Ep.99 こころ なき②
「人の精神の中で、何見てんのかしら?」
「ノックくらいしろよ」
「……元々私のものよ。」
魔王ネームレスの精神とも言うべき世界、そのひとつの部屋の中。ソファの上で寝転がり寛いでいる黒髪の男がいた。そこへ、精神の主でありかつて魔王を斃した勇者アルエット・フォーゲルが悪態をつきながら男に近づいた。
「何って、懐かしくなってさ。つい。」
「何故見てるのなんて誰も聞いてないんだけど。」
男はアルエットに背を向けたまま、上体を起こす。そのまま過去を映すモニターを見続けていた。
「素直じゃないなぁ。だいたい、僕はもう死んでいるんだよ?たまたま入り込んだだけのこの血液の濃度じゃ、今更アルの身体を奪ったりはできないよ。」
「どうやって信用しろっていうのかしら。それに、貴方がそうやって過去を想起すると、私の脳内にも映像がフラッシュバックするのよ。せっかく楽しく食事をしていたのに……」
「そんなに楽しい会話してたか?お前たち。」
「何を見てたのよ。みんなの反応、可愛くて見てて楽しかったじゃないの。」
「うーん、分からねえな。」
男はそう吐き捨てると、目の前のテーブルに置いてある液体を一気にあおる。アルエットがちらとモニターに目をやると、そこにはデステールと会話するアレフが映っていた。
「その子が、リィワンってこと?」
「ああ……ムカつくね、改めて顔を見ると、さらに。」
「一応子供なんでしょ?酷くない?」
「気に食わんのは改名だよ。わざわざ僕が原初を意味するアレフなんて名前を用意したのに、わざわざ"再び原初へ"とも取れるような音で新しい名前を名乗りやがる。これが当てつけじゃなきゃ一体なんなんだって話だぜ。」
アルエットはその話を聞くなり、あごに手を当てて考える素振りを見せる。男はそれを気配で察知し、言葉を続けた。
「なんだ?なにか引っかかることでもあんのか?」
「いや別に、私が気になるところも同じだったからさ。」
「ほう?」
「与えられた名前との相違から、少なくとも名前を変えるほどの出来事があったはず……お兄ちゃんだって、そうだったでしょ?」
「俺が捨てたのは家名だったけどね……まあ、アレフには家名を与えていなかったといえばそれまでだけど。」
男のその言葉を最後に、アルエットが暫く黙り込む。男は映像を見ながらアルエットに尋ねた。
「本気で、全員疑ってんの?」
「……もちろんよ。」
「ごめん、質問が悪いね……疑いの重さは平等なのかい?」
「違うに決まってるでしょ。」
「だよね。少なくとも実際に王都で交戦したっていうレイズちゃんとルリちゃんは、潔白に一歩近付いたよね。」
「いいえ、逆かもしれないわ。王都での接触があったからこそコンタクトが取れた可能性だってあるもの。」
「そうかなぁ……」
再び、暫く無言の間が続く。やがて映像に変化の兆しを見つけた男が、モニターの電源を切った。アルエットはそれを見て、少し驚いたように言った。
「驚いた。それ、私たちがグレニアドールに来る前日じゃない。」
「そうだよ。この次の日に僕はアルと仲間と話をして、王都に向かう。そして僕が不在となった都市で、ラルカンバラ達が民衆を煽動し……街にいた人型結界刻印装置のほとんどを破壊した。」
「ほとんど……」
「ああ。生き残りは片手で数えられる程度さ。今映ったニコも、ニャームも、ニーナも死んだ。死んだという表現で正しいのかは分からないが……」
男は分かりやすく肩を下ろす。アルエットはその様子を静かに見ながら、ゆっくりとため息をついた。
「気になっているの、名前だけじゃないでしょ。」
「ふーん、なぜ?」
「アレフのこと、見すぎ。改名が引っかかるだけなら、当時の貴方が彼をそんなに見る理由がない。」
「……」
「正解?」
「やれやれ……心だよ。アレフは僕の技術不足で心を持たぬ装置だったんだ。それがどういう訳か、自発的に心を持ち始めた。」
アルエットは神妙な表情で男を見つめる。徐々に男の語り口からおどけたような様子が消えていく。
「人型結界刻印装置のうち、心を持つのは2型の子達だ。だからアイツは彼女たちと関わるうちに進化を遂げたのだろうとそう考えたから、僕はそこへ向かったんだ。」
「……その中で、ニーナって子が最有力だと目星をつけたのね。」
「ああ……確かに、善い子だった。人一倍優しい子だったから、彼女には特に強力な結界を与えていたんだ。」
「それって……」
「"記憶操作"」
男の口から出た効果に、アルエットは思わず息を呑んだ。目を大きく見開いて、やがて合点がいったように大きく息を吐いた。男――デステール・グリードは顔だけをアルエットの方へ向け、肩越しに言った。
「そろそろ、戻らなくていいのかい?ルリちゃんが待ってると思うけど。というか、呼ばれてるよね。」
「まだ1日目なんだけど……まあ、戻るしかないか。」
アルエットはそう言って踵を返し、部屋の扉に手をかける。そして、
「まあ、また来るね。お兄ちゃん。」
そう言うと、扉を開けて出て行った。




