◇08 鉄竜 蒸気機関(スチーム・エンジン)
【ツァジン家領北東部・ズゥアレシュ駅】
まるで俺達の到着を待っていたかのように、地を這う鉄の車両が一斉に白煙を上げて、重低音と高音を奏でる。
再びイルチとレディ=マホとテューレルツ。
そして今度はヴァルクミューレまでが俺に抱き着いてきた。
SL。
思わず口走ってしまった。
夢の中で目にした機械装置と似ていた。
「若旦那の投資で、線路こそは単線のままですが、このズゥアレシュ駅は蒸気機関12編成を一度に運用できる施設になりました」
ツァジン支社長が嬉しそうな声を出す。
「今まで1編成をちまちま往復させていたのに比べれば、雲泥の差です」
「途中に大きな駅と補給所を整備出来ましたし、輸送量は格段に上がります」
そして少しだけいたずらな笑みを浮かべる。
「正確には整備しながら行くのですがね」
要するにまだ作りかけという事か。
「まあ、整備したからには支社も利益を上げなければいけませんから、ツァジン家もこれから儲かりますよ」
「勿論、若旦那も私も」
「ほどほどにしておけよ」
俺は支社長の肩を叩く。
そしてしがみ付くイルチを引きずりながら、その蒸気機関に近づく。
細かい凹凸のある鉄の塊は近づけば少しだけ拍子抜けする。
あの重低音と高音から想像する大きさと目の前の大きさが一致しない。
要するに小さいのだ。
俺の胸の高さもない。馬車の荷台と変わらない高さ。
人が横に寝れば1.5人分の長さの円筒が横倒しにあり、その横倒しの円筒の先には、俺の背丈ほどもある高さの細い円筒が垂直に立っている。
その垂直の円筒から黒煙がたなびき、横倒しの円筒の足元から白い蒸気が時折漏れていた。
注目するべきは。垂直の細い円筒の後尾には御車役の2人の男が座っており、その太い横倒しの円筒を支えるのは、俺の腰の高さほどもある大きな車輪で、円筒を支える他の車輪とは違う役割がある事に気づく。
つまり馬車の前輪が巨大で、後輪は小さいという事だ。
そして男たちが座る席の両側から伸びる腕が前輪の際につながっている。
足元を見れば木の梯子がどこまでも敷かれており、その上に車輪が乗っていた。
この蒸気機関から目を離せば、馬車の荷台のような物が3両連なっていた。
小さくて侮りそうになるが、秘める力強さは溢れている。
この蒸気機関は今まで見てきた世界と異質なものを感じさせた。
見ればヌワが羽毛を逆立たせて肩を怒らせていた。
威嚇しているのだろう。
「これに乗るのか」
見るとリンヴェッカー達やヴァルクミューレ達がはしゃいでいる。
「鉄道で旅なんて夢みたい」
「みんなに自慢できますね」
遠くの車両に目を向ければ、中隊の兵もいい土産話になると騒いでいる。
俺を始め、コルネスティ、【うたうもの】達は圧倒されていた。
普通に考えれば鉄は重い。
鎧を身に付け、鉄の剣を持てば早く動く事は出来ない。
ましてや鉄の盾を持てば、遠くまで走る事が出来ない。
こんな物が無数の人を乗せて走る事が出来るのか。
それが当然の疑問だった。
「蒸気機関に炭水車、それに貨車が3両」
「それぞれ1編成に70人を乗せる事が出来ます」
支社長が自慢げに胸を張る。
これだけ巨大な鉄の塊を用意する。
それだけで自慢になるのはわかる気がする。
「これで軽便鉄道で単線ですからね」
「もっともっと大きくしたいと欲が出てしまいますよ」
「これはまるで魔法じゃないか」
コルネスティが蒸気機関を触りながら興奮している。
「さぁ、乗って下さい若旦那」
先を示すと、蒸気機関からつながれた荷台の最後尾だった。
「どうしてご主人様は先頭ではないのですか」
「失礼には当たらないのでしょうか」
興奮しているコルネスティが、ぐいぐいとツァジン支社長を質問攻めにする。
ある意味ありがたい。
「ははは。それは最後尾が一番環境のいい場所だからですよ」
「石炭を焼いて水を沸かします」
「するとどうしても煙突から黒煙が沸く、更に蒸気機関は前方に進んでいます」
「先頭の貨車に乗れば黒煙に巻かれます」
「そして最後尾になれば煙は?」
「空に散って巻かれる事はない」
「その通りです」
「そして12編成も走らせるとなれば、最初の編成の最後尾が一番良い席となる訳です」
「なんと……。今までの価値観と間逆だ」
コルネスティの反応を見てツァジン支社長が笑う。
確かに世界を変える物だとわかる。
「更に最後尾であれば、衝突事故を起こした時も損害が少ないですし、蒸気機関が爆発した時も、被害を免れやすい」
「爆発するのですか?」
コルネスティの問いにイルチが更にしがみ付いてくる。
「それは勿論。これは低圧蒸気ですがそれでも圧力は高いですからね」
「70人の人間を運ぶのに、馬車だと何頭の馬が必要だと思いますか?」
「単純には比較できませんが、若い馬で12頭立てですよ。現実にはありえませんがね」
「それも道が整備されていなければ、直ぐに替えが必要です」
「それに、秣や水、放牧場を考えると途方もない準備が必要です」
「しかし、この蒸気機関を用意するのにも同じような準備が必要だろ?」
俺は歩きながら口を挟む。
「確かに若旦那の仰る通りです。蒸気機関は作るまでに金がかかります」
「でも作ってしまえば、大切に使えば馬ほど煩わされません」
「全て人間で完結する。これは大きいですよ」
「後は工夫を重ねていけばいいだけだからですね」
「蒸気機関は未来の乗り物ですよ」
コルネスティがしきりに頷く。
意外とこういうものが好きだったんだな、と記憶する。
「さ、若旦那。貨車に乗って下さい」
「軽便ですから、貨物と客車の区別はありませんが、先々行けば快適になります」
「今は少し我慢してください」
「いいよ。ありがとう」
俺はツァジン支社長に声をかけると足掛けに足をかけて、貨車に乗る。
3両目の貨車は俺とレディ=マホ、従僕、カーナックが乗り込んだ。
2両目に護衛騎士が乗り込み、1両目には貨物が乗せられた。
70人が乗れるというが、俺の編成は空間に随分余裕があった。
荷台の両脇に木の椅子が渡され、従僕は俺の対面に、俺にしがみついて離れないイルチは元より、レディ=マホも俺の隣に座る。
そして少し離れてカーナックが座った。
何が起きるのかと待っていると、俺の蒸気機関が甲高い音を響かせる。
そして先頭から金属音をさせて順に3両目まで届いた。鎖が軋む音がする。
音を聞くと進行方向と反対に体が倒れる。
細かい蒸気の音をさせて、貨車がゆっくりと動き始める。
木の梯子を倒したような道がきしみ音をあげる。
イルチとレディ=マホがきつく俺に抱き着いて来る。
そして対面に座る料理人兼パン職人のブルンス・ペルレスハイマーが俺の胸に飛び込んでくる。
なんだか、予定調和の気配がしてきたが、特に咎める事はしなかった。
ブルンスは楽しそうに俺のシャツに頬ずりしている。
無口な職人タイプじゃなかったか?
それだけ楽しいのかもしれない。
貨車がゆっくりと前に進み始める。
煙は四散してここまで届く事はないが、それでも空気に滓の様なものが混じる。
後ろを見ると、ある程度の距離を置いて、次の編成が甲高い音をさせて動き始めた。
流れゆく景色を見る。
しばらくして思いつく。
それにしても遅いな。
馬の歩みの半分くらいしか速さが出ていない。
次第に怖がっていたイルチも俺を離れ、従僕達も俺の様子を見ながらおしゃべりを始める。
これは歩いているのと変わらない速さだった。
蒸気機関にどのような利点があるのか?
そんな疑問を持ち始める時に、2両目の護衛騎士が騒ぎだした。
俺もその護衛騎士が指さす方向を見ると、変わらぬ砂礫砂漠の中に人間が立っている。
「誰だ?」
皆が身を乗り出して手を振っている。
【マム】だ!
【ダークエルフ】の母だ。
包囲されたリンヴェッカーを魔法で救ったバリミーナ・パーク・ダンキブン。
そうしてこんなところに。
「【マム】! ありがとうございます!」
「俺と一緒に!!」
俺も身を乗り出して手を振る。
俺は手を差し出すが、【マム】がそれに応える事はなかった。
「大丈夫だ息子よ。ノイシェーハウで会おう」
「はい! 【マム】。それまでご無事で」
黒装束を来た【マム】は俺に手を振った。
俺もリンヴェッカーとコルネスティを救ってくれた感謝を込めて、手を大きく振る。
いくらゆっくりに進む蒸気機関でも、次第に【マム】が小さくなっていく。
【マム】が地平線の彼方に消える頃、従僕達は腰をもぞもぞし始めた。
木の床に尻が痛くなってきているのだ。
それは俺も同じだった。
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次回 鉄竜 新商品
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