Ep.98 こころ なき①
話は25年前に遡る。
魔族と人間の苛烈な戦争が続く時代。その最前線の都市のひとつ・グレニアドール。そこには領主が複数いた。1人は人間、ノヴァという家名を持つ貴族・エンデルが務め、もうひとつは魔族……実に200年以上の間都市を守り続ける"守賢将"デステール・グリードが務めていた。
その城門の近辺にて、デステールは誰かを探しているように歩いていた。
「うーん……」
城壁に沿って歩みを進めながら辺りをキョロキョロ見回すと、ふと城門に寄りかかりながら座っている人影が目に付いた。
「アレフじゃないか。どうしたんだ?こんなところで。」
「……父様。」
門に寄りかかり座っていた男――原初の人型結界刻印装置アレフはデステールを見つけるなり、慌てて立ち上がる。デステールは口角を上げながらアレフに尋ねた。
「2型17号、見なかったかい?」
「ニー……人型結界刻印装置2型17号ですか。いえ……最後に彼女を見たのは、3日前です。」
「そうか。悪かったね、休憩中に。」
デステールは取り繕ったような笑顔で手を振り、その場を去った。そしてアレフの曖昧な返答を反芻しながら、ため息をついた。
「うーん、これは結構、深刻かもねぇ。」
アレフという人型結界刻印装置は、かつて最も優秀な装置であった。シイナ以上の精密さ、ミシロ以上の決断の早さ、クニシロ以上の家事能力……といったように、後発の人型結界刻印装置の長所を全て兼ね備えたデステール・グリードの最高傑作であった――しかしひとつだけ、デステール・グリードはその魔法技術の不足により、心をアレフに付与することができなかった……はずであった。
(人型結界刻印装置2型17号……ニーナの名前を出しただけであんなに動揺するとは。しかし、よりによってニーナだとは。)
デステールは改めてニーナを探しに城壁沿いを歩き始める。
ニーナという人型結界刻印装置は、最も愚鈍な装置であった。シイナにはいつも叱られ、ミシロの行動力に振り回され、そうしてできたキズをクニシロに治療されながら慰められるという日々を送っている。
「……あぁ、そうか。」
デステールはふと何かを思い立ち、2型の人型結界刻印装置が集まる治療院へと向かった。ニーナがいつも通り、任務中に軽い怪我をして引きずられていったのだろうとそう思い至ったのである。
デステールは城門から東へ5分ほど歩いたところにあるその治療院のドアをノックする。すぐにドアは開き、中からインナーカラーの赤がよく目立つ、艶めいた黒髪ツインテールの少女が姿を現す。
「やあ、ニコ。」
「あ、お父様!」
ニコと呼ばれた少女――人型結界刻印装置2型5号はデステールを見るなり満面の笑みを浮かべ、勢いよく抱きついた。デステールは彼女を受け止めながら、背中をポンポンと軽く叩く。ニコは胸に埋めていた顔をひょいっと上に向け、不思議そうな目でデステールを見つめた。
「ニーナ、いるかい?」
「ニーナですか?今日は、まだ……」
「急患でぇ〜す。」
「ぐおっ」
ニコの返事を聞く途中で、デステールは背後から突然現れた担架に轢かれる。突き飛ばされたデステールは左前方によろよろとよろめき、気の抜けた声で警告を送ったその犯人の方へと振り向く。ジト目とそばかすが特徴的な、桃色の短髪の少女が担架を持って佇んでいた。
「ニャーム、もっとちゃんと警告してくれ……ん?」
「すんません、ダンナ!……ダンナ?」
ニャームと呼ばれた少女――人型結界刻印装置2型86号は、ビシッと敬礼をしながらデステールを見つめる。デステールは担架に乗せられている少女を覗き込むような姿勢で見下ろし、呆れたように言った。
「今日は何をしたんだ?ニーナ。」
「えへへ……城壁で転んだ!いてて……」
明るいオレンジの長い髪が担架の上で波打つように広がっている。ニーナは悪びれる様子もなく笑顔でデステールに答える。デステールはニーナの膝を見ながら、ため息をひとつついた。
「全く。これじゃ、明日の仕事は任せられないじゃないか。仕方ない、シイナを呼ぶか……」
「明日の仕事、ですか〜?」
「ああそうだ、ニャームにも出てもらわないとな。」
「え……」
ニャームは嫌な予感を察知し、露骨なほどに嫌そうな顔を浮かべる。デステールはニヤリと笑みを浮かべて言った。
「なぁに、大した仕事ではないさ。別荘の掃除を任せようと思って。」
「あぁ〜イタタ、おなか、イタタ!」
「どうしたニャーム?腹痛か!困ったな……そうだなぁ、僕が直々に腹を捌いて……」
「げぇ!も、もう大丈夫っす〜いやぁ〜気のせいだったな〜もういけますぅ、大丈夫っす〜」
「……」
ころころと変わるニャームの容態を、デステールは冷たい表情で見下ろす。ニャームはバツが悪そうな表情で噴出する汗を拭い、担架を持ち上げる。デステールはそんな彼女を見下ろしたまま、冷たい声色で告げる。
「ニャーム」
「はいぃ……」
「お前、よりにもよって作った者の前で仮病なんぞするなよ。」
「すみませんでしたぁ……」
ニャームはそのまま担架を持ち上げ、奥の方へと進んでいく。デステールは遠くなる背中を見つめながら、頭をポリポリと搔いた。




