19.おかあさんのお願い
「あなたの子を……破壊……?」
ステラーハウルはリンファに向けて確かに言った
「我が子を破壊せし緑の戦士」と
その言葉にリンファはわずかな動揺を覚えた
「な……狼がしゃべるだと……?」
アグライアは自分の耳に入ってきた言葉が信じられず、思わず思ったことを口に出してしまう
「人の子よ、自らの見識が全てと思わない方がいい 私はこの森を人で言うところの300年は生きてきました あなた方の言葉程度なら理解できます」
「ならば、なおの事貴様の言葉をおいそれと信じるわけにはいかないな……!リンファに手出しはさせんぞ」
ステラーハウルに見下ろされながら、リンファをかばい懸命に剣を構えるアグライア
赤い瞳から注がれる眼光に震えだしそうな足を殴りつけてでも切っ先をステラーハウルに向けた
「僕は狼を殺したことなんてありません、確かに生きるために動物を仕留めたことはありますけど……」
「……そうか、ではその拳につく匂いをなんとしますか?」
リンファは構えた右手の先をじっと見つめる
アグライアからもらったそのグローブにはこれまでの戦いで染みついたであろう赤黒い染みが残っている
「……あ」
その手を見ながらリンファは思い出し、瞳を揺らす
「身に覚えが……あるのですね?」
ステラーハウルは静かに強い言葉で聞く
「確かに僕は……あなたのお子さんを破壊したのかもしれません」
リンファは先日の激戦を思い出す、多くのゾンビと激戦を繰り広げたあの夜
森の死体がミアズマの冥力でゾンビと化し、それを撃ち払ったこと
その中に、確かに狼のゾンビが存在したことを……
「あの夜のゾンビたちのことを言っているのか……!?」
アグライアもそのことに気づき、その切っ先をわずかに下げる
ステラーハウルが静かに語る
「あの夜……愛しい我が子の亡骸が何者か操られ、冥力の操り人形となった」
その赤い瞳を二人から一切離さず、射貫くように見つめる
「必死に追いかけた、必死に探した だが多くの獣の臭いと腐臭にまぎれて我が子の姿を見失った」
少しの沈黙の後、赤い瞳が鋭く光り一点を見つめる
「そこだ、その拳の突端に我が子の匂いを見つけた」
宝石の様な瞳が赤く燃え盛るよう鋭くきらめき、美しい白銀の毛皮が逆立つ
そして天を裂かんばかりの咆哮が森中に響く
リンファ達はあまりの圧力に、身を守るようにたじろぐ
「あの日、我が子の亡骸を破壊したのは貴方だ、緑の戦士よ」
咆哮を終えた口元からまるで炎が吹き上がっているかのように、熱い吐息が漏れる
「ま、待ってくれ!確かにあの日多くの亡骸と戦うことになった、だが私達もそれを操る奴らにけしかけられて必死に応戦しただけなんだ!」
アグライアが剣を下げて叫ぶ
「確かにあなたからすれば怒り悲しむ悲劇とは思う、だが私達も貴方の子を貶めようとしたわけでも悪意があったわけでもないんだ」
「たとえどのような事情があったにせよ、それは人の子達の理……我が子の亡骸を辱めていい理由にはならない」
ステラーハウルの瞳が悲しく揺れる
「非礼は詫びる! だがこの者……リンファは決していたずらに命を粗末にするようなものではない!責を負えというなら私が負う!」
必死に叫ぶアグライアの前にそっと立つリンファ
「ありがとうアグライアさん」
「リンファ下がれ! この者は誤解をしている、それを解けば戦わずともすむ!」
その言葉に首を横に振るリンファ
「でも多分違うんだ この狼さんは全部わかってる」
「なん……だと……?」
リンファは構えもせず、無防備な姿でステラーハウルの前に立つ
ステラーハウルはその姿をただ見つめた
「下がれ!下がるんだリンファ!」
「狼さん、貴方の望みは僕たちの命とか復讐とかじゃない……そうですね?」
無防備なリンファを前に、毛先一つ動かさず視線を向ける
「……そうです、緑の戦士よ 私と戦いなさい」
ステラーハウルはその頭を深々と垂れ、リンファの前に首を晒す
一歩踏み出し技を撃たれたならば、その首は折られ絶命するだろう
そんな相手の必殺の間合いで命を晒して見せたのだ
「我が子の名誉と、非業の眠りの餞として、貴方と牙を交えたい」
「我が子が最後に牙を立てた相手がせめて勇敢な戦士であってほしいのです」
ステラーハウルがその巨躯を伏せ、リンファに請う
「弔いの為に、戦いたいというのか……? これだけの群れの狼の王が、たった一頭で?」
獣がそんなことをいうことは理解できないが、騎士としては理解できる
理解できてしまうことにアグライアは頭を抱える
「戦いである以上、私はあなたの首をかみちぎるつもりです だから覚悟はしてもらいたい」
「……」
リンファは鋭く睨みつけてくるその赤い瞳をまっすぐ受け止める
「い……いやダメだリンファ! この戦いにお前の責はないんだ、命を懸けていいわけがない!」
リンファは恐ろしく美しいその瞳をじっと見つめる
怒り以上の悲しみ、けれどその激情を抑え込むほどの誇り
「……あなたは、お母さんですか?」
「……そうです、あの子は私がお腹を痛めて生んだ子です」
命を晒し頭を垂れる母ステラーハウルの前で、リンファは両ひざをつき正座し、深々と頭を下げる
首を見せ、ステラーハウルと同じく命をさらけ出す
どこかチグハグな礼法のやりとりだが、互いがその命を互いに差し出すことに嘘はない
お互いゆっくり頭をあげ、視線を再びかわすと、リンファが口を開く
「僕の名前はリンファといいます」
「リンファ……よき響きですね 森に咲く美しい華のよう」
「狼さん、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
「我々は名前を持ちませんが、人の子は私をステラーハウルと呼びます」
その名を聞いてニコッと微笑むリンファ
「すごく綺麗な名前ですね、優しいお母さんって感じがします」
「ありがとう、緑の戦士よ」
「リンファ……」
「ごめんなさいアグライアさん、ちょっとだけ寄り道させてください」
アグライアはその言葉に苦悩する
馬どころか獅子の如き巨躯、威厳溢れる人の言葉すら解する恐るべし白狼……
戦ってほしくない、リンファには回復魔法を唱えてやることすらまともにできない
やめてくれリンファ、戦ってはいけない!
アグライア引き留めるための言葉を胃の腑から溢れそうになるのを必死に飲み込み
「……行ってこい!」
と、無理やり作った笑顔で必死に作った言葉を伝えた
「礼を言います、緑の戦士よ」
「僕のことを戦士と呼んでくれたのはあなたが初めてです、それに……」
「それに……?」
お互いが必殺の間合いで構えを作る
大地が震え、空気が張り詰める
木々が揺れて不気味な響きを奏でる
「おかあさんの頼みだから、僕は断れないんです」
狼の群れが、開始を知らせるように咆哮を重ねると地面が爆ぜ二つの影が交錯する
蒼天を越えた遥か先で輝く星空が煌めいた―――




