Ep.108 火急の報④
12年前のザイリェン、ランの魔道具店前にて。二人の女性が店の扉の前に立っていた。一人は特徴的な緑色の髪を後ろで束ねたスリムな女性で、もう一人は黄色のツインテールが印象的な、少し小柄な女性であった。やがて、ツインテールの女性がヅカヅカと扉まで歩み寄り、ドンドンと扉が軋むほどのノックをした。
「ラーーーンーーー!!いるんでしょぉーー!!いい加減出てきなさいよぉー!!!」
ツインテールの女性――ミラ・ケイトスは周囲への騒音被害に配慮することなく大声でランを呼ぶ。緑髪の女性――ファプレ・ノーシスはその声を聞くなり慌てて辺りを見回しながらミラに歩み寄り、彼女の肩を掴み制止する。
「ちょ、ちょっと!ミラちゃん!声が大きいって!」
「ダメよファプレ!これ以上甘やかすのはランのためにならないのよ!どうせ今も2階で寝てるだけなんだから!!」
「そうじゃなくて、近所迷惑!周りの人に悪いでしょ!」
「うるせええええ!!!」
ファプレの注意を遮ったのは、店主ラン・オチェルドの怒号であった。先程のミラの声より数倍大きな声が轟き、やまびこのように反響する。女性二人はその声量に怯みながらもランに悪態をつく。
「ちょっと!耳が遠くなったらどうすんのよ!」
「ああ……せっかく私が注意したのに……」
「チッ、まったく……喧しいやつが二人揃ってなんの用だよ。」
「決まってるでしょ。」
ミラは得意げにそう言うと、懐から依頼書を取り出しランに突きつける。そしてドヤ顔を決め込みながら口を開いた。
「Dランク冒険者様の素敵な素敵な初舞台を用意……」
「断る。」
「あっ、こら!閉めるな!!」
ランはミラを無視し扉を閉めようとするが、ミラがそれよりも素早く扉の隙間に潜り込み、なんとか閉められないように踏ん張る。
「てめぇっ、ちょこまかと!」
「ははっ、今日という今日はここから引きずり出してやるぞ!ファプレ、あんたも手伝いなさい!」
「ちょ、ちょっとミラちゃん……」
「は、早く手伝え……このバカ、力だけいっちょ前なんだから、も、もうしんど……いてててててて!!!」
ミラは徐々に扉にきつく挟まれていき、やがて悲鳴をあげ始める。その様子を見たファプレは、
「ラン!やりすぎ!!」
と、扉を片手で掴みながらランに怒鳴る。
「うぐっ……わ、悪かった……」
流石のランも姉弟子の叱責でようやく手を緩め、ミラを解放する。ファプレは解放されたミラをそっと抱きかかえ、傷跡をそっとさする。
「いたた……全く、加減を知らん馬鹿力め……」
「ねえラン、ミラちゃんがかわいそうよ。今日は冒険者やりましょうよ。」
「嫌だ!だいたい、俺はお前に無理やり冒険者登録させられたんだ。やる気なんかあるわけないだろう!」
「だって、登録だけなら自由って言われたんだもの。あと、そのことならちゃんと謝ったじゃない。」
「謝ればいいってもんじゃねえよ。とにかく俺は魔道具士のラン・オチェルドなんだ。冒険者をやってる暇はねえんだよ!」
「でも、ファプレの方が魔道具士としては上でしょ?」
「ぐっ……」
ミラの口撃がランに突き刺さる。ランはわなわなと震えながらミラに少しずつ詰め寄った。
「てめえ……立派なクチ聞くようになったじゃねえか……」
「あら、事実でしょう?」
「上等だ!テメエの討伐依頼を俺の初陣にしてやらァ!!」
「そんな依頼は出ませーん!」
ランが棚に立てかけられた刀を手に取り、目にも止まらぬ早さでミラに切りかかるも、ミラは彼をおちょくりながら躱し続ける。そんな殺り取りを傍目に見ながら、ファプレはいつの間にか笑っていた。
「ふふっ……」
その寂しさを含んだ笑いを耳にした途端、二人の動きが止まる。
「何がおかしいんだよ。」
「え?いや……二人とも、楽しそうだなって。」
「いや、意味わかんないけど。」
「えー?意味、わかると思うけどなー。」
ファプレは誤魔化すようにそう言うと二人から目を逸らし、店に来るまでの道の先を見つめる。その先にはベルジオ商会――この日からちょうど2年前、ファプレが嫁いだオリオン・ベルジオの店があった。
(だから私は、あの人と一緒になったんだからね。)
ファプレは優しく微笑み、ゆっくり目を閉じる。ミラとランはファプレの一連の行動を見つめ、二人揃って理解が及ばないという間抜け面を晒してしまっていた。
暫く不思議な沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、ファプレの唐突な発言であった。
「あ、そうだ!明日私、ランクアップ依頼を受けるんだ。」
「ランクアップ……ってことはお前、Dランクになるのか!」
「そうよぉ〜。へへ、やっとランに追いついた。」
「いや、追いついたっつーか……そこまでに10年かかってるし、そもそも俺スタートラインから一歩も進んでないし。」
ファプレの発言に苦笑いしながらツッコミを入れるランの背後から、ミラが悪どい微笑みを浮かべながら近付きボソリと囁いた。
「あら?ランさん、魔道具士としての腕で負け、サボり続けた冒険者ランクも追いつかれて……貴方、何でならファプレさんに勝てるんでしょうねぇ?」
「ファプレ、用事ができたから帰っていいぞ!コイツを殺すって用事がなァ!!」
ランはそう言うと、ミラに掴みかかる。大男と小さな少女がもみくちゃにじゃれ合う様子を見ながら、ファプレは呆れてため息をひとつついた。




