382.人類に逃げ場、なし
主を失ったとも知らず、場内は騒然としていた
「被害を確認して生存者を城に収容しろ! ゴブリンは殺しても構わん!一人でも多く助けるんだ!」
倒れそうな体を必死に杖で支えながらマンダリアンが檄を飛ばす
城内はリンファが飛び出した後もゴブリンに変化する者が続出し、血で血を洗う戦いが行われた
背中を預けていたはずの仲間がゴブリンに変わって襲い掛かってくる、必死に救った民間人がゴブリンとなる……
そんな誰も信じられなくなるような地獄の戦場を生き残った兵士たちは必死に戦っていた
「マンダリアン様! 転移術使用の許可を!早く他の街へ援護を要請しなければ……」
「ならぬ! この状況でどうして他の街が無事だと思う!? 大規模転移ポータルを開放して、もしそこからゴブリンの大群が押し寄せたら全滅だ……このまま凌ぐんだ! 敵と思えば躊躇するな! 全責任は私にある!」
そういうとマンダリアンは杖を投げ捨てて身の丈以上もある戦斧を担ぎ、ふらつきながら指令室のドアに歩き出した
「ま、マンダリアン様……どちらへ?」
「知れたこと……! 私も戦うのだ……! こんな老いぼれでも露払いくらいにはなろうからな」
「そ、そんな! 指揮はどうされるのです!?」
「バカモン……城を落とされたら指揮も何もなかろうが……!」
城内に響き渡るゴブリンの叫び声に怒りを昂らせマンダリアンが扉を開けようとしたその時だった
―この大陸に住まう全ての者よ、よく聞くがいい―
突如の脳内に響く冷たい声に思わずマンダリアンは頭を抱える
「げ、幻聴が聞こえるまでになってしまったか……!?」
マンダリアンはとうとう自分の精神に限界が来てしまったのかと絶望するが、すぐにそれが勘違いであると気づく
「こ、これは……どういうことだ……?」
目の前にいる兵士全員が不安そうに頭を抱え、マンダリアンに視線を送る
「ま、マンダリアン様……今の声は一体……!?」
「お前たちにも……今の声、聞こえたのか……?」
兵士達がお互いの顔を見回す、皆一様にその不気味な声に驚き、不安がっていた
その声は城だけではなかった
「ルカ君……今の声、聞こえたかい?」
「はい、ファルネウス様……底意地の悪そうな、不気味な女の声が聞こえました」
海上に浮かぶ飛翔島の人間にも
「ヴァレリア様! 今なんか嫌な女の声が聞こえませんでしたか!?」
「おいおい……なんだよ今の不気味な声、勘弁してくれよ……ここはまだ外壁だってまともに直せてないのに」
吹き荒れる風雪が厳しい寒さを生む北の大地の人間にも
大陸全てに住まう全ての人間の脳内に、寸分違わぬタイミングでその声は響いた
そしてその声と共に暴れていたゴブリンはまるでその声に怯えるかのように耳を塞ぎ、その場に這いつくばった
―この大陸を支配していた神は死んだ、私が殺した―
その言葉と共に全ての人間の脳内に防ぐことのできないイメージが流し込まれる
それは神代王の体が何かに押しつぶされ、すりつぶされる映像……
多くの人はその余りの光景に目を閉じ耳を塞いだが、それを防ぐ術はない
皆はあまりの絶望と恐怖に悲鳴をあげた
―貴様等の神を殺した新たなる神である私は貴様等人間に告げる―
脳裏に映し出された鮮明な地獄の恐怖を拭う暇すら与えずゴッデスは人間に語り掛けた
―私は貴様等を支配せぬ、秩序を作る神はもういない―
―そう、支配などしない ただ潰し、ただ殺し、ただ滅ぼす 貴様等人間に産まれてきたことを後悔させるほどの死を必ずもたらしてくれる―
新たな神は人々を殺すと宣言した
秩序も平和も、支配すらもしないと言ったのだ
その言葉に多くの人間達は恐怖し、困惑する
神の名乗る者の言葉として、その内容はあまりにおかしかったからだ
―まず貴様等から逃げ場を奪おう―
その声と共に世界が激しく変化する
地鳴りと共に地が震え、空の雲が早馬の様に流れていく様に人々は恐怖する
だがそれは予兆に過ぎなかった
本当の簒奪は、その後だったのだ
「な、なんだ今の地震は……!?」
「ふぁ、ファルネウス様! 大変です! 海が……」
『海がなくなっています!』
大陸に面した広大な海が、まるで干からびた砂漠の様に様変わりする
膨大な海水は失われ、底面には死を待つのみの大量の魚が何が起きたのかもわからずもがき苦しんでいた
飛翔島の真下にあった海もその姿を消し、船は打ち捨てられたおもちゃの様に無残に地面に転がっていた
遥か彼方水平線の向こうに、わずかな青い海が見える
そこから足元までは広大な干ばつがどこまでも続いていた
「こ、こんなことが……!?」
あまりに非現実的な光景にファルネウスも言葉を失い立ち尽くす
―これでもうお前等は籠の中の鳥だ だがそれだけではない―
次の瞬間、王都の各所が突如爆発を始める
否、それは王都だけではない、飛翔島、エタノー城下町、直轄地……
あらゆる個所から突如轟音と共に火柱が上がり、連鎖的に爆発していく
一見大陸中あらゆるところと思われたその爆発には共通点があった
それは……
「ま、マンダリアン様……! 転送ポータルが、全て……全て爆発しました!」
「な、なにぃ?!」
突如起きる膨大な出来事に人間は恐慌に陥る
そんな様を愉悦の瞳で眺めながらクイーンは笑った
―転移などさせるものかよ、お前等人間には地べたを這いつくばり頭蓋を割られるのがお似合いだ―
慌てふためき、逃げ惑う人々
それを見ながらゴッデスは言った
満面の笑みで、宣った
―逃がさんよ、貴様等だけは―




