◇03 ツァジン家 報告(リポート)
【ツァジン家領北東部・ズゥアレシュ】
星明りの下、まだ名前を聞いていない荷物運び(ポーター)が御者を務め、俺とリンヴェッカー、ホリオンが荷台に乗り込んでいた。
ヴァルクミューレが俺の隣に座る。
「時系列に合わせて報告をしてくれ」
ホリオンとリンヴェッカーが顔を見合わせて頷く。
報告によるとこうだった。
シュールに率いられた【シンガー】とホリオン中隊は2日前にこのズゥアレシュの街に到着していた。
ツァジン領沿いにツァジン軍が小部隊で展開させていて、直ぐに保護されながらズゥアレシュに到着していたそうだ。
その日の内に当主代理メルジヴァク・ツァジンと会社のツァジン支社の支社長、ケルケン・ラップの出迎えを受けて世話をして貰う事になった。
その報告を聞くと、既にノイシェーハウ家の手配と会社の手配は済んでいたようだった。
【お母様】のアイヒェン・ノイシェーハウと【母さん】のヘールデ・レメレの動きの良さと権力を見せつけられる。
一緒に王都を脱出しようなどと、俺如きが良く言えたものだと、内心苦笑する。
【うたうもの】と俺の中隊は、俺とリンヴェッカーを待つ間、ズゥアレシュ砦の中庭を宛がわれて、体を休めた。
脱出行の間、体調不良者は何人か出たものの、それ以上の悪化はなく、全員無事である事に俺は安堵した。
そして今朝、リンヴェッカーがコルネスティの家族を連れて、到着した。
やはりホリオンと同じく、領域の境でツァジン軍の保護を受けて、ズゥアレシュ砦でホリオンとシュールに合流した。
その後、リンヴェッカーとホリオンは、メルジヴァク・ツァジン様の許しを受けて、中隊から偵察隊を編成して、ツァジン軍と重層的に俺を探していたそうだ。
俺はその網にかかり、今ここにいる。
今回の脱出行の犠牲は、俺の分隊だけで老婆とあの赤子だけだった。
胸が痛み手が震えだす。
ヴァルクミューレがそっと俺の左手を両手で包み込んだ。
その手は秋にも関わらず温かかった。
「リンヴェッカー。俺は途中でマリーエンロッゲン領の封鎖の情報を手に入れた」
「事実、越境の際には治安部隊と遭遇した」
「お前は大丈夫だったのか?」
俺の問いにリンヴェッカーが、頭を下げる。
ホリオンもヴァルクミューレもリンヴェッカーに注目する。
「私がコルネスティの故郷で保護したのは、母親と弟夫婦、それに加えて弟嫁の両親とその弟の6人です」
「何故、領域が封鎖されたのか」
「それは全て私が原因です」
俺は黙ってリンヴェッカーの報告を聞いた。
手の震えが収まらず、ヴァルクミューレが少しチカラを込める。
「私がコルネスティの故郷について、母親と共に暮らしていた弟夫婦を保護した後、弟嫁の立っての願いで、弟嫁の両親とその家族を保護する事になりました」
リンヴェッカーが御者台から見える夜空へ視線を移す。
俺もつられて満天の星を見上げる。
「既にその街での滞在は長い時間に渡っていたので、危険がありました」
「しかしながら、弟の嫁が頑として譲らず、騒ぎが起きそうな気配がしてきましたので、その弟嫁の家に出向きました」
再び俺に向き直るリンヴェッカー。
何かいい答えは無かったのか? そんな事を探るような顔だった。
「コルネスティの家族と共に脱出の説得をいたしましたが、ノイシェーハウ訛りに不信を持って、家族の一人が裏口から脱出」
「治安部隊へ通報されました」
顔を下げるリンヴェッカーの顔に悔悟の表情が浮かぶ。
「今思えば、切り捨てる決断をするべきだったのかもしれません」
「ご主人様の真似をしたところに、私の限界がありました」
座りなおすリンヴェッカー。
「通報を受けて集結しつつあったのは、2個分隊」
「更に増える見込みがあって、1個小隊になる勢いでした」
「戦場の勢いで、その治安部隊の正面を突破」
「通報に走った少年をすれ違い様に、拉致しました」
顔を一度上に向けると直ぐに背中を丸めて、両拳の上に額を乗せる。
「この判断が決定的になり、私たちはその1個小隊から追撃を受ける事になりました」
「治安部隊の包囲形成から逃れきれず、丸1日追跡を受ける事になりました」
「その時にマリーエンロッゲン家に報告されたのでしょう」
「王国軍の旗を掲げていたので、直接投射兵器による攻撃を受ける事はありませんでしたが、何度も先回りされそうになり、森の中に逃げ込みました」
俺は黙って先を促す。
「森の中を進みながら南へ向かいました」
「1日は順調でしたが、その後平野はマリーエンロッゲン家の治安部隊が展開を始めていて、やり過ごす為に脱出が遅れました」
「ホリオン大尉やシュールが逃れた南は当然警戒が厳しく敷かれると想像されました」
「西へ逃れる事も考えましたが、警戒が厳しくなればご主人様は西へ逃れると考えて、あえて南を突破する事にしました」
「夜間平野を進み、昼間は森の中を進みましたが、何度か発見されついに森ごと包囲されました」
リンヴェッカーが頭を垂れる。
「任務の失敗です」
「雲が星を隠して闇が訪れれば、包囲を脱出できたかもしれませんが、雲は一つなく、無理でした」
「翌日になれば森狩りが始まるのは目に見えています」
「しかしお前はここにいる」
「コルネスティの家族もここにいるんだろ?」
「はい。森の中で進退窮まったところで、ご主人様の母上、バリミーナ・パーク・ダンキブン様に助けられました」
リンヴェッカーが俺の顔をまっすぐ見る。
「【マム】に?」
「はい」
「森と森の切れ目の場所で、魔法を使いまして星を隠しました」
「全て一帯をです。信じられませんでした」
俺はヴァルクミューレの手を思わず振りほどいて、リンヴェッカーへ身を乗り出す。
「ちょっと待て、魔法は二人一組で使うものではないのか?」
「はい。私も驚いてそう聞きました」
「魔繰士のアイヒェン様なしで、魔法が使えるのかと」
魔繰士というのか。
すると魔法士と魔繰士で魔法使いとなると考えると自然だ。
「これ位のものは魔法に入らないと笑うのです」
「思わず、最後の冒険者と言葉が出てしまいました」
「何故この森にいるのか問うのも、無意味と思える程でした」
「俺は思わず唸ってしまう」
またそっと俺の手がヴァルクミューレに掴まれる。
「【マム】なら……」
「失った命お取り戻す事は出来ただろうか」
思わずヴァルクミューレを見てしまう。
しかし悲しそうに頭が横に振られる。
「……そうだよな」
「無理な願いだったか……」
ヴァルクミューレが俺の頬を撫でる。
流れない涙の代わりに何度も何度も。
「リンヴェッカー。お前は何も詫びる必要はない」
「お前が注意を引いてくれたお陰で、俺達は追跡もなく脱出できた」
「しかしご主人様」
リンヴェッカーが身を乗り出すと、俺は両手で両肩を押して座らせた。
「感謝する」
リンヴェッカーが頭を垂れて、表情を隠す。
「ありがとうございます。ご主人様」
その声は少し濡れているような感じだった。
「砦についたようだぞ」
リンヴェッカーの話を打ち切ると、俺達は外をみた。
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次回 ツァジン家 砦
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