20.強敵
牙と拳が合わさりすれ違う瞬間、リンファの踏み込んだ足そのまま次の技に移る
【八極剛拳 金剛鉄山靠 】
ステラーハウルの右わき腹にめり込むように肩が食い込み、リンファは決着を意識した
だが次の瞬間リンファの一撃をものともせず上段から鋭利で巨大な牙が振り下ろされる!
かろうじて身をよじるも避けきれず右肩甲骨から左わき腹にまでの皮を裂かれてしまう
背中の熱さを感じながら距離を取り構えを取ると、ステラーハウルも脇腹のダメージに苦しみながら唸り声をあげている
「完全に決まったはずなのに……手ごたえもあったはずなのに……!」
魔力の共振も感じた、相手のダメージのうねりもあった……けれどステラーハウルは倒れないどころか反撃をしてきた
ゾンビの時のように効いてない?いや……
「耐え切れられた……!? なんてタフなんだ」
リンファはステラーハウルを注意深く観察する
鉄山靠が決まった箇所にはダメージの形跡はある、けれどステラーハウルの動きは鈍っていない
「おぉ……この魔力のうねりが体内を駆けまわる衝撃は300年の命の中で初めての経験……」
ステラーハウルは傷口を眺めながら感嘆の声を上げる
「なるほど……貴方は魔力を顕現させるのではなく、自らの内部に満ちさせた魔力を相手の魔力と共振させて破砕する技を使うのですね」
驚きを隠せず目を見開いてしまうリンファ
「たった一度の手合わせで見抜いちゃうんだ……僕自身もなかなかきづけなかったのに……!」
傷口からリンファにゆっくり視線を向けると、少しだけ微笑む
「ダメですよリンファ、戦闘の最中に動揺を悟られては」
「はい、すいません 行きます!」
駆け引きも何も捨てて全力で飛び込む!
「まっすぐで素直な子ですね、来なさい!」
その突進を避けることなく真っ向から受けて立つ!
『小細工が通用する相手じゃない……! 技自体に効果があるなら連撃で仕掛ける』
リンファは飛び蹴りにて相手の鼻先に強襲するも、その蹴り足を眉間で受けられそのまま打ち上げられるが、打ち上げられる瞬間蹴り足を踏み込みバックジャンプに切り替える
地面に着地した足をそのまま軸足に切り替え、ステラーハウルのアゴが浮き無防備に見えた喉元に拳を叩き込む!
【八極剛拳 電光箭疾歩】
『急所ならダメージは大きいはず!』
箭疾歩の拳を支えにそのまま体を回して裏肘に回ろうとした刹那、相手の強烈なフック気味の右前足の薙ぎ払いに脇腹を撃ち抜かれる!
インパクトの瞬間同じ方向に飛んだため直撃にはならなかったが、内臓が激痛で悲鳴を上げる
吹き飛びながら体勢を立て直すと
「そ、そんな……!?」
ステラーハウルはその身から煙の様に魔力を吹き出し、その魔力を身にまとう
喉元に叩き込んだはずの拳の傷痕はほとんど残っていない……!
「少し合わせるのが難しいですが、魔力の共振が起きる前に魔力を少しだけ排出させることである程度の無効化ができるようですね」
首を少しだけ振り、伏せるように低く構えるステラーハウル
「リンファ、あなたの技はこの世界で見たこともない素晴らしい無二の技です、ですが……」
「対処できないわけではありません」
踏み込みの地面から爆発の様な土煙があがり、ステラーハウルが突進する
構えを取っていたはずなのにまるで瞬間移動をしてきたのように間合いを割られ、眼前に迫る牙を慌てて左手を回してさばくがその勢いのまま飛び込んでくる前足の爪が横なぎに変化!
かろうじて上半身をそらせてかわすも、その横なぎの攻撃は回転の動きに変化し、まるで回し蹴りのように後ろ脚がリンファの顔面に炸裂する!
上半身をそらせた際に足元を固めてしまったため足さばきができず、リンファは直撃をくらってしまう
「うぅ……?!」
こめかみから流れる血を押さえるが、打撃の衝撃と失血も相まって視界が定まらない
「リンファ!しっかりしろ!」
たまらず声を上げるアグライアの声がどこか遠いところで輪唱している
『すごい……こんなにも強い……!』
かろうじて構えを取るもステラーハウルがいくつにも見える、リンファはそれを悟られまいと強く踏みこむ
「まだまだ健在といったところですね、戦士としてとても凛々しい」
その姿を見つめる赤い瞳が大きく見開き、ステラーハウルの周りに冷え冷えとした空気が漂い、やがてその空気が無数の氷柱に変わる
ピシピシと空気が凍りついていくのがリンファにもわかる
「なにあれ……氷の魔法……!?」
「ならば更に参りましょう、耐えてみせなさい」
ただよう氷柱の切っ先が全てリンファに向き、空気の流れが止まる
瞬間、数十本のつららが意志を持った弾丸の様に不規則にリンファに襲い掛かる!
「くうぅ!」
次々と襲い掛かる氷の弾丸を掌にて螺旋の動きで捌くが、捌ききれなかった氷柱は容赦なくリンファの死角に回り込むように進路を湾曲させる
身を捻りかわすも魔力の塊である氷柱が肩をかすると、ビキビキと大きな音を立てて凍り付いていく!
「ううっ!まだまだぁ!」
凍り付こうとする肩を強引に動かしこびりつく氷塊を破壊すると裂けた肉から血が噴き出すが、気にする暇もなく次々と氷柱が襲い掛かる!
必死に捌こうとする瞬間、眼前に巨大な影が現れる
あまりに高く巨大な、まるで壁の様なその影は大きく体を空に伸ばしたステラーハウル
「この機会を見過ごすつもりはありません」
遥か上空から二本の牙が回転しながら襲い掛かってくる!
「こ、このおお!」
氷柱と牙を同時に避けるのが不可能だと判断したリンファは氷柱をその足に受けながら腰を低く溜め、回転しながら襲い掛かる牙を右手で捌き、進行方向を変える
捌ききれず牙が右肩を切り裂くがそのまま金剛鉄山靠を横っ面に叩き込んだ!
「むう……!」
魔力共振による爆発が口内より発生し、たまらずよろけるステラーハウル
リンファは体を入れ替えて連撃に移ろうとするが、先ほど足に突き刺さった氷柱が地面ごと凍り付き動くことができない
「だったら……こうだァ!」
凍り付いて動かない片方の足で体を固定し、上半身を大きくそらしバネの様に前方に弾け、その勢いのまま強く踏みこみ双掌打を叩き込む!
【八極剛拳 白虎撲子】
大地の魔力とリンファの顕現できない魔力の両方がステラーハウルの魔力に響き渡り爆発する
だが直撃の瞬間ステラーハウルは氷の壁を何重にも展開しそのダメージを大きく分散させた
双掌打の一撃で砕け散った氷がまるで霰の様に両者に降り注ぐ
足元の氷は攻撃の勢いで砕けたが、その足からは出血が止まらない
息があがり、構えを作るも呼吸も視点も定まらず肩で息をしてしまう
ステラーハウルも攻撃こそ凌いだもののダメージの大きさに追撃に移れないのか少しだけ距離をとる
「まいったな……勝てないや……」
整えようとする呼吸が言う事を聞いてくれない
足先から頭頂部まで体全部が誰かからの借り物の様に重く、思い通りに動かない
こんなにも自分の技が通用しない相手がいるなんて……!
「すごく……シンプルに……強い……!」
「ふふ……なんという誉め言葉でしょう あなたも強敵でしたよ」
「ま、まだ過去形でいってほしく……ないですよ……!」
「あぁ……ごめんなさい そうでしたね、貴方はまだでしたね 楽しくてつい見間違えてしまいました」
命のやりとりの最中に起きる戯れのやりとり
その時間を見逃さず、リンファは呼吸を少しづつ整える
ステラーハウルはその仕草に気づかぬふりをしながら、その姿を愛しく見つめる
あぁ、小さき戦士よ
あの子もきっと、あなたのような勇敢な戦士となり、王となったことでしょう
種族も姿も何もかも違うリンファに、かわいい我が子の面影を見ずにはいられない
健気で、必死で、ひたむきで……
ステラーハウルがリンファを見つめるために少しだけ細めた目をゆっくり閉じると、天に向かって咆哮する
すると空から美しい氷の結晶が降り注がれ、その身に纏うようにステラーハウルを包み込む
牙が、爪が、その美しい白銀の体毛が、絶対零度の魔力に覆われる!
「私の全力にて、貴方を倒します」
ステラーハウルの魔力が大地や木々、空すらも凍り付かせていく
リンファは暴れる肺を押さえつけ、大きく息を吐き構えを作り直す
「覚悟」
ステラーハウルの姿が爆ぜる
その勢いで巻き起こる土煙がホワイトアウトの如く猛吹雪を巻き起こす
リンファは動かない、ただその一瞬に集中する
魔法と打撃の連携を捌き切るのは自分の技量ではほぼ不可能
こちらの攻撃は真っ向勝負なら捌かれる
捌かれるのがわかっているのなら……
ホワイトアウトした視界を裂いてステラーハウルが閃光の様な速度で飛び掛かる!
『動かない!命を捨てたというのか!?』
一瞬そう思うも躊躇せず巨大な牙をはるか天空から振り下ろす!
「ここだぁぁ!」
その牙が体に到達する寸前、リンファは前に踏み込み双掌打を牙に叩き込む!
両の掌が切り裂かれ、鮮血が噴き出すが、その牙はリンファの肩に食い込むも勢いを殺される
「なっ!?」
そのあまりに無理やりのカウンターに虚をつかれるステラーハウル
リンファはその切り裂かれた手の甲を上空に払い、牙ごとステラーハウルの首を跳ね上げる
無防備になる首元、だがステラーハウルは絶対零度の魔力を首元に集中させる!
「何度やっても無駄です!」
幾重もの氷の障壁がその毛皮に覆い重なるが、リンファは構わず両の掌を相手に向け、全力で踏み込む!
【八極剛拳 白虎撲子】
双掌打が相手の喉元に突き刺さるも、氷の障壁と共振を阻害させるための魔力の放射が発生し威力を分散させていく
だがその両の掌が氷を掴むように揃えた指先が食い込み、まるで鋭い牙の様に姿を変えていく!
「切り裂けぇぇ!」
氷に食い込んだ指先が勢いを増して振り下ろされ、絶対零度の魔力を切り裂く!
それはまるで狼の牙が獲物を仕留めるが如く……!
【八極剛拳 白狼撲子】
若き狼の牙が、白狼の喉元にくらいつき引き裂いた
あぁ、我が子よ―――
ステラーハウルはその牙を抱きしめるように愛しく受け止め、倒れ伏した――ー




