Ep.103 こころ なき⑥
「はぁっ……はぁっ……!!」
魔王城内部の闘技場にて、私は仰向けになりながら荒く呼吸をする。天高く輝く日光が眩しく、私は顔を少し歪める。
魔王との模擬戦を始めて5日が経った。私は本を読み進め水鏡術を戦闘に取り入れながら戦っている。しかし慣れない術であることも重なり、半日も持たずにガス欠になってしまっていた。
「いくら水鏡術を身につけても、体力が持たなきゃ意味がないわ。」
「ぐっ……うるさいな。」
「もう一回立ち上がれなかったら、昼食は抜きにしようかしら。」
「くそっ、そいつは勘弁ね……」
昼食抜きという言葉を聞き、私は悲鳴をあげる身体を抑えつけながらよろよろと立ち上がる。それと同時に、ランが魔王ネームレスめがけて突進してきた。
「うんうん、その調子……」
ランが必死になって振り回す刀を、ネームレスは涼しい顔をしながらいなしていく。苛立ちを隠せないランはやがて振りも粗雑になっていく。
「あっさりと避けやがって……」
「いくら腹が立っても、動きが雑になっちゃダメよ。」
「うわぁっ!」
ネームレスはそう言うと刀をあっさりと受け止め、ランを蹴り飛ばして刀を無造作に投げ捨てる。
「全く、刀を離しちゃダメじゃない。魔道具士なんでしょう?良い武器をみすみす敵に渡してどうすんのよ。」
「チッ……」
「自分の作った魔道具を奪われるのは魔道具士として失格よ。それができないなら矢面に立つべきじゃないわ。」
ネームレスはランに説教をしながらゆっくりと歩み寄る。ランの怒りは頂点に達し、突然自身の胸元をまさぐり始める。
「ラン!それはまだ見せるな!!」
気がつくと、私は叫びながらランを制止していた。ネームレスは一瞬驚いた顔でこちらを見つめたが、すぐに少し不機嫌そうにこちらを睨みつけた。
「見せるなって、私に見られると困る秘密があるの?ランの胸に?」
「……いや、困るわけじゃないけど、秘密にはしておきたくて。」
私は愛想笑いを浮かべてそう言った。そしてランの方をちらと見る。ランの表情は落ち着いていた。
彼が取り出そうとしたものには心当たりがあった。それは模擬戦初日、秘密裏に作るように依頼した魔道具である。とはいえ、もう人に撃っても構わないクオリティで出来上がっているとは、天才魔道具士恐るべし……。
「共有しない方が困るとは考えないのかしら?」
「共有するための前提知識がこの世界に馴染みの薄いものっぽくてね。私も別に詳しいわけじゃないんだけど。」
「前提知識?なんの?」
「敗黒の話よ……この世界の人達はあれが水と99%一致するって言うけど、私がいた世界の科学者にとっちゃ、せいぜい67%止まりでしょうね。」
「……」
ネームレスは不機嫌を隠そうともしないまま、考え込むように手を顎に当てる。うろ覚えの知識から電荷、質量、スピンの要素の話を思い出しただけだから、67%ってのはでっちあげもいいところではあるのだが……この反応を見るに、この世界は思っている以上に磁石の研究が進んでいないのだろう。だからこそランに頼んだ魔道具――コイルガンは多大な効果を発揮するはずなのだ。
「……気に入らないね。そもそも敗黒に侵された女がこっちに来るかどうかも分からないのよ。魔法書を盗んでまでそんなものを対策するよりも大事なことがあると思うのだけど。」
「いいや、来るね。」
ランは悲しそうな表情でそう言った。
「どうして言い切れるのかしら?」
「勘だ。」
「へぇ……普通なら今ここで一発殴って黙らせてるところだけど、アンタが言うなら面白いと思うわ。」
「どういうこと?」
「意識の不連続性の隙を直感的に認知して戦う奴が、勘だって言っているんだから面白いに決まってるじゃない。」
「……バレてやがってたのか、やっぱ。」
ランは少し嬉しそうに苦笑いを浮かべる。そして懐をまさぐり、小さなボウガンのような武器を取り出した。矢をつがえ発射する部分には、銅線がグルグルに巻きついた筒が取り付けられている。
「あっ……ちょっと!」
「まだ未完成品だがな。こいつで矢を磁石にしてぶち込むらしい。」
「磁石の矢……その筒にそんな魔法をかけているのかしら?それで、磁石の矢なら敗黒にどう効果があるのかしら?」
「魔法ではないわ……その筒の銅線に流れるのは魔力を変換した電気。その電気が矢を磁石に変えるの。そして私が覚えているあっちの世界の科学が正しくて、私が辿り着いた敗黒の性質――敗黒はスピン要素が水とは異なる、強磁性体であることが正しければ……体内の敗黒は磁石に引き寄せられて、感染者から剥がせるはず。」
「磁石で引き剥がす……!」
私の説明を聞いたネームレスは、目を大きく見開き呟いた。私は眉を顰めながら言葉を続けた。
「体内から敗黒を全部引き剥がすほどの磁力は望めないけど、大部分を削るほどの力は用意できるはず。それよりも、おそらくはそれだけじゃ失う水分が多すぎて結局あの子が死んじゃうってことが問題だと思う。」
「人型結界刻印装置を使えばいい。あれなら敗黒の感染の危険はない……リィワンが敗黒の研究をできたのも、そのためだろう。」
「ありがとう……恩に着る、二人とも。」
ランはルリとネームレスに頭を深々と下げる。ネームレスが刀を、私がボウガンを拾い、ランに差し出した。




