Ep.109 火急の報⑤
ザイリェンのとある喫茶店。ランはムッとした表情でコーヒーを啜り、呟いた。
「……なあ。」
結局ランはミラとファプレの誘いを断り、二人はミラがランに用意した依頼を解決するためザイリェンを出た。それから数時間が経った昼下がり、戻ったミラとファプレによってランはこの喫茶店に連れてこられたのである。
「お前ら、依頼はどうしたんだよ。」
「終わらせてきたわよ。」
「そうそう。結構早く終わったからさ、ランも呼んでお昼でもどうかなって。」
「いやもう済ませたし……どういう風の吹き回しなんだよ、全く。」
テーブルを挟んで向かいに座った二人にランは悪態をつきながらコーヒーに角砂糖を加えていく。そこへ、
「お待たせいたしました。」
と、二人が注文したパンケーキとサンドイッチが到着する。目を輝かせながらパンケーキに手を付けるファプレとは対照的に、ミラは静かにサンドイッチに手を伸ばした。その様子を不思議に感じたランはぎこちなく話を切り出した。
「ああ、その……今日の依頼はどうだったんだ?」
「え、意外〜!ランったら、私らの依頼に興味あったの!?」
「いや、そうじゃ……ああいや、まあな。面白い話とかあんのかなぁって。」
「あははっ、なにそれぇ。別に今日だからって特別何かあったとかないわよぉ。街道周りでちょっと危ない魔物を退治しただけだよ。」
ファプレはランの様子を笑いながらそう答えると、パンケーキを1切れ頬張った。その間もミラは神妙な表情でサンドイッチを食べているだけであった。
「もしかして、朝のことまだ怒ってんのか?」
「……」
ランはミラの様子を窺うようにそう尋ねるも、ミラの反応はなかった。ファプレは不思議そうな顔をしながらミラの顔を覗き込んで言った。
「ミーラーちゃーん?」
「ひっ……え、何?」
ミラはびっくりして、少し怯えた様子でファプレに聞き返す。ランは大きくため息をついてミラに悪態をついた。
「お前、散々俺を無視して何考えこんでたんだよ」
「無視!?い、いや、そんなつもりは……」
「いいから言えよ。言わないなら後にしやがれ。」
「……明日の、ファプレの試験のことだ。」
観念して白状したミラの悩みに、ファプレは少し大袈裟に首を傾げた。
「私の?」
「危険なのか?」
「危険ではない!田舎の小さな村の調査任務さ。植生や動物を調べるだけで、魔物とすら戦うこともない。」
マニュアルを読み上げるような棒読みで、ミラはランの質問を否定した。しかしその表情はますます曇り、ランはその不自然な言葉と態度の乖離に舌打ちする。
「具体的に話せ。」
「村の名前はツミグロ村という……人口は100人程度で、村人たちは土や木を加工しながら穏やかに生活をしている。魔道具はおろか、あの村に鉄器は一つもないほどだ。」
「は!?鉄器が一つもない!?」
ランは驚き、大きく目を見開いた。ファプレはそんなランの反応を笑いながら補足する。
「そうそう。魔道具も鉄器もないなんて、ランにとっては商売あがったりだよねぇー。」
「いや、そんなことはどうでもいいが……お前、随分詳しいんだな。」
「昔、近くの村に住んでいたことがあるの。依頼人もそのとき仲良くしてた女の子で、十分信頼できる子なのよ。」
「それで、何を調査するんだ?」
「……これを見てちょうだい。」
ミラは報告書のような文書を一枚取り出し、ランに渡した。ランはそれを読みながら呟く。
「野生動物の死体ぃ?」
「ええ、最近この村の周りで報告されている異変よ。目立った外傷もなく、解剖しても筋肉や内臓そのものに異変もない。けど……」
「脳や肺に水が溜まっている、か……死因はそれだろうな。」
「ええ、私たちの調査はその内臓に水がたまる病気についてよ。」
「ふーん……」
ランはそういうと、目を凝らしながら文書を黙読する。最後まで読み切ると、ミラに文書を返しながら言った。
「冒険者ってのはこんなこともすんのか?学者や医者の領分だと思うんだが。」
「依頼者が冒険者ギルドに持ち込んだ分はね。その方が安上がりになることもあるし、今回の場合は大所帯で村に押しかけられることを嫌ったんでしょう。」
「そういうもんかねぇ。」
「ええ。それに、まだ人への感染事例はないっていうし。だからサンプルの採取とその水を持ち帰れば任務完了ってわけ。」
どういうわけかミラの代わりにランの疑問に答えたファプレが、得意顔で胸を張る。しかし、ランは眉を顰めたままミラを見ていた。
「……簡単すぎないか?」
「え?」
「仮にもランク昇格試験を兼ねた依頼だろ?こんな依頼でランク昇格に足るかどうかなんて判断できるのかよ?」
「……うん。私も同じことを考えていた。この依頼はギルド長からファプレの昇格試験用にと言付かっていてね。ランク昇格試験はもともと比較的危険性が低い依頼で行うことが多いとはいえ、今回のは低すぎて……少しね。」
ミラの口調が少しずつゆっくりになる。ランはジロリとファプレの方へ目を動かし言った。
「ファプレ、やめとけ。」
「え!?」
「嫌な予感がする。病気の調査任務ってのも、人間に罹らない保証なんてないだろ?」
「え、何?心配してくれてるの?」
「当たり前だろ!姉弟みたいに育てられたんだ、心配じゃないわけあるかよ!」
ランの声が大きくなる。彼のくさいセリフを聞いた周囲の客からクスクスと笑い声が上がり、三人は恥ずかしさのあまり顔を赤くして縮こまってしまう。三人はそのまま顔を乗り出しひそひそ声で会話を続けた。
「私も付き添うから、そう簡単に命の危機に陥るなんてことはないと思う。だからランも安心して。」
「そうそう!私がちょちょーいと解決してすぐにDランクになってやるんだから。ランも大舟に乗ったつもりで待っててよね。」
「……」
ランは険しい表情のまま、静かに俯く。頭の中でぐるぐると感情が複雑に渦巻くのを感じながらも、ランははぁと大きなため息をひとつつき、
「絶対、帰ってこいよ。」
そう言い、コーヒーを一気に飲み干す。そのまま懐からコインを数枚、テーブルに置いて店を出て行った。




