Ep.104 こころ なき⑦
魔王城を訪れて10日ほどが過ぎた。ルガル奪還及び魔王城内にある竜脈の楔防衛の戦いまでの時間が刻一刻と迫る中、私とランは2人がかりでネームレスを追い詰めていた。
「はぁ、はぁ……」
擬似妖羽化と水鏡術の併用に身体が慣れ、魔力量の調整と共に魔力消費量の無駄を減らすことで少しずつ全力で戦える時間が増えていった。ランも同様に、以前ほど無駄に放出していた魔力を減らしながら、戦闘中の動きもより洗練されていった。そしてそれらの成果としてネームレスへ攻撃が届き始め、当初彼女が常に浮かべていた余裕の表情もだんだんと崩れていったのである。
「ちぃっ……」
「今だァ!!」
ネームレスが舌打ちをしながら後方へ大きく間合いをとる。そのままぐらりと足元が揺らいだその瞬間、私はランを横目で見ながらそう叫んだ。
「紫漸と染まれ!裂叢飛輪!!」
ランはそう叫びながら掌印を結び、ネームレスへとめがけて手を突き出した。その瞬間、ランの周りでゆらゆらと揺れながら大きくなった火球が4つ、ネームレスめがけて発射される。火球はネームレスに着弾したと同時に炸裂し、煙が高く立ちのぼる。ランはその様子を見届けながら膝をついた。
「ぐっ、う……」
「大丈夫!?」
「ああ……ちょっと反動でふらついただけだ。ダウングレードしたとはいえ、もともと反動を二人分で分散しなきゃ使えん技だったからな。」
ランは刀を地面に突き立てながら、よろよろと立ち上がる。そうしている間に煙が晴れると、中から涼しい顔をしたネームレスが現れる。
「チッ……結界か!」
「くそっ、あっさり防ぎやがって!」
「……その感想は、かなりの過小評価だね。私の結界術についても、アンタ自身の魔法についても。」
「なにィ?」
「咄嗟とはいえ、4枚張った魔法障壁が全て吹っ飛ばされたんだ。これでも結界術については一番の得意でね……人も魔も竜さえも双ぶ者無しと自負していたのよ。」
ネームレスは不服そうに顔を歪め、ランを見下ろしている。
「その私の、本気の魔法障壁をぶち抜いたのよ……あっさり防いだわけではないわ。」
「だったら……」
「まあでも、反動の重さは問題ね。切り札として考えておきましょう。」
ネームレスはそういうと、二人に背を向けて闘技場を出た。
「二人とも……なんとか、形にはなったわね。間に合って良かったわ。」
「間に合った……?」
ネームレスは私の言葉に答えることはなく、廊下の奥へと姿を消した。私がぼんやりとそれを見つめていると、闘技場の真ん中からフラフラとおぼつかない足取りで私の元にランが歩いてきた。
「ルリ、コイルガンを見てくれ。」
「え、ええ……」
ランは懐からボウガン型のコイルガンを取り出し、10メートルほど離れた隅に置かれた的に狙いを定め、矢を放った。
「へぇ……」
凄まじい速さで的を貫く矢を見ながら私は感嘆の声を漏らす。そしてその次の瞬間、
「うわぁっ!……は、はあ!?」
バリバリバリと大きな音とともに、的の半径1メートル弱ほどの空間に置かれていた槍、剣、盾などの鉄製品が矢に吸い寄せられていた。ランは私の驚いた顔を見ながら、得意げに笑った。
「矢の方に細工したんだ。ルリの言う理屈じゃ、ぐるぐる巻きにした銅線に電気を流したら磁石になるんだろ?だから発射の時と着弾の時に発動するように魔術回路を取り付けたんだ。」
「いやいや……当たり前のように言ってるけど、そんな簡単にできることじゃないでしょ!」
「そうか?鏃にちょっと細工して、条件付けを加えるだけだぜ?」
本気で大したことないと思っている様子のランに呆れながら、私はため息をひとつついた。
「それで、その矢は何本作ったのかしら?」
「今撃ったのを含めて5本だ。基本的に使い捨てだから戦場で使い回すのは難しいな。まあでも2時間もあれば補修できるから、当日までにアレも使えると考えて貰ったらいい。」
ランはそう言って、先程撃ち込んだ矢を回収するために的のもとへ向かった。私は矢にくっついた鉄製品を見ながら、その威力に思わず息を呑んだ。すると背を向けていた廊下からネームレスの声が聞こえた。
「あなたたち、食事は要らないのかしら?」
「うわっ!」
私が振り向くと、闘技場の扉の前でネームレスが呆れた表情で立っていた。私は驚きながら数歩後ずさり、ネームレスに尋ねた。
「いつからそこにいたの?」
「いや、今来たところだけど……食事抜きになってもいいのかしら?」
「だ、ダメ!今から向かうから!ラン!」
矢を外しこちらに向かっているランを、私は大きな声で呼ぶ。ランも私とネームレスに気付いたようで、少し小走りで私の元へと戻る。そしてコイルガンと矢を仕舞い、ネームレスと私を交互に見つめる。ネームレスはランの準備が終わるやいなや、踵を返し廊下へと進む。
「貴方達の鍛錬はこれで終わり。今日は食事のあと……ザイリェンの子達と通信を繋げるわ。」
「ザイリェン……アルマスト達ね。」
ザイリェンと聞き、近付く決戦に私は気を引き締める。少しずつピンと背筋を伸ばしながら、私は魔王の轍を踏むように、一歩一歩を確かめながら廊下を進んでいた。




