手を取って姉が必死に立ち上がらせようとするが、木の根と地面の隙間に足を取られ立ち上がることができない

泣きながら必死にその手を引っ張る姉の視界に、恐ろしい速さでゴブリンが迫り―――



「いやあああああああ!!」


姉は咄嗟に泣きじゃくる妹をかばおうと覆いかぶさろうとするが、それよりも早くゴブリンの鋭い爪が妹の細く柔らかい首に今まさにかかろうとする


だが――




【八極剛拳 電光箭疾歩】



飛び掛かる獣の如きゴブリンの跳躍よりも早く、電光の速さで撃ち込まれた拳がゴブリンの顔面にねじ込まれる

その瞬間ゴブリンの魔力がリンファのこの世に顕現できない魔力と共振し、爆発を引き起こした




「えっ……?」


何が起こったのかわからず泣きじゃくる妹を抱きしめたまま茫然と目を見張る姉

その目には傷だらけの緑の背中が映っていた




「立って! 早く逃げるんだ!」



リンファは背中を向けたまま少女たちに向かって叫ぶ

姉はその背中からゴブリンであると感じ、恐怖で声にならない悲鳴を上げた



「動いて! こいつらは僕がひきつけるから早く!」



リンファが叫ぶが姉妹はパニックを起こしているのかうまく動けない

そんな隙をゴブリンが逃すわけもなく、獣の様な唸り声をあげてリンファに襲い掛かる!




「くっ……!」


ゴブリンの発する声に言語性が感じられない事から、自分の知っているゴブリン種でないとリンファは理解する

だがそれでも一縷の可能性をかけてリンファはその攻撃を捌きながら必死に声をかけた


『僕の話してることが理解できるなら人間を襲うのをやめてください! お願いだから攻撃を止めて!』


人間からすれば叫ぶような音でリンファは必死にゴブリンに声をかける

だがゴブリンはその言葉に反応すら示さず攻撃の手を更に強めてきた




「く……くっそおおおおお!」



【八極剛拳 金剛鉄山靠】



伝わらない事を噛み締めながらリンファはゴブリンに一撃を加える

本当は攻撃などしたくもなかったが、躊躇をすれば背中の向こうにいる姉妹がどうなるかわからない




リンファはゴブリンの戦闘能力だけを奪う様な、致命傷を避けた攻撃を試みる





だがそれは悪手だった







リンファの一撃でよろけるゴブリン

そのよろけるゴブリンの顔面を踏み台にして、他のゴブリンがリンファを飛び越える


飛び越えられる瞬間、リンファはそのゴブリンの顔を見る

その顔には打撃の跡が残り、鼻から緑の血が流れていた




そのゴブリンはついさっき電光箭疾歩にて無力化したはずのゴブリン……

リンファの一撃は疲労と傷……そして何より心の迷いでいつもの冴えはなかった



その迷いある一撃はゴブリンの復帰と反撃を容易とさせ、リンファという防衛を突破した




目を見開くリンファ


怯えて涙する少女たち






そして血走ったゴブリンが、その爪を振りかざした!



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