◇05 ツァジン家 騎士館(ナイツ・ホール)
【ツァジン家領北東部・ズゥアレシュ砦・騎士館】
ヴァルクミューレが暗がりの中、俺の半歩後ろから歩く先を案内してくれる。
そして騎士館についた。
「前室の中で一番良い騎士館を充てて頂きました」
「ありがたい事だな」
玄関の両脇に立てられたかがり火に照らされている騎士館を見る。
石積みの防壁を利用した3階建ての堅牢な建物で、中で人が活動しているのだろうが、小さな窓から明かりは漏れていない。
1階の広間からは、明かりが漏れている。
ヴァルクミューレが扉を開けると、玄関広間に護衛騎士、従僕が立っていた。
コルネスティとモニオムもいる。
「「お帰りなさいませ」」
従僕は頭を下げ、護衛騎士は胸に手を当てて敬礼する。
ヌワですら敬礼していた。
この1週間の長さを実感する。
「みんな、再会できてうれしく思う」
「お疲れ様でした」
一人一人に握手を求めながら1週間ぶりの顔を見る。
黙祷と同じように握手の習慣もないのだろうか。
気にしない者、にやつく者、戸惑う者、恥じらう者、感慨深く懐かしかった。
レディ=マホの顔が見当たらないが、どこかにいるのだろう。
そして新しく加わった荷物運びと握手する。
「共に来てくれて感謝する」
「ゴスラー・ヤコービです。感謝していますアクティム様」
俺は次の人間に手を差し出して止まる。
イルチが従僕の中にいる。
しかも仕事服を着ている。
「イルチ、どうして従僕の中にいるんだ?」
「宿場で着替えた白いワンピースをやめたのか?」
「ご主人様」
「さっきから着ていたのに気づいて無かったんですか?」
イルチが上目遣いで睨んでくる。
しまった。
気づいていなかった。
「すまない……ぐっ!」
イルチに脛を蹴られる。
一瞬腰が引けるが、それでも屈む事はしなかった。
「部屋付きをさせます」
「アクティム様がこの態度がお気に召さないようでしたら、家令室給仕から教育をいたしますが、如何いたしましょう」
ヴァルクミューレが進み出て、俺に助言してくれる。
イルチは慌てて俺の影に隠れた。
面白いものを見た。イルチはヴァルクミューレが苦手か。
「いや、構わない」
「イルチは【うたうもの】を代表してここにいる」
「手持無沙汰にならない程度の仕事量で構わない」
「かしこまりました」
一礼するヴァルクミューレが列に戻る。
俺はイルチの頭を撫でてやると、その手を振り払って、従僕の列に戻った。
「ルイチャー」
ヴァルクミューレが隣に立つ幼い子供に促すと、エプロンを掴んで俺に一礼して直ぐに奥へ向かった。
「アクティム様、レディ=マホをお連れします」
「ん? ああ。ありがとう」
そして従僕の列が割れて、レディ=マホが俺の前に姿を現した。
「ほぉ……」
俺は思わず感嘆の声を上げてしまう。
他の男連中も思わず見惚れていた。
宿場で用意された飾りのないドレスではなく、黒のドレスで右肩は露出して左肩から波打つ布の帯が腰まで垂れている。
その肩帯は腰で結ばれ、そのまま腰帯となって、腰に膨らみを見せていた。
俯き気味のレディ=マホが、また儚さを出していて良く似合っていた。
「こんなドレスをどこで?」
ヴァルクミューレに聞くと、私物だという返事が返ってきた。
おおかた、王都で買ったものだろう。
「まさか愛人が出来たとは思っていませんでしたので、申し訳ございませんが私物で飾らさせて頂きました」
「いや、ありがとう。レディ=マホ、良く似合っている」
「ヴァルクミューレもよくやってくれた」
「弁済はしよう」
「女同士、貸しているだけですので、お気になさらないでください」
ヴァルクミューレの少し棘のある答えが返って来る。
女同士……か。
という事は、ある程度馴染んでいるという事だろうか。
「アクティム様の最初のお相手」
「私たちから選べない筈ですよね」
【ブバスティス】のテューレルツが会話に入り込んでくる。
ぐ……。まだ童貞の話が引きずられている。
尻尾が左右に垂れて揺れているのはどんな感情を表しているのだろうか。
少なくとも楽しそうではないのは確かだ。
「いや、うーん。そうだな……」
ヴァルクミューレの顔を見ると眉に皺が寄っている。
ひょっとして怒っているのか?
従僕とレディ=マホ達の融和は、1週間程度ではだめだという事だろうか。
俺はヴァルクミューレの腕を引いて、従僕の列から抜き出す。
そして耳元で俺の口をみんなから手の平で隠して、これまでを説明した。
「俺はレディ=マホを愛人にするつもりはない」
「見知っているとは思うが、モニオム・ビストラがレディ=マホに懸想している」
そうだ。これからモニオムにスラティナとの話をしなければならない。
「彼女は俺の領民となった【うたうもの】からの生贄として俺の傍にいる」
「言いづらいが聞いてくれ、彼女は元人間の性奴隷だ」
「それ以外に生きる術を知らない」
「自由人だと言っても、それ自体を知らないんだ」
どういう訳か、ヴァルクミューレの呼吸が荒くなってきている。
「【うたうもの】の不安は払しょくされていない為、俺の傍にいさせている」
「出来れば世間に出ても生きていけるように、社交界に出ても恥ずかしくないように教育してあげて欲しい」
みんなが注目している中での秘密の話を一気に話終えた。
時間は余りかけられなかった。
「あ、あの……」
ヴァルクミューレの肩が激しく上下している。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
俺はヴァルクミューレを振り向かせて、顔を覗き込んだ。
「アクティム様……近い……です」
顔を真っ赤にしたヴァルクミューレが抗議した。
「す、済まなかった」
俺は慌ててヴァルクミューレを離すと、彼女も足早に従僕の列に戻って、いつもの事務的な声に戻った。
「そういう事であれば、しっかりとマホ様にもお仕えさせて頂きます」
「イルチをマホ様のお付きも兼ねさせます」
「宜しく頼む。頼りにしている」
「あ、いえ……はい」
ヴァルクミューレの事務的な声が崩れる。
そしてまた直ぐに持ち直した。
「アクティム様。1つご相談がございます」
「言ってくれ」
「イルチを働かせるとなると、お給金を出さなければなりませんが、この子はお給金以上に食されるのですが如何いたしましょうか」
護衛騎士から含み笑いが漏れる。
そして当のイルチは頬を膨らませていた。
どうして俺を睨むんだ?
「彼女の食費は全て俺が出すよ」
「かしこまりました」
護衛騎士から好意的な笑いが起きて、場の空気はなごんだ。
しかしこれからはまた雰囲気が変わる。
コルネスティとモニオムへの挨拶だ。
「コルネスティ、モニオム。お前達を騙して済まなかった」
「この通り謝罪する」
2人の前で頭を下げる。
「頭を上げてくださいアクティム様」
モニオムが跪く。
そして遅れてコルネスティも同じ姿勢を取った。
「立ってくれ。やりづらい」
「はい。ご主人様」
コルネスティは立つがモニオムは同じ姿勢だった。
「お詫びするのは私です」
「私の命を救い、家族の命を救い、そして気遣って下さいました」
「感謝の言葉もございません」
無表情な事が多い、モニオムの声が震えていた。
俺はモニオムと同じようにしゃがみ込んで肩に手を乗せる。
「戦場の苦労を共にして、俺に巻き込まれた結果、故郷を捨てざるを得なかった」
「今回の事で、二人への補償が済んだとは思っていない」
「人間として俺に出来る事は、出来るだけしたい」
モニオムの頭が更に下がる。
「こんな、こんな領主様がおられますでしょうか」
「アクティム様にお仕え出来て幸せです」
あのモニオムがここまで心情を吐露する。
一体どのような人生を歩んできたのだろうか。
辛いものを想像させた。
「なら、これからも【うたうもの】達を頼む」
「俺には出来なく、モニオムにしか出来ない」
「だからこれからも頼む」
「……はい。ご主人様」
「それと、スラティナの事で俺が必要になったら、いつでも呼んでくれ」
「これは願いではなく命令だ」
「憎悪で立ち直る事が出来るのならそれでもいい。ゆっくり休むのならその間の生活の保証もする」
モニオムが黙って聞いている。
「彼女は弱い立場にいる者にも、手を差し伸べる優しい子だ」
「俺みたいに口だけではなく、行動力もある」
「行動する事で立ち直れるのなら後援もする」
「ありがとうございます。ご主人様」
モニオムの声が掠れている。
「スラティナの傍にいつもいてやれる事は出来ない」
「だからスラティナの事も頼む」
「かしこまりました。……ご主人様」
モニオムが鼻を啜った。
「コルネスティもこれからも護衛騎士として宜しく頼む」
「謹んでお仕えいたします。ご主人様」
シュールがコルネスティの肩に手をかけて顔を出す。
「ご主人様。コルネスティは家族からマリーエンロッゲンに捨てられた事を詰られているんですよ」
やけに嬉しそうな顔だった。
「自分で家族を御しろよ」
「トラブルはごめんだぞ」
俺も笑顔を向ける。
「悩ましいです」
みんなで笑った。
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次回 ツァジン家 経済会談
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