384.ゴブリン・フロード
突如襲い掛かる絶望と恐怖に震える人間達はその言葉に瞳を震わせて耳を傾けた
その恐怖をもたらせた元凶からの言葉のはずなのに、救いの福音にすら感じていた者も居たほどだ
それほどのその言葉は救いを秘めた内容だったのだ
―だが全ての人間に絶望だけを与えることはしない 貴様等に生きる希望も指し示そう―
その言葉に人々は色めき立つ
―この世界の穢れた異物……ゴブリンハーフを殺せば、生存を許可する―
ゴブリンハーフを殺したものは、死なずに済む
そんなシンプルで簡単な提案に、思わず声を上げる者も居た
だが多くの者はその行為自体に恐怖と抵抗を持つ者もいた
―生き残れるのは殺したものだけではない、殺したものが選ぶ100名の生存も合わせて許可しよう―
その言葉に多くの者が目を見開き、互いの顔を見合う
自分だけじゃない、自分に近しい者と共に生き残ることができるかもしれない
それも家族だけじゃない、多くの人間を救う事にもつながる
―共に手を取り、ゴブリンハーフを殺すがいい 貴様等人間が生き残る術はそれしかない―
その言葉と共に天雷が降り注ぎまた多くの人間が死んだ
今度は即死ではなかった、威力を下げて意識が残るように直撃位置を変えた特製の一撃
それを受けた数百人の人間は胸を押さえ、ある者は腹を押さえ、激痛と吐き気にのたうち回った
激痛に苦しみながら無事だった者の足を掴み、血の涙を流しながら救いを求める
「た、たすけてくれ……! 治癒を……治癒魔法をかけてくれ!」
「もうやってるんだ! でも……傷が治らない!なんでだ!? なんで!?」
だがそれに手を伸ばしたところで、救う術はない
天雷は臓器をズタズタに引き裂いていたが、それだけではなかった
天雷はその体に魔力の防壁を展開していた
治癒魔法だけを阻害する魔力防壁は救いの手を拒絶する
その魔力の防壁は力ある魔導士であれば時間をかければ解除できる程度の防壁だった
だが解除ができた頃には、もうその人間は絶命する
解除の可能性を見せることで苦しむ者は最後まで縋り、助けようとするものは無力感と罪悪感に蝕まれる
その様をゴッデスは存分に楽しんだ
―私の力で撃たれたものは死ぬことを許そう、幸運にも選ばれた者よ……喜びながら死ぬがいい―
人間は恐怖し、決意した
皆涙を流しながら、石を取り、棒を取り、剣を取り、杖を手にした
殺すしかない
ゴブリンハーフを、殺すしかない
あの化け物を殺せば自分が助かる、家族が助かる、仲間が助かる
人々は泣き顔で手に取った武器を見つめ、不気味な笑顔を浮かべた
「ゴブリンハーフを殺せば、生き残れる……」
「あんな化け物が生きていることがおかしかったんだ……殺せ……殺せ……!」
「「「ゴブリンハーフを、殺せ!」」」
人々の殺害の決意が天に響く
武器を頭上に掲げ、吠える
だがここに至ってもなお、武器を取れぬ人間も居た
恐怖に震えながら、それでも何かを殺すことに未だに抵抗を持つ者も居たのだ
だがそんなことすらも、ゴッデスにはお見通しだった
―ゴブリンハーフなどという顔も姿も知らぬ者を殺すと言われても現実味が湧かぬ者もいるだろう―
人間に殺されたゴブリンの体がビクンと跳ね、やがて大きく震えだす
その震えだした体はまるで腐った肉の様に溶け出し、汁と骨に変わった
そしてその汁は再び気色の悪い水音を立てながら、肉に変わり形作る
人々はその肉の塊に武器を向けながら戸惑う
そしてその肉の塊が形になった時、誰かがポツリと呟いた
「こ、コイツ確か……ゴブリン……ハーフ……!?」
―貴様等がより穏やかにそれを殺せるように、見本を作ってやった―
まるで母親の胎内から生まれ落ちたかのように粘液に塗れ、それは立ち上がる
緑の皮膚、尖った耳、鋭い牙、猛禽類の様な爪、そして……
そして、蒼天の様に澄み渡った、真っ青な瞳
その首には、あの青いバンダナがなびいていた
リンファの形をした何かはその青い目を見開いたまま感情を見せず、戸惑う人間に近づく
そして怯える人間の目の前に立ち、上目遣いで人間の目を覗き込むと
鋭い爪を伸ばし、貫手にてその心臓を刺し貫いた
「ぎゃあああ!」
悲鳴を上げる人間を助けようとリンファの形をした何かに一斉に襲い掛かる
剣や棒切れでその身をズタズタにされながらリンファの姿をした何かは数人の喉笛を噛みちぎり……絶命した
その死体はまるでヘドロの様に溶け、悪臭を放ちながら地面へと染み込んで消える
人々は斃れた仲間の真っ赤な血を踏みしめながら、地面に溶けていった死体に恐怖した
だが、それは終わりではなかった
殺したはずのそれが、暗がりから同じ姿で歩いてくる
そしてあのバンダナを首に撒いて、青い目を丸くして人間に近づいてきた
―それと同じ形をしたものを殺し、天にその首を捧げよ それがなされるまでその化け物はお前等を狩り続ける―
ゴッデスの顔が歪む
―その化け物……ゴブリン・フロードに殺される前に、ゴブリンハーフを殺せ……アハハハハ!―
堪え切れずにゴッデスは高笑いを響かせる
漆黒の空の元、人間達は恐怖と狂気に支配される
目の前には見える脅威が迫る
殺さなければ殺される、自害することもできない
逃げ場もない、助けもきっと来ない
皆がうわ言の様に口走る
それはもう、人の心すら失ってしまったかのようにも見えた
死にたくない、死にたくない、死にたくない……
殺されたくない、殺されたくない、殺されたくない……
殺せ、殺せ、殺せ……
「ゴブリンハーフを殺せ!」
その声をまるで讃美歌の様に聞きながらゴッデスは悦に至った
―お前があんな人間如きに後れを取るわけがない―
―だがその殺意を止める為に、お前はどうする?―
―人間はお前を疎み、憎むだけではない……覚悟と決意を持って明確に殺しに来る―
―そんな人間を前に! 人間の女を連れたお前が! 一体どうするのだろうなぁ!―
ゴッデスは嗤った
この地獄がどういう結末に至るのかを想像し、心から嗤った――――




