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異世界に来たけど義母が5人もいた上に結構ハードモードだった。  作者: 雨露口 小梅
第三章 会社(アクティム・アンド・ヘールデ・トレーディング・カンパニー)
92/212

◇01 呪詛(カース)

主人公は敵対的な土地から逃れて、記憶には存在しない故郷へと向かう旅に出ます。

苛烈な試練で終わった第二章。第3章では乗り越えられるのか。癒されるのか。

また新しい生活が始まります。第3章をお楽しみください。


 【ツァジン家領北東部・ズゥアレシュ】



 俺と赤子の時間を皆が見守り、時が止まる。

 赤子を抱きしめ、俺の体温を分け与える為に丸めた背中からとめどなく溢れる涙が、魂となって空へ消えていく。


 これからどうしたらいいのか。

 俺は当然わかっている。

 それはここにいる1000人を率いて、ノイシェーハウへ向かう事だ。

 やらなければならない事はそれこそ山の様にある。


 しかし体も動かない。

 心も体に命令しない。

 俺の全てを渡してこの赤子に生き返って欲しかった。


 そんな事が起こらない事もわかっている。

 それでも抱きしめるこの子に全てを渡したかった。

 それからの事も良く分かる。


 ようやく合流したスラティナは赤子の事を知ると、半狂乱になって、俺を殴り蹴りそしてなじった。

 俺は赤子を抱いたまま、何も返す事が出来ない。

 何が返す事が出来るのか。


 俺は顔を上げてスラティナを見る。

 直ぐに顔を蹴られて視線がずれる。

 それでも顔をスラティナに向ける。

 直ぐに平手で殴られる。


 大粒の涙と絶叫が俺に降りかかる。

 あの気持ちを良く表す大きな目が、俺への憎悪と悲しみで燃えている。

 何も否定できない。

 俺には何も否定できない。


 チカラの籠った拳は次第にチカラを失い、振り下ろされても肉体には何ら損害は出ない。

 しかしスラティナの魂が繰り出すその拳が、俺の心を削っていく。

 そんな時間がどれほど続いたかはわからない。

 俺からすればどこからともなく現れたスラティナの兄であるモニオムが、妹であるスラティナを羽交い絞めにする。


 一層激しく暴れるスラティナが俺に呪いをかける。


 「ずっとその子の事を聞かないようにしてたでしょう!」

 「教えてあげる! しっかり聞きなさい!」

 「その子の名前はアウエ・テラーホイザーよ!」


 三つ編みがほどけて、長い髪が激しく踊る。

 モニオムの拘束を死に物狂いで引きはがすと、俺から赤子を奪って行く。


 「お前に出会うまで、みんなに愛されて生きていた女の子よ!」

 「恋をして子供を産んで! 母の喜びを知る筈だった女の子よ!」


 そして大粒の涙を流しながら更に激しく泣きだした。

 その迸る激情は後から後から湧いてくる。


 この子は本当に優しい。

 本当に心に正直な女の子なのだろう。

 俺は涙すら出ないというのに。


 こんな時にも俺は自分事しか考えられない


 ログアウト。

 ログアウト。

 ログアウト。


 俺はなんて浅ましい人間なんだろうか。

 意味不明の呪文を唱える。


 そしてその呪文が俺に応えてくれる事は今回もない。



 ※



 日は既に暮れて篝火が焚かれる。


 王の街道に座り込んで、動けない俺にあのツァジン家の護衛騎士ガーズに守られていた青年。

 恐らくツァジン家の当主か、その息子だろう。

 俺に声をかけてくる。


 「葬儀を営みましょう」

 「ヴァシュリンガー殿の大切な子だった事は誰の目にも明らかです」


 慰めをかけられるが、俺の心にはまだ届かない。

 いや、俺の心が受け取れない。


 「ツァジン家で執り行います」


 俺はようやく言葉を掴む事が出来た。


 「宜しくお願いいたします」


 そしてその為の準備が始まった。

 葬儀はすぐに執り行われる。

 俺の出迎えの儀式を正反対に変えればいいだけだ。


 俺はまだ座り込んだまま、ツァジン家の者たちが手配する様子を放心して見ていた。


 俺の周りにリンヴェッカーをはじめとする護衛騎士ガーズ、そして従僕メイドのヴァルクミューレ達。レディ=マホとイルチが集まる。

 みな、無言だった。


 「皆も、あの子を弔ってやってくれ」

 「ここはツァジン家の世話になろう」

 「行ってやってくれ、俺も後から行く」


 皆は無言で、その会場に進む。

 そして俺は、葬儀に参加する事をスラティナに拒否された。





 この広大な砂礫砂漠の夜空を四分する十字の天の川。

 星が隙間なく輝き、頭上を圧する。

 この存在感に比べたら、人間はどれほど小さいものなのだろうか。


 あの老婆と同じ、この砂礫砂漠に赤子が生きていた痕跡はない。

 正確にはもうすぐなくなる。

 あるのは俺の腕の中にあった記憶と感触だけ。


 俺はこの大地に一人で立ち尽くしていた。

 どこか遠くで俺の護衛騎士ガーズかツァジン家の護衛騎士ガーズが安全を守ってくれているのかもしれないが、俺は一人で立ち尽くしていた。


 つながれた馬達の列に向かう。

 昼夜を分かたず俺達を乗せて走ってくれた馬達。

 俺が近づくと、また走らされると思ったのか、馬達が許される限り俺から距離を取る。


 「お礼を言いたかっただけなんだけどな」


 また思い出す。

 夢の中の世界との落差。

 あの世界では、目の前で赤子が死ぬ姿など見ないような気がする。

 逃げたいだけなのか、夢の世界が俺の本当の世界だという気がする。


 だとするならば、何故俺はこの世界にきたのだろうか。

 どんな意味があるのか。

 俺は何か罪を犯したのだろうか。

 赤子を死なせなければならない罪とは何だろうか。


 「もう、許してくれないか」


 誰でもなく、砂礫砂漠と夜空に呼びかける。


 「もし……。もし許されないのなら、俺の命を奪ってくれないか」


 自分に都合の良い事だとはわかる。

 しかし、もう人死には見たくない。


 「もう……もう、ミサキ トウヤに戻してくれないか……」

 「アクティム・ヴァシュリンガーではなく」

 「ミサキ トウヤに戻してくれないか……」


 砂漠と星空は何も答えてくれない。


 「何言ってるの?」


 俺の背中に何度も何度も頭を押し付けてくる者がいた。


 「イルチか……。葬儀はどうしたんだ?」


 「不安だからこっちに来た……」


 何度も何度も背中が押される。


 「ご主人様マイマスター私達うたうものを守るんでしょ?」

 「赤ちゃん死んじゃったもしれないけれど……」

 「赤ちゃん守れなかったかもしれないけれど……」


 そっと頭が背中に付けられたままになる。


 「これから私が産む卵を守ってよ」

 「レディ=マホが産む卵を守ってよ」


 俺は天の十字架を仰ぎ見る。


 「俺には、俺にはそんな事は最初から出来ないのかもしれない」

 「俺が出来るのは、みんなに失望と悲しみを振りまく事しか出来ないのかもしれない」


 この世界を記憶し始めてから、常に誰かを失い、無力感しか感じない。

 この夜空と大地の様な存在感を自分自身で感じた事がない。


 イルチが俺の背中に付けた額をずらして頬を付けてくる。

 そして俺の脇腹を抜けて後ろから抱きしめられる。


 「ご主人様マイマスターがいなければ私は奴隷兵として死んでいたよ」


 あの国境の丘を登る共和国の奴隷兵。

 谷の入り口で混乱に陥る共和国の奴隷兵。

 そこにイルチはいた。


 「ご主人様マイマスターが守ってくれなければ私は奴隷のままで希望も何もなかったよ」


 最後の戦いを前に、シュラーから聞いた。

 たらふく食べさせられてイルチが目を回していたと。

 シュラーの最後の笑顔ではないだろうか。


 「ご主人様マイマスターがいなければ私が卵を産むなんて考えられなかったよ」


 最後の戦いで俺が死を覚悟した時、小さなナイフを手に退避した筈のイルチが俺に向かって駆けてきた。


 「私は生きているよ」


 俺はイルチとレディ=マホに両脇を支えられて、ノイシェーハウ派遣軍まで帰る事が出来た。


 「ご主人様マイマスターが生きているから」


 俺はイルチの頭を抱き寄せる。

 そしてあの赤子の時の様にきつく抱きしめる。


 「そうだな」

 「約束したもんな」


 イルチへの感謝の涙が止まらなかった。

 さっきまで涙も出なかったのに、涙が溢れて止まらなかった。


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 次回 ツァジン家 ツァジン家当主


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