Ep.100 こころ なき③
「おーい、聞こえてる?」
魔王城・食堂。レイズは既に部屋を出ており、私は魔王ネームレスに向けて声をかけている。ネームレスはぼんやりとした表情で食器を持ったまま、暫く固まっていた。
「全く、レイズがもう帰っちゃったわよ!」
「……はっ!」
魔王ネームレスは居眠りをしていたかのように意識を取り戻し、辺りをぐるりと見回した。私はやれやれと息をふうと吐き、ネームレスに話しかける。
「おはよう、魔王サマ。」
「別に、眠ってたわけじゃないわよ。」
「はいはい。」
ムッとした顔をしながら弁明するネームレスをあしらい、私は食器をずらして頬杖をつく。それを見たネームレスが苦々しい表情を浮かべながら口を開いた。
「アンタも戻ってればいいじゃないの。」
「いいえ、ちょっと貴女に用があって。」
「面白くない用なら追い出すわね。」
「ええ……アンタ、レイズとリッサを怪しいと睨んでるでしょ。」
「……」
まるでその質問がもともと発せられなかったかのように、淡々と食事を続けるネームレス。私は扉の前で佇むクニシロを一瞥して、再び口を開く。
「図星のようね。」
「へぇ……何を根拠に?」
「何って、全く追い出そうとしてこないから。」
ネームレスは私の言葉を聞き、ティーカップを口につけズズと音を立てて啜る。そしてひとつ、ため息をついて私に言った。
「アンタは、あの二人が何者か知っているのかしら?」
「何を今更。レイズは冒険者に憧れてザイリェンに来た、薬の調合が得意な子で……」
「違うわ。何者かというのは、どこから来たどんな存在かって話。」
「え……」
「アンタ、意外とあの二人のこと知らないでしょ。」
どこから来たどんな存在か、それに答えられないまま言葉が詰まった私に追撃するように、ネームレスは質問を続けた。侮辱のようにも聞こえたその言葉に私は反論を試みようとするも、言葉は出ることがなかった。
「図星かしら?」
「……」
「まあそうよね……だってアンタ、あの子達の魔力が見えているくせに魔法が使えないってこと、不思議に思わなかったんでしょう?」
「え……魔法が使えないのは、なにか理由が……」
「使わないならいざ知らず、あれくらいの歳にもなって魔力を持って魔法を全く使えない子はいないわ。それこそ、魔法のない世界からやってきた存在でもなければ。」
ネームレスはそう言いながら、私をじっくりと見つめる。私はその嫌味な言い方にうんざりしながらも、レイズとリッサの過去を思い浮かべてみる。
「つまりアンタは、あの子達のどちらかが手の内を隠していると言いたいわけね。」
「どっちもかもしれない……わよ。実際今日まではそう思ってたもの。」
「二人をそれぞれ単独で探索させた理由もそれ、ということね。少なくとも結託している線を潰すため。」
「まだ潰れてはいないけど、結託しているならそのうちボロが出るでしょうとは思ってるわね。」
「じゃあ、ランと私を疑わない理由は?」
「それは……うん……うーん……」
ネームレスは顎に手を当てながら苦い顔で言い淀む。その姿を見て私は複雑な気持ちを抱きながら、とはいえ気になるその言葉を引き出すべく問いかけた。
「そんなに言いにくいの?」
「いや、言いにくいというか……あー、まあいっか。」
「何よ」
「だったら言うけどね。アンタたち、変態じみてるから。」
「え?」
「だって死別した女の人形作る大男って、世が世なら何かしら罪を犯していると思うわ!」
私は思わず立ち上がり、ネームレスに向けて反論する。
「そ、それは同意するけど……え?なんで私、あんな奴と同列に扱われているの!?」
「そりゃ、貴女にも似た存在があるように見えるもの。」
「似た存在って、まさか……」
ネームレスの言葉で思わず想起した顔が二つあった。確かに、異世界に来てまであの子の死に執着しているのは認めるが、私は別にライカの人形なんて作ったりはしない、ランと同列はいくらなんでも心外だとそう考えていると、ネームレスは再び口を開いた。
「まあとにかく、アンタ達二人の一途さはちょっと変態じみてるからね。私も1人、アンタ達に負けないくらいの一途バカを知ってるから、そういう奴はある意味信用できるって思ってるわ。」
「ちょ、ちょっとぉ〜」
ネームレスの言葉を聞いたクニシロが、扉の前からテーブルに近付いてくる。クニシロは訴えるような表情でネームレスに言った。
「その一途バカってぇ、絶対お父様じゃないですかぁ〜!」
「ふっ……気のせい、気のせいよクニシロ。」
ネームレスが幸せそうな笑いを浮かべ、クニシロの頬を撫でる。その表情に絆されそうになる自分をなんとか抑え、私は咳払いをし口を開く。
「まあ、貴女の考え方はなんとなくよく分かったわ……それじゃ次に、教えて欲しいことがあるのよ。」
「へぇ。本の内容、とか?」
「いいえ……教えてちょうだい。人型結界刻印装置2型17号、通称"ニーナ"について。貴女の中にいるデステール・グリードの持つ知識も全て……ニーナについての情報を、貴女の口から話して欲しいわ。」
「ル……ルリさぁん。」
クニシロが私を制止しようと歩み寄ろうとする。ネームレスはそれを手で制し、私の目をじっと見つめる。その目に湛えられている赤の色が変わったような気がした瞬間、ネームレスは口を開いた。
「いいわよ。まだランは起きてこないみたいだし。」
ネームレスはそう言うと、皿の肉を一切れ頬張る。私は息を呑みながら椅子に座り、ネームレスの言葉を待った。




