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異世界に来たけど義母が5人もいた上に結構ハードモードだった。  作者: 雨露口 小梅
第三章 会社(アクティム・アンド・ヘールデ・トレーディング・カンパニー)
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◇09 鉄竜 新商品(ニュウ・アイテム)


 【ツァジン家領北東部】



 蒸気機関トレビシクが動く速度は、人間の速歩と対して変わらなくなり、中隊の兵や【うたうもの(シンガー)】の中には蒸気機関トレビシクから降りる者もあらわれた。


 少し駆けて蒸気機関トレビシクを追い抜き、俺の貨車まで来て挨拶するものもいる。

 そしてまた貨車に戻るのだ。

 これはいい暇つぶしになるらしく、編成間や貨車間の人の行き来がある。

 どこまでも見渡す事が出来る為、女性陣は苦労しそうだが、中には砂礫砂漠の中で踏ん張ってから戻る者もいる。


 馬車に比べればのどかな旅に、俺だけならずみんなにも心に余裕が出てきたのだろう。

 俺は秋の風に吹かれながら、どこまでも変わらない砂礫砂漠の風景をただ見ている。


 西には南北に連なる山脈があり、距離があるのにも関わらず人を寄せ付けない存在感がある。

 雪を頂くその頂上は雲に隠れて見え隠れしている。

 まさに大地の背骨だった。


 あの向こうに共和国がある。

 これだけ隔絶されているのならば、手を出さなければいいのに、何故争いをしたがるのか。

 ……違う。

 隔絶されているように見えても、人は繋がっているのだろう。

 だから摩擦が起きる。


 時折涙が不意に零れる事がある。

 こうしていると、どうしても赤子の事が頭をよぎってしまう。

 もう少し俺がどうにか出来たのなら、この蒸気機関トレビシクで赤子もゆっくり休めただろう。


 「ご主人様マイマスター


 レディ=マホがハンカチで俺の目じりを拭う。


 「ありがとう。レディ=マホ」


 そして俺はまた景色に目を戻す。

 そんな時間が長く続いた。

 それからウトウトと俺は薄く寝た。


 蒸気機関トレビシクの揺れで覚醒すると、俺はレディ=マホの肩に頭を乗せて寝ていて、イルチは大胆にも俺の太ももを枕にして寝ていた。


 「すまない」


 レディ=マホは微笑むと指を口に当てる。


 車内に目を戻すと、従僕メイドも工夫したもので、家令室給仕ハウスキーパー・ルーム・メイドのルイチャー・ケーラーが洗濯従僕ランドリー・メイドのマイェナー・クルフタ―と縫物をしている。

 きっと2両目の護衛騎士ガーズを使って、1両目の荷物を取り寄せたのだろう。


 マイェナーに教わりながらルイチャーが縫物をしているとまるで姉妹のようだった。

 俺が起きた事に気が付くと、ルイチャーが傍らにある敷物を俺に持ってくる。


 「アクティム様。これをお使いください」

 「幾らかはお体が痛くなくなるかと思います」


 「ルイチャーが考えたのか?」


 俺はその敷物を受け取る。

 元は何を使ったのだろうか。


 「はい」


 「ありがとう」

 「では、まず縫物をしているルイチャーとマイェナーが使うように」

 「そしてこの貨車全員分を作ってくれ、もし余るようだったらスラティナの子供達にも頼む。それから俺だ」


 「ですが、アクティム様」

 「アクティム様を差し置いて、私たちが使う訳には参りません」


 俺はルイチャーの両手を包んだ。


 「俺がそうして欲しいとお願いしているんだ」

 「ヴァルクミューレもわかってくれるよ」


 ヴァルクミューレへ顔を向けると、ヴァルクミューレも頷いた。

 ルイチャーはほっとした様な表情を浮かべ、マイェナーに手渡すと、マイェナーはルイチャーが座る場所に敷いた。

 そして逡巡するルイチャーに笑顔を向けると、ルイチャーが座る。

 俺も思わず微笑んだ。


 俺はメルジヴァク・ツァジンの使用人メイドのカーナック・ネブルジェシを手招きした。


 「ヴァシュリンガー様」


 俺が座ったままだから、カーナックも膝をついて俺の対面に座った。


 「馬油を持っているか?」

 「今、その使い方を教えてほしい」


 カーナックはエプロンのポケットから小瓶を出すと俺に手渡した。

 そして皿洗い従僕(スカラリー・メイド)のフロリアン・ウムガッセを呼ぶ。

 カーナックとフロリアンが俺の向かいに座り込む。


 「フロリアン。ちょっと俺の遊びに付き合ってくれ」


 戸惑うフロリアンは俺の願いを避けられず頷く。


 「カーナック。これは指に付けて塗りこめばいいものだろうか」


 「はいヴァシュリンガー様、量はありますのでしっかりと塗りこみます」

 「勿体ないと量を少なくすると、余り意味はありません」


 フロリアンは俺の手の中にある小瓶を再び取り返すと、馬油を救って自分の手に付ける。

 油で光っている手を何度も揉み込むと次第に、油の光もなくなって来る。


 「なるほど」

 「フロリアン、手を出してくれ」


 「アクティム様。それでしたら自分が……」


 「いいから」


 イルチが太ももにいる為に、遠くまで手を伸ばせない。

 素早くフロリアンの手を取った。

 そして片手で馬油を掬う。


 白く濁ったその油はどちらかというと固形物に近いが、体温で直ぐに柔らかくなる。

 俺はその油をフロリアンの手の甲に乗せると、そのまま指で伸ばし始めた。


 「あ、あのアクティム様。あ、あの……」


 戸惑うフロリアンを無視して、塗りこんでいく手指の観察をする。

 ひび割れてささくれ立っていた手の皮が次第に湿気を帯びていく。

 指の股や、指先、爪も塗っていく。

 馬油は俺とフロリアンの体温によって溶けて、次第に伸びが良くなっていく。


 手の皮がささくれ立つと、どうしても白く見えてしまうが、次第に健康的な肌色を取り戻してくる。

 心なしか、指の腹にも弾力が出てきたような気がする。


 「これは凄いな」


 フロリアンのまだ塗っていない手と見比べて、段違いの張りとつやだった。

 そのまま、もう片方の手にも塗りこんでいく。


 「これは全身にも使えるんじゃないか?」


 フロリアンの手を揉み込みながら、カーナックに聞く。


 「はい。全身に使えます」

 「髪に使う時は、少し温めて液体に近いようにしてから、髪に流して櫛で梳きます」

 「一度の塗りこみでは、直ぐに吸収してしまうので、毎日毎日何かしらの折に手や足の裏にも使うといいと思います」


 「フロリアン……」


 「アクティム様。あ、あの足はどうかご容赦下さい」

 「手に塗って下さっただけで結構です」


 珍しくフロリアンが強く拒絶した。

 両手を胸に抱くと、足を隠す為に座りなおす。


 「そうか。それは済まなかった」

 「しかしノイシェーハウにはこういうものは無いのだろうか」


 「ノイシェーハウは植物油を使います」


 洗濯従僕ランドリー・メイドのマイェナー・クルフタ―が会話に加わってくる。

 見ると従僕メイド達も集まって来ていた。


 「でもどちらかというと、植物油は手入れをするというより、汚れを落とす役割の方が強いですね」

 「石鹸で洗いますが、植物油で手入れをすると更に毛穴の奥の汚れも取れます」


 「それは羨ましいですね」

 「ツァジン家では植物油は採れないので、お食事で使う事が出来れば幸いの高価なものです」


 カーナックがマイェナーの発言に返してくる。

 どうやら俺を飛ばして女性同士の話になってきた様だ。

 しかしここに新しい可能性を感じる。

 俺はマイェナーに会話を促すと、マイェナーの手に馬油を塗り始めた。

 これだけの変化があるとちょっと楽しい。


 一通り従僕メイド使用人メイドの話を聞きながら、手に馬脂を塗ってやると、人それぞれに特徴がある事がわかった。

 これだけ優雅な振る舞いをしていても、従僕メイドという仕事は厳しいものなのだろう。


 やはり皿洗い従僕(スカラリー・メイド)フロリアンと洗濯従僕ランドリー・メイドのマイェナーの手が一番荒れていた。

 石鹸を使うから、手が一番カサつくそうだ。


 そして、会話に加わらない従僕メイドがいる事に気が付いた。

 応接従僕パーラー・メイドのテューレルツ・マネだった。


 「テューレルツ。お前にも塗ろうか」


 俺が声をかけると、あからさまに困った顔をしていた。


 「どうした?」


 「申し訳ありませんアクティム様。どうにもその家畜の臭いが苦手で」


 尻尾を貨車の床を叩きながら手を鼻に持っていく。

 【ブバスティス】には匂いがするらしい。

 という事は【うたうもの(シンガー)】も匂いがするのか?

 隣に座るレディ=マホを見ると、やはり顔には出さないが、何かを我慢していた。


 俺は馬油の匂いを嗅いでも無臭に感じた。


 「蒸留してから固めているので、匂いはしないと思うのですが……」


 カーナックも困惑している。


 「テューレルツはどんな手入れをしているんだ?」


 「【ブバスティス】といいますか、私は花の油を使います」

 「それの方が匂いが良いですから」


 テューレルツが小瓶を出す。

 女性はこの類の物は必需品なのか。

 俺はそれを受け取って、匂いを嗅ぐと確かに花の香りがした。

 俺はおもむろに、馬油の瓶の中に少し花の油を垂らす。


 「あ、すまん、テューレルツ。勝手に使ってしまった」


 テューレルツが目を輝かせている。

 見ると従僕メイド使用人メイドも目を丸くしている。


 「アクティム様。それとてもいいです」


 テューレルツの顔が綻ぶ。

 そして他の女性陣も喜んだ。


 「無臭の油より、華やかな花の香りがした方が嬉しいですね」

 「花の香りがする植物油で体を清めて、花の香りがする馬油で体の手入れをする」


 ヴァルクミューレがまとめてくれる。

 なんだか顔つきが物凄く真剣だ。


 「そういうのが欲しいのか?」


 従僕メイド使用人メイドは一斉に頷いた。

 これは売れる。


 それから俺はテューレルツの油を貰って、隣に座るレディ=マホの手入れを行った。

 【うたうもの(シンガー)】も【ブバスティス】も肌が露出していないから、中面の羽毛と毛に撫でるように付けていく。表面に馬油はいらないそうだ。

 そして人間の櫛より細かく、短い櫛で梳いていく。


 肌が露出している部分は、馬油の方がいい感じだった。

 ただ、俺はその個所を直接見る事は出来ない。

 服の下にあった。

 唯一見る事が出来たのは目の周辺の皮膚だった。


 「馬油では、直ぐに他の領家や商人も真似してくるな」

 「どうしようか……」


 商品の製造方法などは秘密にしなければならない。


 「まあ、美の滴ドロップ・オブ・ビューティが一番抽象的で、秘匿しやすいだろうな」


 ツァジンと会社カンパニーの共同商品の名前が決まった。





 【ツァジン家領中東部・サシーナ駅】



 蒸気機関トレビシクの効果はすぐに出た。

 馬車と違い、ひと時も休まず走り抜ける。

 欠点と言えば、貨物を運ぶ無蓋貨車なので、長時間風に当たると体が冷える事だった。


 途中の昼食は、先行していた馬車群が近くの集落から労働者を雇って、温かいスープを用意していた。


 蒸気機関トレビシクは止まらずに、スープとパンと食器を受け取る。

 食べ終えた食器はそのまま砂礫砂漠に落とす。

 後で保守の傍ら回収するそうだ。


 俺は車上で書いた手紙を、昼食を用意した会社カンパニーの人間に手渡し、ツァジン支社長とメルジヴァク・ツァジン様に渡すようお願いした。

 内容は馬油の買い付けだ。


 商売の内容をプシャノボに告げる。

 当初の予定通り3倍で原料を買い付けてノイシェーハウに送る。

 そして花の香りを付けて、ノシイェーハウや他領の人間に売る。

 勿論、ツァジン領の女たちにも植物油を「汚れ落とし」として売る。

 これでツァジン家だけが儲かる事はない。

 輸送は会社カンパニーが独占する。これで俺達は儲かる。


 顔に傷のあるプシャノボが凄みのある笑顔を向ける。

 流石ですな、若旦那。と。


 そして日が暮れる頃に、次の駅のサシーナ駅に着いた。

 もうツァジン領の中部まで来ている。

 速度は遅くとも、休まない事の威力を思い知る。


 直ぐに兵が天幕を張り始める。

 今日は天幕は【うたうもの(シンガー)】に明け渡し、開いたスペースを交代で兵が眠る事になっていた。

 ホリオンに詫びると、昼間兵はやる事が無いからちょうど良いとの事だった。


 俺は駅長に案内されて、会社カンパニー用の宿場ホテルで泊まる。

 レディ=マホとカーナック、従僕メイドと俺でキツキツだった。

 護衛騎士ガーズ玄関広間エントランス・ホールで眠る予定だった。




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 次回 鉄竜 戦訓


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