399.リンファに迫る敵の正体
さっきのフロードの迫り方とは明らかに違う、遠方より迫る大勢の足音と叫び
隠れる気も潜む気配もない、粗雑な群衆の足音がリンファ達の耳に響いていった
フロードの胸部に掌底を放ち近くの樹木に叩きつけながら、リンファがアグライア達に向けて叫んだ
「早くここから逃げて! アグライアさんたちが見つかるのはまずい!」
「な、何を言っているんだリンファ! 私は君と一緒に戦う! 逃げるにしてもみんな一緒だ! そうしてきたじゃないか!」
「ダメだ……! この相手だけには絶対にアグライアさんが僕と一緒に居るところが見つかるのはまずいんだ! だから早く!」
「馬鹿を言うな! どんな相手でも私は共に戦う! 一体何が迫っているというんだ!」
アグライアの必死の叫びにリンファは冷や汗を流しながら喉の奥から絞り出すような声を上げた
「迫っているのは……」
「人間だ!」
群衆の叫びに鈍い音が加わる
リンファの顔をしたフロードが村人の鋤にて串刺しとなり、鍬にてその細い首が両断された
「ゴブリンハーフが出たぞ! 殺せ!」
「子どもの仇を討つぞ! 一匹も逃すな!」
「本物はいないか!? 今度こそ本物はいないか!?」
心を抉るような悲痛な叫びをあげるフロードの喉を踏み潰し、肋骨を折り、顔面を砕く
人の心を捨てたかのように狂喜の形相でその人間達はフロードの群れに襲い掛かり、次々と殺害する
フロードが泣く声も、悲しい呻きももう彼らは聞き飽きた
その泣き声はもはや耳障りな不協和音に過ぎず、ただ怒りを呼び起こすのみ
憐憫を誘うその泣き声に矛を収めた者は首に牙を突き立てられ死んだ
優しい奴が優しさを見せた結果、フロードに殺された
真っ赤な血に染まるフロードの顔を忘れた者などいない
鮮血の中にキラキラと輝くその美しいリンファそっくりの青い瞳は……
青い瞳は、村人たちにとって殺すべき憎悪の象徴と化していた
迫る村人の足音はすぐそこまで迫っている
いつリンファ達の前に現れてもおかしくない、それくらい群衆の音は肉薄してきていた
そんな音などお構いなしに襲い掛かるフロードを退けながら、リンファは怒りを露にする
『フロードを作った本当の目的は……僕を人間が殺すべき敵だと認識させる為……!』
ゴブリンハーフは人類にとって忌むべき異形の化け物だった
だがそれは穢れという意味以外に脅威としての危険性を持たぬ、ただ不気味な化け物と言うくらいの存在にしか過ぎなかった
それをゴッデス……リンファの母親はフロードという存在を作り上げることで、明確な【殺すべき標的】と認識させたのだ
リンファの顔をしたフロードは躊躇なく明確に人間を狙い、襲い掛かる
迎撃をすれば人間が憐憫を向けたくなるような悲痛な叫びをあげ、その声に思わず情けをかけた者の首をだまし討ちするように掻ききり殺す
生態系も生存本能も持たぬフロードは、朝もなく夜もなく、どんなに殺されようと敗走も退却もせずに最後の一匹になるまで人間に襲い掛かってきた
そんな化け物が人里を何度も襲えば……人は人の心を亡くす
リンファの顔をした化け物は、何としても殺す
そうでないと殺されるから
「僕を見た人間はフロードと思って襲い掛かってくる! 僕と一緒に居る人間も姿を変えた仲間だと思って襲い掛かってくるかもしれないんだ! だから逃げて!」
「そ、そんなことできるものか! 私が矢面に立って人間を説得する! だから……」
ここに来て迫る人間を説得しようとするアグライアにリンファは唇を噛む
説得などできるわけがない
血の臭いを染みつかせて迫る群衆の前に立ってただで済むわけもない
それも憎い仇、殺すべき化け物をかばおうなどすればまずその存在を殺すだろう
仇をかばう者が人間であろうとそんなものはもうきっと……関係ない
「リンファ! おそらく人間の数は十数人……全員が恐らくは壮年の男、手加減して退けられるような相手じゃない」
リーフが近くに落ちている石を拾い上げ、強く握り込みながら構える
「仲間を守ろうと言うなら、全て倒すしかない……!」
「ば、馬鹿言うなリーフ! そんなことできるわけないだろ! みんなで逃げるんだ!殿は僕が立つ」
「逃げ切れるわけがないのはわかっているだろう!」
その言葉にリンファは何かに気付きグリフの方を向く
「あっ……!」
「幼子を抱えて走って逃げきれる程、私達は今万全ではないんだ……!」
グリフが必死に周りから守るその小さな手
ロベリーは不安そうな顔で涙を流し、声を出さずに泣いていた
「その子を見捨てて全員で逃げるか? それこそお前が望む結末じゃないだろう!」
「そ、それは……!」
リンファはロベリーを見つめる
小さなその手は必死にグリフの手を握り、助けを求めて震えていた
アグライアがリンファをかばう為に立ち上がり、走ってくる
矢面に立てば、ゴブリンハーフの仲間だと口にした瞬間に殺されてしまうだろう
リーフが握った石を構え、迫る人間の方向を睨みつける
その手にかかれば迫る人間などあっという間に命を落とすだろう
リンファの思考が乱れ、絡みつく
何を選んでも絶望の未来しか見えてこない
見捨てるか? 殺されるか? それとも……殺すのか?
『ダメだ……そんなのダメだ! ダメなんだ!!』
リンファが声にならない叫びをあげる
そしてリンファは瞳を震わせながらもう一度ロベリーの方を向く
その時リンファは何かに気付き、震える瞳をギュッと見据える
その覚悟に満ちた瞳を、ロベリーを守る男……リンファの友達がその目を捉えた
グリフがリンファの目を見て一瞬戸惑う
そんな戸惑いを見せたグリフに確信させるように、リンファはゆっくりとうなづいた
迫る足音がとうとう眼前に迫る
リンファは叫びながら群衆の方に向かって走り出し、そして――――
「助けてくれ! ゴブリンに……ゴブリンハーフに殺される!!!!!」
助けを呼ぶ絶叫が、漆黒の森に響いた




