Ep.102 こころ なき⑤
「どうだ?協力してくれるか?」
魔王城の個室。訪れたランからの依頼を聞いた私は、暫く黙り込んで考えていた。ランは気がはやるあまり前のめりになりながら私に問いかける。
「まあ、できることならやってやりたいけどね。あの広域魔法を引き抜いて味方にできるのなら心強いもの。」
「そうか、ありが……」
「早とちりしないで。可能なら、よ。私は正直、その本に書いてある内容だけでなんとかなるとは思っていないわ。」
一瞬喜びかけたランの顔が暗くなる。そしてそれはすぐに、愛想笑いに変わった。
「そうか……そうだよな。まず竜脈の封印を守るのが最優先だ。そうだよ……うん。」
「まあ、竜脈防衛の近道であることは確かだから別に悪い手では無いけどね。問題はむしろ、敗黒そのものの性質にあると思う。」
「敗黒の性質……」
「ええ。ほとんど水と変わらない魔法生物ってことだけど、何が水と同じで何が水と違うのか……沸点?融点?密度?」
「何を言っているのかよく分からないが……とにかく、水と違う部分を見つけられればいいんだな。」
ランはそういうと、『解禁法呪』をめくり始める。パラパラと小気味よく紙を弾く音が部屋に響き、私は固唾を飲んでランの様子を見つめていた。そしてランは、困り果てたような顔をしてこちらに本を向けてきた。
「ここだ。」
そのページにはたしかに敗黒の説明が載っていた。水と99%一致する魔法生命体であること、沸点・融点・密度に至るまで有意な差異は見つからず、並の汎用魔法では分離不可能であることなどが書かれていた。
「せめて沸点か融点が違えば、簡単に分離できるのに。」
「どうするんだ?」
「蒸留……簡単に言えば、混合液を加熱して水か敗黒のどっちかだけを蒸発させるの。そうすれば、沸点……蒸発する温度が高い方だけが液体として残るでしょう。」
「なるほどな……いずれにしても、生きたまま身体の中にある敗黒を取り出すのには向かない方法だな。」
「それはまあ、そうね。それなら電気を流すとか……」
「話聞いてたか?死ぬだろ、感染者が。」
「むぅん……」
私は敗黒のページとにらめっこをしながらランに提案を続けていた。というかよく見たら導電性も大差ないみたいなことが書かれていた。ということはコイツ、物溶かした上で電離させるのか……。
「こんだけ水と同じものなのに、何をもってして99%同一なんてこと言ってんのかしら。その1%、なんなのよ。」
「ああ、それならここに書いてあるぞ。」
ランが文章に向かって指を差す。私がそこに目をやり、呟いた。
「感染者は、鉄製品を避け始める……?」
「俺も聞いたことがある。ファプレ達が行ったツミグロって村は元々金属製品を一切使わないところだったんだ。今思えばだからこそ付け込まれたんだなって思うが。」
「ふむ……鉄だけ?他の金属は?」
「知らないが……ここに、金や銀に対しては通常の反応を示したって書いてあるな。」
「へぇ……こういうの、銀が定番だと思ってたのだけれど。」
「一部の魔族には効くとは聞いたことがあるが、定番ってほどでも無いだろ。」
私は改めて本に視線を落とす。そもそも、いくら研究のためとはいえよくここまで敗黒の実験を成立させられてるわね……と、そんなことを考えながら本を読み進める。そして私は、ひとつの可能性にたどり着いた。
「磁力……?」
金と銀ではなく鉄製品であること、化学的な性質に差異がないこと、その二つから導き出した結論であった。ランは理解が追いつかない顔で私を見つめていた。
「まさか……敗黒は磁石にくっつく水ってことか?」
「それか、鉄製品をわざわざ避けていることから推測するに、そもそも水にそっくりな磁石って言うべきかもしれないわね。」
「だったら、鉄で作った武器で戦えば……」
「いや、それだったら見られた瞬間に逃げられると思う。だから」
私はそこまで言うと、ランの耳のそばに顔を寄せて小声で秘密兵器のことを話した。ランは目を大きく見開き、動揺し口をぱくぱくと動かしていた。やがてランはゆっくりと落ち着きを取り戻し、神妙な面持ちで言った。
「確かに、その理論が本当に正しいなら一番確実な方法だ。」
「乗ってくれるなら……今言った魔道具、作ってちょうだい。」
「……まあ、一応材料は持ってきていたからな。用意しておくよ、弾もな。」
ランはそう言って本を閉じ、勢いよく立ち上がる。そしてそのまま部屋を出て行った。
それにしても……決して私も理科の専門知識があるわけではないが、魔法のある世界でのちょっとした科学知識が身を助けるとは。日本の義務教育、バンザイである。




