◇46 命 合流(コンフエンス)
【パジン家領北西部 ヴァシュリンガー分隊】
俺達は馬車を走らせた。
俺とスラティナの馬車を先頭に、しばらく距離を開けてホーエンヴァルト少尉とゾッキング曹長の馬車が追随する。
それぞれの馬車は俺を頂点に、王の街道一杯に左右に広がって、視界と警戒区域を重ならせて、安全を期す。
今までと変わらない車列隊形。
ここに来ても全力で走らせる事は出来ない。
ここで馬が潰れれば徒歩になる。
既にあの騎士が告げた王の街道を西に向かって進んでいた。
その言葉を信じれば、既にパジン家の領地に入っている筈だ。
いくらマリーエンロッゲン家と同調同盟していると言っても、マリーエンロッゲン程徹底した追跡はしてこないだろうと考える。
コルネスティもモニオムもそこまで所縁は無い筈だ。
地理的な一抹の不安は、王の街道と言ってもマリーエンロッゲン領の様に石畳が敷かれているのではなく、礫が敷き詰められて沿道にそって境界を示す岩が規則的に並べられているだけだった。
それでもこの道から分岐する道は、更に整備されていない。
この道が王の街道と判断するのは合理的と思われる。
祈りを捧げるようにスラティナは赤子を抱いて体を前後に揺らす。
俺は願う。
奇跡が起きて、この馬達に羽が生えて空を飛べたら。
この馬車が空を飛べたら……。
それが他力本願だという事はわかっている。
それでも得られる助けは全て得たい。
この赤子の命が救えるのなら。
しかし現実はゆっくりと馬車は進む。
焦る気持ちとは裏腹に、俺は努めて馬の体調を気にしながら手綱を採った。
しかし俺の自制も限界だ。
たまらず、腕を外に出して合図を送る。
直ぐにホーエンヴァルト少尉の馬車が車列を並べてきた。
「赤子の体調が良くない」
「前方に出て警戒に当たってくれ、既にパジン家に出て、ツァジン家領も近い筈だ」
「ホリオン大尉や護衛騎士、ツァジンの治安部隊と出会ったら、俺の馬車まで急がしてくれ」
「わかりました」
御者台に立ち、荷台に手をかけてホーエンヴァルト少尉が答える。
「パジン家の治安部隊に出会ったら……」
俺はその問いに逡巡する。
万事休すだ……。
その時は……。
赤子の命をあきらめる。
俺は1000の命も救わなければならない。
そんな決断はしたくない。
俺は天を仰いだ。
※
ホーエンヴァルト少尉は車影が辛うじて見える位の距離を先行した。
陽炎の具合によって、見えたり見えなかったりする。
馬車が地面の上を浮いている様に見えるのは、興味深い自然現象だった。
しかし、そんな思いはすぐに吹き飛ぶ。
隣でスラティナが赤子を抱いている。
しっかりと胸と腕の中に納めて、揺りかごの様に上半身を揺らせていた。
そして赤子の泣き声は一向に聞こえない。
1週間の最後の日の陽が天頂を過ぎて、後は沈みゆく午後になった時。
不意にホーエンヴァルト少尉の車影がはっきりと地平線に映る。
そして2台目の馬車も見えた。
その馬車が急速に車影を大きくしてくる。
「迎えかしら……」
高さを失いつつある太陽と方向が重なり、スラティナが目を細めながら細い声をあげる。
俺も手をかざして確認する。
「恐らく」
ホーエンヴァルト少尉が通したのならその可能性が高い。
そして馬車から旗が上がった。
「俺の旗だ! 俺の旗だ! スラティナ!」
「ノイシェーハウの旗もあるぞ」
スラティナに喜色を送るが、スラティナの顔は青ざめて唇が震えている。
俺は時間が無い事を悟る。
今まで馬の残り体力を気にして緩やかにしていた馬車の速度を上げる。
俺の旗を掲げているのなら、馬車を乗り換えて赤子を運べばいい。
ツァジン家に着けば魔法医の手配が出来るかもしれない。
少なくともこのまま馬車でスラティナに抱かれているよりかは良い筈だ。
車影は瞬く間に大きくなる。
馬を御していたのは、リンヴェッカーで隣にコルネスティが立っていた。
「ご主人様!」
コルネスティが声を上げる。
リンヴェッカーも無事だったか!
すぐにすれ違うが、俺が馬車を止めない為に、コルネスティとリンヴェッカーは大回りして俺の馬車に並ぶ。
「ご主人様!」
コルネスティが再び声を上げる。
地下牢の時とは違い、護衛騎士の態度をとっている。
「話は後だ。その馬は元気か?」
「会社の支社に魔法医はいるか!?」
コルネスティが立ち上がり跳ねる馬車にしがみついて怒鳴る。
速度を上げた馬車の音によって、声がかき消されそうになる。
「はい! ご主人様!」
「馬は元気で、ツァジン家の当主がお待ちしております!」
「従者の中に魔法医がいる筈です!」
俺も負けじと大きな声を出す。
その時、馬車が石を乗り上げ大きく跳ねる。
「リンヴェッカー。この馬車を頼む」
「俺はそっちへ乗り移る」
リンヴェッカーが何と答えたのかはわからない。
しかし直ぐにリンヴェッカーからコルネスティへ手綱を渡されると、コルネスティが疾走する馬車の間を躊躇なく飛び移る。
俺を避けて態勢を崩し、荷台に飛び込みそうになったリンヴェッカーが驚く。
「この子供たちは……」
「手綱を取ってくれ!」
リンヴェッカーの問いを無視して手綱を渡す。
リンヴェッカーが立ちながら疾走する馬車を御する。
「スラティナ!」
「スラティナ!」
赤子の顔から目を離さないスラティナの頭を両手で掴んで、俺に向ける。
スラティナの目を正面から見る。
怯えた目を隠さないスラティナ。
俺は大きく頷いた。
馬車が地面を跳ねる衝撃で赤子がその腕から落ちないように、慎重に差し出す。
俺はしっかりとその赤子を抱きとめると、直ぐに御者台の端に立った。
馬車と馬車の間の地面は流れるように過ぎていく。
それは一跨ぎの距離だが、地面に対して別々に跳ねる馬車を良く見なければならない。
そして俺は赤子を抱いている。
態勢を崩して両手を付く訳にはいかない。
それでも行くしかない。
「お願い……赤ちゃんを助けて」
スラティナの声が俺の背中にかかる。
そうだ。逡巡している暇はない。
俺は馬車の間を、赤子を抱いて飛んだ。
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次回 命 命
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