Ep.107 火急の報③
同時刻、魔王城の地下深くの一室。竜脈の楔が鎮座するその部屋の真ん中で、ランは楔を背にして胡座を組んでいた。鞘に納めた刀を抱えながら首から下げた丸い玉のような魔道具をそっと触っている。そのままゆっくりと心を落ち着けるように目を閉じ瞑想に入る。すると、地上付近から大きな地鳴りが空気を震わせる。
「……来たか。」
ランは刀を握り立ち上がった。眉を釣り上げ出入口を睨みつける。肩と握りこぶしに少しずつ力が入り、汗が一筋頬を滑り落ちる。ゴクリと息を飲む音が部屋を反響し再びランの元へ帰って来たとき、闖入者が彼の前へ姿を現した。
「やっぱり、お前だったか。」
ランの表情が少しだけ緩む。その寂しそうな目線は、部屋の出入口で佇む女性――覆面戦姫マスクドネビュラを捉えていた。
「そうか……それじゃあ、王都の虐殺ってのも事実なんだな。」
ランの言葉に、マスクドネビュラからの答えはなかった。答えはなくとも、彼女は腰に差していたステッキを取り出し、ゆっくりと構えた……それが、事実を雄弁に語っていた。
ランの表情が険しく戻る。その勢いのまま刀を一気に抜き、マスクドネビュラに突進する。
「うおおおあああっ!!」
ランは刀を振り上げ最短距離で接近し、絶叫しながらひと息に振り下ろした。マスクドネビュラは右手に持ったステッキであっさりと受け止める。ランは一度刀を引き、今度は横薙ぎに振り回す。しかしマスクドネビュラは冷静に一度間合いを取って刀を回避すると、ランの攻撃後の隙を突くべく凄まじい速さで再接近する。
「くっ!」
マスクドネビュラはそのままステッキでの殴打を試みる。ランは一歩、また一歩と後退しマスクドネビュラを部屋に招き入れる形となった。そしてランは思わず、ちらりと楔の方を見てしまう。その一瞬の隙を捉えるべく、マスクドネビュラは大振りの一撃を繰り出した。
「舐めるなァ!」
ランは大振りの一撃を低い態勢で躱し、そのままマスクドネビュラをかち上げるように体当たりで攻撃する。マスクドネビュラは大きくよろめき、ランは刀を左手に持ち替えて
「くらえぇっ!!」
右拳を固く握りしめ、顔面目掛けて渾身の一撃を叩き込んだ。地面に叩きつけられたマスクドネビュラの仮面にヒビがピシピシと入り、ランが拳を離すと同時にその破片が地面へ零れ落ちていった。仮面が剥がれ露わになったそこには、彼のよく知る冒険者ミラ・ケイトスの姿があった。
「12年振りだったな。ようやく一発、殴れたぜ。」
ミラの返事はなかった。ランは気配を感じ地面を蹴りその場を慌てて離れる。その直後、ランが立っていた場所目掛けて小さな星型の石が猛スピードで落下した。
「随分な挨拶だな!」
星型の石はその後もランの立ち位置目掛けて降りかかるも、ランはその都度直感で回避し続ける。
「紫漸と染まれ!裂叢飛輪!!」
ランの叫びと共に、火球がミラに向けて放たれる。ミラは驚いたように目を見開くと、円弧を描くように火球を躱していく。ランはそれを見るなりニヤリと笑い、
「かかったな!!」
とそう叫ぶと、二つの火球でミラを挟み撃ちにする。ミラは苦々しく顔を歪め、身体を半回転させながら持っていたステッキを突き出して火球を受け止める。二つの火球に押され踏ん張りながらなんとか受け流し、二つ分の火球を天井に打ち上げたその瞬間、
「!!!」
コイルを巻いた矢がミラの眼前に迫っていた。ミラは間一髪で矢を回避するも、躱しきれず頬にかすり傷を作った。矢はそのままミラの近くの壁に突き刺さり、その瞬間コイルに組み込まれた魔法回路が発動する。コイルに流れた電流が強烈な磁場を生み、矢の周囲一メートルの強磁性体を引き寄せる。ミラの皮膚に滲む体液が矢に強く引っ張られる……その感覚に驚いた"敗黒"は、ミラの顔を不快に歪ませ磁場から距離を取った。ランは悔しそうに舌打ちをしながら、構えていたボウガンをゆっくりと下ろした。
「チッ……外したか!」
ミラはランの姿を捉えると、ステッキを投げ捨て一瞬で間合いを詰め、格闘でランに襲いかかる。ランは距離を詰められ邪魔になったボウガンをしまい、ミラの拳を避け続ける。
(格闘よりも……敗黒の混ざった汗と血がやべえ!)
ランは敗黒の感染を恐れるあまり、必要以上に大きく避けてしまっていた。それは裂叢飛輪の反動で体力を消費していたランにとって大きな負担となり、すぐにランは息があがり肩を上下させてしまう。
「ハァ……ハァ……」
死にものぐるいで大きく距離を取ったラン。そして首元のネックレスを取り外し、先に着いていた丸い玉のような魔道具を指先で潰した。
「狂い咲け!『飛来する悲愛』!!」
ミラはすぐに間合いを詰め殴りかかったが、それよりも早くランの目の前に一人の人形がミラの拳を受け止めた。
「コチョウ……このボウガンを当てるまでの時間稼ぎを、頼む。」
コチョウは黙ったまま、ミラに体当たりをし間合いをこじ開ける。その隙にランから刀を受け取り、ゆっくりと構えた。刀を持つその手は、なぜか小刻みに震えていた。




