◇04 ツァジン家 砦(フォート)
【ツァジン家領北東部・ズゥアレシュ砦】
砦についた。
いや正確にはこれから着く。
正門へと続く道は、馬車が一台ようやく通れるほどの道幅で、両側は切通しになっていてまるで壁の様だった。
これは攻める側には不利だ。
どんな大軍でも一列になってしまう。
そしておそらくこの切通しの上から矢を射かけてくるだろう。
そして開かれている門を抜ける。
高い防壁を抜けたそこには更に高い防壁がそびえていたが、広い中庭に天幕が隙間なく立っていた。
天幕が並ぶ区域を抜けて、砂が敷かれた馬場で馬車群が止まった。
砦の壁は高いが、中庭の内側に聳える防壁は更に高い。
そこにメルジヴァク・ツァジンが逗留しているのだろう。
王都で言えば王城に値する。
俺達は城壁内の貴族街で宿営する事になる。
ここが下中庭と言われる場所である事は後で知った。
馬車を降りて振り返ると、ホリオン中隊の兵や【うたうもの】達は自然に天幕と防壁沿いに建てられた建物に吸い込まれていく。
俺はホリオンやリンヴェッカーに解散を告げて、ヴァルクミューレの案内でメルジヴァク・ツァジンから宛がわれた騎士館へと向かう途中、ホーエンヴァルト少尉とゾッキング曹長へ挨拶をしていなかったのを思い出して、探した。
俺が兵に問えばすぐに動きが出る。
ホリオン中隊は良く訓練された中隊だった。
もう休みたいであろう兵は覇気を巡らせて、俺を案内してくれる。
俺の動きは休もうとする兵の邪魔をし、直ぐに直立の兵が壁を作る。
そして案内する先にはホーエンヴァルト少尉とゾッキング曹長が直立していた。
「ホーエンヴァルト少尉、ゾッキング曹長」
2人がかがり火の中で俺に敬礼をする。
後ろには分隊の兵が並んでいた。
俺は答礼を返す。
「1週間の脱出行に良く付き合ってくれた」
「命令とは言え、君たちの尽力には深く感謝する」
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます。ヴァシュリンガー様」
「は……」
2人の反応は対照的だった。
若いホーエンヴァルト少尉は素直に感謝を返し、年配のゾッキング曹長は戸惑った。
その姿に今は亡きシュラーが重なる。
「ヴァシュリンガー様。残念でした」
ホーエンヴァルト少尉が臆面もなく赤子の事に切り込んでくる。
そして俺はそれを打ち切った。
ゾッキング曹長に目配せする。
若者を教育するのは年長者の役目だ。
「今日はゆっくり休んでくれ」
俺は敬礼すると、彼らの敬礼を待たずに背を向けた。
ヴァルクミューレが頭を下げてから俺の後についてくるのがわかった。
「ヴァルクミューレ。付き合ってくれてありがとう」
「騎士館に案内してくれるか?」
ヴァルクミューレに向き合ってお願いする。
ヴァルクミューレは闇の中だからか、眉を顰めているが口は微笑んでいた。
「若旦那ぁ! やっとお帰りですかい?」
俺はどこかで聞いた事がある声に、呼びかけられて当たりを見回す。
俺はまだ天幕が立ち並ぶ中にいる為、中隊の兵が俺を囲んで直立している。
そんな緊張している兵を掻き分けて出てきたのは、会社の掌砲長だった。
「掌砲長! どうしてここに?」
甲冑を着こんだ中隊の兵の中にあって、薄汚れたシャツを肌蹴させ、無精ひげと縮れた長い髪を無造作に垂らす、老年の域に入った中年が割り込んでくる。
陸兵とすれば膨れた腹は無能の証だが、海にあっては砲を熟知した有能な男だった。
そして両手はなく、金属製の器具を付けて酒が入ったカップを持っている。
「ノイシェーハウの冒険者とはお前達の事だったのか!?」
俺は思わず掌砲長の笑顔に釣られて顔が綻ぶ。
あの谷の戦いで助けられて、王都への入場前に分かれた。
王都支社でも挨拶をする事が出来なかった。
「ボスから若旦那が陸地を航海させてくれるっていうんで付いて来ましたんでさぁ」
「同じ会社って言ったって、ボスの海と若旦那の陸じゃあ、全然違いますからなぁ」
【母さん】の粋な計らいに嬉しくなる。
護衛としても十分信頼に値するし、あの苦労へ報いる手段も手配してくれている。
とても俺の及ぶところではなかった。
「若旦那ぁ」
掌砲長が俺に肩を寄せてくる。
酒臭い。
そして、金属の手に引っかけたカップを俺に押し付けてくる。
「まぁ。男は色々とありまさぁねぇ」
「これでも呑んで忘れちまってくだせぇ」
カップを持つ手を見る。
それを見た掌砲長が金属の手とも言えぬ器具も見せる。
俺が切り落とすのに手助けした両手の名残だ。
「そうだな」
「感謝する」
「ですねぁ」
俺はカップを受け取って酒を一気に飲みほした。
掌砲長が俺の背中を強く叩いてくれた。
この慰めは嬉しかった。
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次回 ツァジン家 騎士館
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