383.女神の愉悦、人々の絶望
王都が設置していた大陸中の転移ポータルが爆炎に包まれ煙を上げる
あちこちから立ち上るその煙はまるで爆撃にでもあったかのように凄惨だった
その煙を眺めながらゴッデスは満足そうに微笑む
かつて自分を蔑み石を投げた連中が慌てふためき恐怖に震える
それら全てを鑑賞できる愉悦……
この瞬間だけは、生きてきてよかったと感じた
そんな時、干からびた海沿いの崖を泣きながら立ち尽くす男が居た
ゴッデスはその男の動向をじっと見つめる
何をするかはわかっていた、あとはそれを待つだけだった
男は意を決して、海水の一滴も残らない断崖絶壁を飛び降りた
ゴッデスはその瞬間に歓喜し、意気揚々と声を上げた
―この世界に絶望し命を断とうと画策する者もいるだろうが、それはすべきではない―
飛び降りた男は絶叫しながら真っ逆さまに落下し崖下の岩石に激突し、絶命……したはずだった
粉々になった体が逆再生するように繋がりながら浮き上がり、崖上に戻る
そして意識を強制的に取り戻した男は再度地獄の身投げを体験することになる
終わったはずの地獄が心の準備もなしに再開し、男は絶望の絶叫を上げる
それはまるで壊れた楽器の様に、何度も何度もその崖下から響き渡った
そしてその男の様子は全ての人間の脳裏にて強制的に再生され、さらなる悲鳴と絶望を与えた
―自決を試みた者は永遠に死に続ける……貴様等人間に自決など認めない、人間同士での殺し合いも同様に認めぬ―
その言葉に数人が手に持っていたナイフを力なく手放し、絶望に満ちた顔で地面に膝を落とす
突如巻き起こる神の怒りともいえる現象に恐怖し生きる気力を無くしても死ぬことすら許されぬ
誰かが自暴自棄になって泣きながら隣人をナイフで刺す
噴き出す血、激痛、叫び
それが数分響き、やがて絶命する
だが絶命の瞬間その血は体に吸い込まれ、刃物が抜ける
そしてそのナイフは再び傷一つなくなった皮膚に差し込まれ、絶叫を起こした
そしてその凶行は刺された者のみに及ばなかった
刺した者もまた、その刃物に胸を刺し貫かれて血を吐き、もだえ苦しんだ
真っ赤な血が地面にまき散らされ、怒りと恐怖の叫びが空に響く
激痛でもがき苦しむその体は、瞬く間に泥だらけになった
ゴッデスはその光景を全ての人間に共有する
美しく鮮明な、まるでその場に居るような臨場感で五感に訴えた
他人事などとはとても思えない、目の前の現実として見せつけた
年若い女も、壮年の屈強な男も、経験を経た老人も、未来を夢見た幼子もその光景に恐怖の涙をこぼす
もはや抵抗の言葉すらなくした人間達をひとしきり見つめたクイーンは愉悦の表情を浮かべながら再び口を開く
―貴様等に命の選択などは与えぬ、覚悟もさせぬ、理不尽に怯え、絶望に沈めてやる―
ゴッデスの言葉が、平伏していたゴブリンに届く
そしてゴブリンが何かから解き放たれたように赤い目を輝かせ、再び人間に襲い掛かる
街で、村で、街道で、そして王都で―――
あらゆる場所で楔から解き放たれたゴブリンの群れが人間達に襲い掛かる!
―ゴブリンには存分に抵抗するがいい、私がその光景に飽きるまでは許してやろう―
もうそのゴブリンは武器すらも持たなかった
獣の様に荒い息を放ち、牙を剥き、爪を突き立ててくる
人間達は涙を流し、半ば半狂乱で手に武器を取り立ち向かう
いつ殺されるかわからない絶望の中、目の前の脅威と無理やり立ち向かわされた
口々に皆絶望を吐き出す
「どうしてこんな目に」
「私が一体何をしたと」
「何も悪事を働いてなどいないのに、何故理不尽な仕打ちをうけなければいけないのか」
「許さない 許さない 殺してやる 殺してやる」
「助けてください お父さん、お母さん 神様、ルミナス様」
その言葉に赤い涙を流しながらゴッデスは笑った
だって
その言葉は
かつて自分が必死に叫んだ言葉だったから
それをこの世界にいる人間に叫ばせることができたのが、喜ばしくて仕方なかった
ゴッデスは笑った
クイーンとして、ミリアとして声を上げて笑った
私を助けなかった人間に、私を蔑んだ人間に、私を迫害した人間に、私に石を投げた人間に
同じ叫び声を上げさせてやったのだ!!!
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「な、なんてことを……!」
アグライア達は見せつけられたその光景に膝を落とし歯を食いしばる
サクラコは怯えながら気を失ったままの少女をただ必死に抱きしめ、震えていた
「きっついなぁ……あの子が気絶しててよかったぜ あんなの子どもにゃあ見せられねぇわ」
ガルドが手に持っていたポーションの空きビンを握りつぶし、肩を震わせる
「さっきの光景は私だけでなく全ての人間に見せつけられたものだ……その子は運が良かったかもしれんが、他はそうではない」
「あっ……」
アグライアがそれに気づいて言葉を無くす
ガルドが手から流れる血を地面にこぼしながら、憤怒の表情を見せた
ガルドの脳裏に浮かぶのは、ミディの淋しそうな泣き顔
あの少女に、理不尽をばらまいたことが許せなかった
「我が神にも恐怖を与えたばかりか、神の宝にも恐怖をばらまきおって……!」
ガルドは怒りに震えながら、それでも必死にリンファの治療を続けた
だがその時、更に絶望は告げられた
「なんだと……ふ、ふざけるな ふざけるなぁ!」
その内容のあまりの非道さに、アグライアが叫ぶ
先生もまた言葉を発することはなかったが、あまりの怒りに奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばった
その内容とは……
―貴様等人間に、わずかな希望を残してやろう ゴブリンハーフを殺したものには生きることを許す―




