385.右手、治らず
リンファの治療は終わった
終わったと言えば聞こえはいいが、手は全て尽くしたという事に他ならない
「傷らしい傷は全て塞いだ…… だが腕が……」
小さな呼吸をするリンファの肩をさすりながらアグライアが歯を食いしばる
アグライアの視線の先には、包帯を巻いたリンファの右腕が映っていた
左手と比べて、明らかに短い右腕
リンファの右手を再生させることはできなかった
ガルドやアグライアが身に着けている治癒魔法には欠損した四肢の再生するもの存在していた
だが、リンファの体には効果がなかった
再生魔法は傷ついた体の魔力の構成を元に肉体を再構成する魔法……
この世に魔力を顕現できないリンファの体には魔力の構造を示す術がなかった
何度再生を試みても肉と骨が不自然に盛り上がり、手の形を構成させることはできなかった
それでもなお泣きながら再生を試みるアグライアをグリフが止めに入り、ガルドがその部分を切断した
治る可能性の低い再生治療を何度も試みることができるほど、もうリンファには体力的余裕は残っていなかったのだ……
「すまない……本当にすまない……!」
アグライアが顔を伏せ、嗚咽を漏らす
その涙は決して他人に見せないように、深く顔を下げさめざめと泣いた
「アグライアさんのせいじゃねぇよ…… どうしようもないって リンファだってわかってると思うからさ……」
何と声をかけていいかわからないが、必死にグリフはアグライアを元気づける
ガルドはその傍で蒼魔鉱石に魔力を注ぎ込みながら小さなため息をついた
「魔法に弱い、治癒魔法でダメージを負う……そのうえまさか再生魔法が効かんとはな…… 穢れた化け物らしいな」
ガルドの暴言にグリフがキッと強い視線を向けるが、すぐにその目をつむり難しい顔をした
「ガルドのおっさん……そんな顔でそんなこと言うのはなんというかずりぃよ……」
ガルドの顔が怒りと無力感で恐ろしい形相になっていることに、グリフは気づいてしまった
よく見れば口の端からは噛み締めたのであろう血の跡が薄らと残っている
「私は自らの力不足を情けなく思っているだけだ、コイツの為では……断じてない」
ガルドはそういいながらリンファを鋭く睨む
だが当人はまだ目を覚ますことなく、小さな呼吸を繰り返すのみだった
「へぇへぇ……、それにしてもとんでもないことになっちまったなぁ、あのおばさん滅茶苦茶しやがる」
「復讐に憑りつかれて力を得てしまった者っていうのは、どこの世界でも変わらないねぇ いつの世もああいう手合いは厄介だが、実に哀れだ」
先生がグリフの言葉に反応しながら、リンファの頭をそっと撫でる
「しかもそれがこの子の母親というのだ、この世界は実に苛烈な運命をこの親子に強いたものよ」
先生の言葉に怒気が籠もる
そしてその言葉に神を名乗るに足る存在の管理人が軽口を返した
―お言葉ですがこちらからバイアスをかけることは基本ございません、乱数に乱数が重なった上の一種の奇跡のようなものです―
「黙れよ管理人、それ以上しゃべれば何度も言うがタダじゃおかないよ……」
先生は静かに怒るが、管理人はそんなことは素知らぬ声で形だけの謝罪を述べた
「と、とりあえずはここから動かない方がいいっぽいな? 世界はあんなんだし、リンファもまだ回復してないし……」
「……そう、だな 動けるようになるまではここで養生させなければ」
「こ、ここは大丈夫なんかな? あのおばさんの言い様だとどこにいても同じみたいな感じだったけど」
「わからないが、ここは大丈夫だと思うしかないな……」
「そうだよなぁ…… ま、まぁ? どうにかなるよ!うんうん! なんとかなるなる!」
誰も安心できる答えなど持っていない
世界が瞬く間に破壊と殺戮に包まれるだなんて誰も考えているわけもない
グリフはそれでも必死にいつもの調子で軽口を叩いてくれた
それにアグライアは少しだけ気を休め、小さく微笑むことができた
「これからどうするかはリンファの意識が戻ってから次第になるが、今はここで安静にさせる他ないな……」
「……アグライア、お前はここで穢れの面倒を見ていろ 私は地上に戻る」
ガルドは魔力を補充した蒼魔鉱石をアグライアに投げ渡すと、こともなげにそう言った
「が、ガルド!? 待て、外が危険なのはわかっているだろう!」
「危険だから行くのだ、もう時間がない」
ガルドは止めようとするアグライアの言葉を遮るように答えると背中を向け、膝をついて頭を垂れた
「我が神よ、貴女の傍をわずかの間離れる不届きをお許しください」
ガルドの前に少女の頭を撫でながら少しだけ驚いた顔でガルドを見つめるサクラコが座っていた
「この場所が安全とは限りませんが、地上よりは遥かに安全だと思われます 私も為すべきことが済みましたら可能な限り早く戻りますので、この粗末な場所で恐縮ですが羽を休めていただければ幸いです」
仮にも神に一番近い厳かな場所を差して粗末な場所とガルドは言い捨てた
サクラコはそのガルドの姿に少しだけ驚いていたけど、すぐに表情を戻し話しかけた
「ミディちゃんを助けに……行くんだね? ガルドちゃん」
「さすが我が神、ご慧眼でございます ルミナスの教義ですが、神の宝であるものを見捨ててはおけません それに……」
「それ……に?」
ガルドはサクラコの前だけは少しだけ表情を緩め、気負いのない顔で視線を後方に向ける
「奴の意識があったなら、腕がなかろうと飛び出していくでしょうからな……」
ガルドの視線の先には目を閉じたリンファが変わらず横たわっていた
「ガルドちゃん……」
「 奴にだけ負担はかけさせるのは、甚だ不愉快なもので……申し訳ない」
心配そうに見つめるサクラコの視線に淋しそうな笑顔を残し、ガルドは立ち上がる
ガルドはリンファの傍に膝を下ろすと、その顔をじっと眺めて言った
「早く目覚めろ、お前は人間として生きるのだろうが……!」
「人間なわけ……ない! そんな奴……殺しちゃえばいいんだ!」
突如金切り声の様な叫びが響き、全員がその声に驚き振り返る
驚くサクラコの傍で、目覚めた少女は叫ぶ
サクラコに縋りつき、ただ泣きながらリンファを殺せと訴えてきた―――――




