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異世界に来たけど義母が5人もいた上に結構ハードモードだった。  作者: 雨露口 小梅
第二章 戦勝記念式典(ヴィクトリー・セレモニー)
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◇41 弱き者 封鎖(ブロッケイド)


 【マリーエンロッゲン領北東部ロッケンフェルト地方 ヴァシュリンガー分隊】



 マリーエンロッゲン家の治安部隊から逃げるように、東へ出発した俺達はその後南へ転じた。

 このままパジン家にまっすぐ向かう。

 そしてパジン家に出たら西進してツァジン家の会社カンパニーの支社で、本隊と合流する手筈になっている。


 1週間の予定の内2日を消費した。

 残りは5日。


 しかし、南進は思うように進まなかった。

 保護するべきモニオムの妹、スラティナ・ビストラが抱いている赤子が原因だった。

 俺の乗る馬車にはスラティナと行動を共にする戦災孤児と戦災寡婦の老婆も乗り込んでいた。


 赤子は定期的に眠り、そして定期的に泣く。

 それはオムツを交換して欲しいという欲求だったり、愛情が欲しいという欲求だったりするが、一番困ったのは、お腹がすいている時だった。


 この間隔が非常に短い。

 そして、人間の乳を分けて貰える女性には中々出会わない。

 だからスラティナが自分の指をしゃぶらせ、指を伝って流れる水を含ませる。

 赤子は次第に泣きつかれて眠る。


 赤子は確実に飢えている。

 こんな旅がこれからも続くなら、命が持つ筈がない。

 馬車が積んでいる携行品の中に、人間の乳はおろか家畜の乳もない。

 おまけに老婆は病を患っているようで、時々ガラガラと音を立てて咳をする。


 赤子と老婆共々、この逃避行に耐えられるのか?

 俺は知っている。

 戦勝記念式典への行軍を思い出して、心がざわめく。


 合流が遅れる現実が浮かび始めた。


 「中隊長殿。あの民家に子供の服が干されています」


 王の街道と並列して敷かれている支道を南下していると、見張りをしている兵が、点在している民家に何かを見つけた。


 「ありがとう」

 「乳を分けて貰おう。そしてあれば家畜の乳も」


 俺は急いで鎧を脱ぎだす。

 そしてスラティナの村で奪った服を着る。

 何度も何度も剣をちらつかせて、「おいこら」ではいずれマリーエンロッゲンの治安部隊に嗅ぎつけられる。


 民家に寄って、人間の乳を出せる女性がいるかどうか問い合わせる。

 いれば分けて貰えるようお願いする。


 これを赤子が泣く度に行えば、絶望的に間に合わない。

 まずい……。

 しかし目の前の命を無視する事は出来なかった。





 俺が乗る馬車以外を民家から死角に止めて、俺は手綱を握って民家の前で馬車を止める。

 俺は馬車を降りると、赤子を抱くスラティナの手を持って、安全に馬車から降ろした。


 他の子供は馬車の中に隠れている様に命令する。

 俺達が目指した民家は、ありふれた農家だった。

 長方形の1階建ての石造り。屋根は木の皮で葺いている。

 煙突から煙が出ているところを見ると、家人はいるようだった。

 昼食を作っているのかもしれない。


 扉をノックして開ける。


 「すみませんが、どなたかいらっしゃいませんか?」


 部屋の中は炊事するための薪の煙が充満し、窓から入り込む陽光が筋を作っていた。

 俺が扉を開けた事により、空気の流れが出来て煙が暖炉の中へ吸い込まれていく。


 部屋は二つしかなかった。

 居間であり炊事場であり、食堂でもある広間と隣は寝室だろう。

 扉はなく木のベッドに藁が敷かれているのがわかる。

 シーツは外に干してあった。


 「寒いよ。扉を閉めて」

 「赤ちゃんが冷えてしまうよ」


 若くない女の声に注意されて俺は扉を閉める。

 目が暗さになれてきて、暖炉兼炊事場に立つ女が目に入った。


 「なんの用?」


 背中越しに質問される。

 俺はその女の横に、籐で編まれた揺りかごがあるのが目に入った。


 「すいませんが、乳を分けて貰えませんか?」

 「この子がお腹を空かせていまして」


 女は炊事の手を止めて、初めてこちらを向く。


 「どうしたんだい。奥さんの乳が出なくなったのかい?」


 皺枯れた声とは裏腹に、まだ若い女だという事に少しだけ衝撃を受ける。

 しかしそれを顔に出さない様に我慢した。


 スラティナが抱いている赤子を見る。


 「おお。かわいいねー。こりゃ旦那似なのかな?」


 赤子の頬を人差し指でつつく。

 すると赤子は小さな口を開けて欠伸した。

 女の目もスラティナの目も細くなる。


 「でも元気がないね」

 「本当にお腹が空いているんだね。それと大分冷えている様だから温めないとね」


 おくるみの上から更におくるみを巻いて抱き上げる。

 するとおもむろに胸を出して、左胸を差し出すと、不思議な事に赤子はすぐに吸い付いた。


 何故そこに女の胸があるとわかるのか。

 懸命に唇を動かして、乳を飲む赤子に見とれていると、脇が小突かれて気づく。

 俺はすぐに視線を外して部屋の中を見る。


 すると女が弾けた様に笑う。


 「何を照れてるんだい」

 「こんな若い子に子供を産ませておいて、今更恥ずかしがる事もないだろう」


 スラティナが抗議しそうになるのを俺は止める。

 ここで素性を探られたら、マリーエンロッゲン家の治安部隊に情報を渡す事になる。

 モニオムとの約束を果たし、スラティナを生きて連れていくには、勘違いさせておくしかない。


 人間の乳をわけて貰った俺達は脱出行を続ける。

 この行動がどれほどの時間を失わせるのだろうか。



 ※



 更に南下した次の民家では、そう簡単には行かなかった。

 赤子を持つという共通の感情が必ずしも通じる訳ではなかった。


 「帰りな。これを見ればわかるだろう。忙しいんだ」

 「自分の子供にも十分な乳が出ないのに、どうして分けてやる事が出来ると思うの?」

 「さっさと次の女を探しなさい」


 それは、農家でもない。

 いや、農家ではある。

 しかし小作という、土地を持っている農家ではなく土地を持っている農家に土地を借りて、収穫から賃貸料を納めている農家だった。

 必然的に、領主と地主に税と賃貸料を納める為に、自身の収入は低い。

 何とか生きているというのが分かるような住まいと恰好をしていた。


 それでも俺は赤子の為に人間の乳を分けて貰わなければならない。


 「こんな若い子に子供を産ませて、乳を貰いに来るなんて」

 「孕ませるなら、せめて乳が出る位食わせなさいよ」


 隙間だらけの家の前で、赤子を背に耕している女性から怒られる。

 この女性の夫もこの秋に畑を耕している。


 これから寒くなるのに、何を植えるのかと言えば、雑穀だった。

 税と賃貸料を払えば、冬に食べるものがなくなる。

 冬を越すための栽培で、手を休めればそれだけ飢えるのが目に見える。

 しかしそれでも俺は食い下がる。


 「ほんの少しでもいいのでお願いします」


 俺の兜を差し出すが、断られる。


 「こんなものが食えるのかい?」

 「それに売ったって、こんな豪華な兜、どこで手に入れたのかいらぬ詮索を受けるよ」


 俺の兜が畑の隅に投げ捨てられる。


 「あんたもこんな拾いもんで食い扶持稼ぐんじゃなくて、ちゃんと働きなよ」


 俺は畑に膝を付くと、頭を土にこすりつけた。


 「働きます。ですからどうか少しでもいいので、乳を分けて貰えないでしょうか」


 俺は何度も何度も秋の臭いがする土に額を擦りつけた。

 この僅かな逃避行で赤子がいかに繊細な生き物かというのを知った。

 乳の一滴が生死を分けるかもしれない。


 「あんた。マリーエンロッゲンの者じゃないね」

 「帝国の者かい?」


 俺が不思議そうに顔を上げると、スラティナも驚いた顔をして俺を見下ろしていた。

 こういうお願いの仕方はしないのか?

 俺にも様々な疑問が頭をよぎる。


 「まあ、いいさ。こっちも深く知ったら余計な事に巻き込まれる」

 「ほら、子供を寄越しなさい」


 耕す手を止めて、スラティナから赤子を受け取ると、同じようにおもむろに胸を出して乳を吸わせる。


 「あんたも大変な時代に生まれてきたね」

 「あんたが大きくなる頃には、良い世の中になってるといいね」


 あれだけ拒否していた女が、慈愛の笑みを浮かべて自分の乳を吸わせている。

 女性とはなんと強い生き物なのだろうか。

 俺は地面に両膝と手を付いたまま、深く頭を下げるしかなかった。


 「あんたがどこの家の人間か知らないけれどね」

 「マリーエンロッゲン家から出るなら気を付けなさいよ」


 「どういう事でしょうか」


 俺は頭を上げて、その女の顔を見る。


 「さっき村長が回ってきたんだけれどね」

 「領域を封鎖して、よその領地と行き来が出来なくなるみたいだよ」

 「ま、あたしたちはどこにも行けないけれどね」

 「行商人とかが足止めを食らって困っているって話さ」


 俺の全身に衝撃が走る。

 思わずスラティナの顔を見てしまう。


 「やっぱり。他の領地に行くんだね」


 小作の女に見破られてしまって、思わず苦虫を潰す。

 しかし何があったんだ?

 情報が欲しい。


 「どうしてでしょうか」


 俺がスラティナを拉致してから、まだそう時間がかかっていない。

 マリーエンロッゲンへの報告すらようやく届く、といったところではないのか?

 それがこんな末端の領民まで伝わっている。

 どう考えても早すぎる。


 想像できるのは、より王都ゴールドキャッスルに近い場所へ向かわせたリンヴェッカーに何かあったという事だった。


 「なんでも他所の貴族がこの領の中で人さらいをしているって話だ」

 「人買いだなんて、そんな奴らを早く捕まえて貰いたいものだね」


 俺は知っている。


 戦勝記念式典で俺達を包囲した万を超える民衆を。

 民衆の情報伝達は野火の様に早い。

 正規の通信網を超える程に。


 なぜなら、その情報を持っているか持っていないかで、自分の命の長さが変わる。

 そして搾取される側は連帯する。


 ただ、今はそんな事はどうでも良かった。

 この言葉が告げる意味。


 俺達はマリーエンロッゲン領から脱出できなくなる。

 それだった。



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 次回 弱き者 どちらの命か


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