22.到着、飛翔島
「ほ、本当に島が飛んでる……!」
リンファが口を開けたまま空を眺める
真っ青な空と碧い大海原の間に、真っ白な島が飛んでいる
白いお皿の上に緑と建物が乗っている様な巨大な浮遊物
通称【飛翔島】 正式名称 交易浮遊都市
王都に属する都市でありながら他国との交易が許された独立自治に近い地域であり
リンファはもちろん一般市民では立ち入ることはできない特別な地
「あぁ、やっとここまで来たな……」
ボサボサの髪をかき上げながら少し疲れた声でつぶやくアグライア
ステラと別れてから約15日、道なき道を超えて二人は飛翔島の付近までたどり着いた。
ステラの助けで数日は夜を徹しての進行はできたが、獣道を強行した事による遅れと疲れは大きく
街道を使えば一週間程度でたどり着ける距離を、倍の時間をかけてしまうことになった
飛翔島の見える丘でたまらず座り込むアグライアの傍で、初めて見る世界に夢中になって騒ぐリンファ
「なんかまぶしい!まぶしいですよアグライアさん!あと船!船がいっぱい!あとでっかい壁が!光る柱が!」
「ふふふ……元気だなぁリンファは ゆっくり説明はしてやりたいがとりあえず先を急ごうか」
そう言いながらアグライアの立ち上がる足がちょっと震えている
「はい!どんなところか楽しみです!」
そう言いながら自分とアグライアの荷物をヒョイっと担いでリンファは歩き出した
『若さか、それとも人間以上の力か……いやあれは日ごろの鍛錬の賜物だな、あれは』
軽快に山道を進むリンファの背中を眺めながら自分の鍛錬不足をアグライアは反省した
山を降り街道に合流したリンファの眼前には迫るように巨大な壁が高く広くそびえたっていた
「す、すごい……、どこまでも壁がある……」
「この壁の向こうが飛翔島の管理区域、この壁は他国の侵入を防ぐための壁、【ルミナスの腕】だよ」
地平線の向こうまで伸びているんじゃないかと錯覚してしまうほどに長く、そして高い壁
この地域が如何に交易上重要な地域で、この国が如何に他国を拒絶しているかを象徴している様な壁だった
そしてその壁を前に、アグライアはにわかに緊張していた
ルキウス=ファルネウス卿は父と旧知の間柄で、自分も含め家族ぐるみの付き合いをしてきた
幼少期には面倒も見てもらったし、騎士団に入る際には
「何かあれば飛翔島にいつでも来なさい、私の名前を出せば全て通るようにしておく」
という言葉すらもらっていた
『ただあの方はなんというか……軽いんだよなぁ』
通るようにしておくと力強く言葉をくれた直後に
「通るようにはしとくけど、ダメだったらごめんね! まぁそれもその時の流れや空気ってあるからね~」
と舌を出しながら笑顔で言葉を重ねられた時にはどう反応していいか困ったことを今でも覚えている
だが普段は軽いがいざというときは頼りになる方だし、自分や王都の人間とは違う価値観を持っている方だ
リンファを穢れとして排除しようという考えでは絶対にないはず
「今はファルネウス卿にかける他ないからな……」
不安になる気持ちを振り払い、壁の監視門に足を進める
「あ、そうだ……リンファ、これを羽織りなさい」
アグライアはそういうと道具袋から取り出した外套をリンファに羽織らせる
「ちゃんとフードをしっかり被るんだぞ、ボタンも全部止めるんだ」
年下の弟妹の面倒をみるようにもぞもぞと身づくろいをしてやるアグライア
「あ、ありがとうございます!」
「飛翔島の中ならまだしも、監視門では君は目立ってしまうからな……よし、これで大丈夫だろう」
頭から足先まですっぽり外套で覆われるリンファ、目元だけがかろうじて覗いている風体はまるでテルテル坊主の様だ
「こ、これはこれで目立っちゃいそうですね……」
「そこはなんとかごまかすさ、ダメだったらその時考えよう」
明るくふるまうアグライアにつられて笑うリンファ
アグライアとしては危険すぎる賭けに不安は大きくなっていたが、リンファを不安がらせてはいけないと気丈にふるまっていた
『いざとなれば門兵を切り伏せてでも場内に侵入してみせるさ』
アグライアは一人、心の内で覚悟を固めた
少しして、二人は監視門に到着する
屈強な兵士がその監視と防備に当たっており、その雰囲気には強い威圧感が溢れている
監視門の任務に就くのは王都の国境警備隊であり飛翔島管轄の部隊ではないのでファルネウス卿の息がかかっているかどうかわからない
アグライアは不審に思われぬよう、努めて堂々とリンファを連れて監視門の警備兵に相対した
「止まれ、ここは飛翔島の境界線である 何者か名乗るがいい」
アグライアの一回り程度大きい屈強な男の兵士が、二人を睨むように見下ろしながら問いかける
「私はリリー=アグライア 連れの名はファリン=アグライア、私の家族だ 火急の要件があるため飛翔島への入場を認めていただきたい」
リンファの名前は念のため偽名にしてアグライアは答えた
「本日王都からの入場の指示は受けておらぬ、どのような要件か聞こう」
お互い視線をそらさず睨みあうように言葉を交わす、その様子にリンファは少し気圧されていた
『わ、わぁ……大人のやりとりだぁ……』
屈強な兵士相手に一歩もひかないアグライアの姿勢にかっこよさを感じずにはいられない
「極秘の為詳細は言えぬ、天空宰相ルキウス=ファルネウス卿に取り次いでいただければわかるだろう」
アグライアがファルネウスの名前を出した瞬間、目の前の兵士どころかその周りの兵士に緊張が走る
目の前の兵士は上官らしきものに目配せをすると、少しの間の後声もなく上官がうなづいた
「ファルネウス卿の関係者で間違いないか?」
「ファルネウス家とアグライア家は旧知の間柄だ、迅速な対応を願いたいな」
しばらくして他の兵士が書類を持って耳打ちをすると、対応していた兵士がその進路を示した
「承知した、この先に進み18番の【空の梯子】を用いるがいい」
「対応に感謝する、ありがとう」
「良い旅を、アグライア殿」
簡素なやりとりの後、二人は示された道を進む
二人の姿が通路の奥で見えなくなると、兵士は伝声管をつないだ
「来たぞ、例の二人だ 騎士団に伝えろ」
「巨大な透明の筒に大きな坂が動いてる……!」
進んだ先には空の梯子と呼ばれる巨大な動く歩道が飛翔島までつながっており、そこには多くの人の往来があり活気づいていた
「わ!足元に海が見える!すごい!あ!あの山!もしかしてステラさんたち見えるかな!?」
「ステラが大きくてもさすがにここからじゃ見えないだろうな、ふふ……あんまりはしゃぐなよ」
周りを見渡しながらはしゃぐリンファとそれを見守るアグライア
その二人の元に顔を真っ白に塗って丸い鼻をつけた道化が近づく
「やーやー!ようこそ飛翔島へ!ここへは観光?お仕事?それとも不法侵入?なんちゃってねぇー!」
「わわわ!え、えっと……?」
「ファリン、驚かなくてもいい 入場者を歓迎する道化だよ 」
アグライアは偽名でリンファにこたえると、道化に話しかける
「我々は観光で来ているんだ、何度も来ているから案内や歓迎は不要だ」
「そーかいそーかい!歓迎不要なのは残念だねぇ! 飛翔島を楽しんでねぇ!」
そういうと道化がリンファに手に持っていた光る風船のような花を渡して微笑んだ
「ここはキラッキラでとっても楽しいからねー!お姉ちゃんとたくさん楽しむんだよ! リンファ君!」
「はい!楽しみです!」
「そーかそーかー素直だねぇ! それでは良い旅をねぇ!」
嬉しそうなリンファに満面の笑みで答えると道化はフワフワと飛ぶように他の通行人に声をかけに行く
その後ろ姿をリンファは楽しそうに見送った
「ここは相変わらずにぎやかだな……」
「こんなににぎやかなところ、僕初めてです!」
もらった風船花を物珍しそうに眺めるリンファを微笑ましくアグライア
けれど、違和感に気づいてしまう
リンファは風船花からアグライアに視線を向け、何の気なしに呟いた
「あれ?撲の名前ってファリンですよね? 今リンファって……」
その言葉の瞬間、何者かの攻撃で風船花が破裂する
破裂音と共に鎧の軋む音を響かせて数十人の鎧姿の男が走ってくる!
しかもその集団は門側と島側の両方から挟み込むように迫ってきた
その集団は赤白の制服を身にまとうルミナスのしもべ……神聖騎士団だった
「そこまでだ!ゴブリンクイーンの尖兵と裏切り者アグライアよ!」
島側の先頭に立つ騎士団の男が叫ぶ、その声に呼応して騎士団員全員が抜刀し構える
咄嗟に二人は背中合わせになり、構えを作る
「やはりダメだったか……!神聖騎士団の手が既に回っていたとはな!」
「あの夜のみんなじゃなさそうですね……知らない人ばかりだ」
「恐らくは第二方面隊だな……結構な規模でご苦労な事だ」
二人を囲む様にジリジリと間合いを詰めてくる騎士団
「アグライア!貴様には王都より出頭命令が出ている!そしてそこの穢れの尖兵について生死は問わずと指示が出ている!」
「貴様ら!天空宰相の管轄下で戦闘行為など許されると思っているのか!?」
アグライアの言葉に騎士団が笑いながら
「貴様の心配など不要よ、ここに宰相より戦闘の認可を示す書面を預かっている!」
と鬼の首をとったかのように書類を見せびらかす
「……やはりダメだったか!」
「アグライアさん!来ます!」
「戦闘用意!」
騎士団の全員がその声に剣を掲げ、往来の人々が悲鳴を上げ逃げ惑う
「こうなったらやるぞリンファ……すまない!」
「大丈夫!どっちに進みますか?」
「……島だ!こうなったら中央区のファルネウス卿のところにまで怒鳴り込んでやる!」
「いいですね!文句言ってやりましょう!」
その言葉を皮切りにアグライアが盾を構えながら島側の騎士団に特攻し、リンファもそれに続く
アグライアが振り下ろされた剣を盾で弾く刹那、リンファの崩拳が騎士団を吹き飛ばした
「おのれ、逆らうか忌まわしき穢れめ!」
「なんとでも言え!僕はリンファ!怪我したくなかったら道を開けてください!」
遥か上空で騎士団との戦闘が開始された!




