◇40 弱き者 拉致(アブダクション)
【マリーエンロッゲン領北東部ロッケンフェルト地方 ヴァシュリンガー分隊】
【戦勝記念式典3日後 夕】
その日が沈むころに俺達はモニオムの生まれ育った故郷に着いた。
王の街道からそれ、土の農道を進み、行きついた先の村。
農道はその村で行き止まりだった。
村は輪を描くように石の壁と木の屋根で作られた家が立ち並ぶ。
中心には井戸が掘られており、村の広場となるように作られていた。
井戸から少し離れたところには穀物倉庫が立っている。
収穫された麦は全てそこに集められ、村人で配分されるのだろう。
王国軍、ノイシェーハウ、ヴァシュリンガーの旗を立てた馬車が近づく事で、一日の農作業を終えて、家での作業に移っていた村人たちが広場に出てくる。
先にマリーエンロッゲン家の治安部隊にモニオムの妹の身柄を押さえられていたら手立てはない。
何としてもマリーエンロッゲン家より先にモニオムの妹を押さえないといけない。
そして押さえる事が出来たら、治安部隊が到着する前に村を離れなければならない。
俺は、完全装備の分隊を広場に整列させると剣を抜かせる。
そして見張りの兵を、村で一番高い建物である穀物倉庫に登らせると、集まった村人に向き直った。
「我々は王国軍ノイシェーハウ派遣軍ヴァシュリンガー隊の者だ」
「モニオム・ビストラの家族を探している」
「名前はスラティナ・ビストラ」
「いるのなら直ぐに出て来い」
出来るだけ威圧的な声を出す。
細かく説明している暇はない。
時間を稼ぐために、剣で脅すだけだ。
「ここは確かにモニオムの故郷ですが、なぜ領主の騎士様ではなく、他領の騎士様が出てくるのでしょうか」
人垣の一番前に立つ老人が声を震わせる。
村の長老か村長という事か。
「理由をお前にいう必要があるのか?」
「俺はスラティナ・ビストラを出せと言っている」
「王国軍の旗が見えないのか?」
「しかし……」
突然の軍隊の訪問と人探しに戸惑う長老。
村を率いらねばならぬ存在として、その質問の意味は分かる。
まず村人の安全を守らなければならない。
だが俺には見知らぬ人間や集団の気持ちを汲み取る余裕はない。
「いいだろう。この村は王国に反旗を翻す反逆者の村という事だな」
「分隊。共和国に通じている敵を殲滅する」
俺は剣をその長老に向ける。
「王に反逆する敵を殺せ。女子供も剣を持てば王を殺せる」
「赤子も生かせば、王に対して後の災厄になる」
「一人も生かすな」
長老や村人が慌てて、地面にひれ伏す。
「騎士様。騎士様。どうかその剣をお納めください」
「一体この村は戦えるものは全て戦争に行きました」
「どうしてそんな村が共和国に通じて、王に対して反逆を考えましょうか」
俺はわざとその長老の肩を蹴り下ろす。
「ならばスラティナ・ビストラを出せ」
「あの子は……。あの子は天使でございます」
「どうして騎士様に追われるような事がありましょうか」
剣の前にもひれ伏さない長老。
俺はその心の強さに、純粋に羨んだ。
この老人は実にしぶとい。
時間を稼いで俺を追い込んでいる。
「そうか、ならそれでいい」
「少尉。俺はスラティナ・ビストラを見つけたぞ」
赤子を抱いて地面にかしづく若い女を剣で指し示す。
「その女を逮捕しろ」
「頭数が揃えばそれでいい」
ホーエンヴァルト少尉が逡巡する。
「赤子はどうしましょうか」
俺は冷たく言い放つ。
「途中で捨てていけばいい」
「必要なのはスラティナ・ビストラだ」
「早く逮捕しろ!」
無言で立ち尽くすゾッキング曹長を飛び越えて、ホーエンヴァルト少尉が分隊の兵に命令を出す。
兵達は気が乗らない様に、人垣の中に分け入ると赤子を抱いた女を掴みあげる。
女は泣き叫びながら抵抗するが、俺の顔を見る分隊の兵は、俺の表情が変わらない事を見ると手荒に引きづる。
それを止めようとする夫を兵は殴り倒す。
いい分隊だ。
俺は満足して笑みを浮かべる。
「お待ちください騎士様! そんな無体がありますでしょうか!」
「かの女はビストラではありません! 離してください!」
長老は気丈に叫ぶが、剣の前に決意の表明はなんらチカラを持たない。
「待って下さい! 私がスラティナ・ビストラです!」
騒然となる村人の中から力強い声が上がる。
一斉に鎮まり帰り、村人の顔がその声の主に向けられる。
時間がかかった。
ようやく本命のお出ましか。
想像していたより若い娘が歩み出る。
無表情で鉄仮面のモニオムと違って、怒りの表情を露わにして二十歳にも満たない娘が歩み出る。
髪の色はモニオムと同じ淡い茶色をして、髪を後ろで2つに分けて編んでいる。
しかしそばかすの残る顔にある青い目は、まっすぐ俺を見抜いていた。
「私がスラティナ・ビストラです」
挑戦的な視線は俺に向けられるが、敢えて俺は高圧的に振る舞う。
俺は歩み出ると、籠手を嵌めた手で頬を払う。
鉄の質量と俺の手の勢いで、その若い娘は2,3歩たたらを踏む。
「偽物はいらない」
「その女を馬車に乗せろ」
目の前の娘が麻の薄汚れたエプロンを両手で掴んで叫ぶ。
「私の兄! モニオム・ビストラは表情を顔に出しません」
「そしていつも気配無く、私の後ろに立ちます!」
唇の端から、切れて流れる血を流し、赤く染まった歯を見せて叫ぶ。
「……」
「いいだろう。お前をスラティナ・ビストラを認めよう」
俺はモニオムの妹の髪を掴んでチカラ一杯引きずると、人垣の中から続々と子供達と1人の老婆が歩み出てきた。
赤子を抱く3人の子供と老婆は旅支度をしている。
持つ物はロクにないが、水を入れる革袋や鍋などを背負っている。
「お前達はなんだ?」
「わ、私の家族よ!」
髪を俺に掴まれているモニオムの妹が苦しそうに言う。
俺は髪を更に引き上げる。
「痛い! 痛い痛い」
モニオムの妹の顔を俺の目の高さまで引き上げると、その挑戦的な目を覗きこむ。
「そんな訳ないだろう」
そうだ。モニオムからは聞いていない。
同じような年齢の子供も多く、年が酷く離れている子供もいる。
「顔も似ていない」
そんな子供が3人もいる。老婆と妹を合わせれば6人だ。
「本当よ! この戦争で家族になったのよ!」
「これから兄のいる王都にみんなで行くの」
「この村は働き手がたくさん死んだの。私たちを養えない」
俺は子供達を睨みつけた後、モニオムの妹を見る。
「ならいけ」
「お前は俺達と一緒に来い」
「子供達と体の悪いお婆ちゃんだけで?」
「途中まで乗せてくれたっていいじゃない!」
髪を掴まれているのに、体をよじって痛みに耐えて俺を睨みつける。
「俺の範疇じゃない」
「俺の任務はお前を逮捕する事だ」
「なら私をここで殺して、どうせ処刑するんでしょう?」
「ここで殺されても変わらないじゃない!」
「みんなも死ぬ運命にあるのなら、私も家族としてここで死んでやる!」
掴んでいる髪が何本か抜ける音をさせて、力強く俺から逃げて、すぐ傍にいた兵の腰にさしてあるナイフを抜く。
モニオムの妹は頭が良かった。
俺を下っ端と判断したのだろう。
生きてスラティナを連れていかなければならないという事を見抜かれていた。
その時、穀物倉庫の上に上がっている見張りの兵が声を上げる。
「こちらに近づく歩兵隊が見えます」
「およそ1個小隊」
【お母様】の言っていた俺への当てつけにモニオムとコルネスティの家族を逮捕する部隊だ。
俺は仕方なくモニオムの妹の腕を掴む。
「くそっ。お前らも来い」
「赤子は置いていけ。それ位は村で面倒を見られるだろう?」
体を捻って逃れようとするから、俺は後ろ手に捩じり上げた。
「痛い! 痛い! 面倒を見られないから連れていくんじゃない!!」
「そこの女。お前の子供は育てられてどうしてその子は育てられない」
俺は一番最初に脅しで攫おうとした赤子を抱く女に声をかけた。
「き、騎士様。夫は戦争で怪我をして参りました」
「私がこの子を抱いて働かなければなりません」
「乳を分けてあげる事は出来ますが、この子と共に育てて働くなどとても出来ません」
俺は不満の鼻を鳴らす。
「俺達に乳を分けられる奴なんていないぞ」
兵が苦笑する。
「騎士ならどうにかして! 貴族なんでしょ!」
モニオムとは性格が正反対の様な気がする。
「赤子は家畜の乳でも育つのか?」
モニオムの妹に聞いてみる。
俺は母達に育てられた。
母達の年齢を考えれば、当時乳が出た母がいたとは思えない。
「難しいと思う。運が良ければ」
南下する途中で分けて貰うしかないか……。
これは時間を喰う。それに1週間分の物資では足りなくなる。
しかし仕方がない。
「お前、服を脱げ」
俺と同じ背格好の男に剣の切っ先を向けて、服を奪った。
そしてモニオムの妹と共に子供達と老婆を乗せて、マリーエンロッゲンの治安部隊から逃れる為に、東の刈り終えた麦畑の中に馬車を進めた。
※
【共和国 東方軍集団管区・タラソナ地方 ミク大佐】
私は、この部隊から脱走した中尉の案内で元の連隊へと進んでいった。
二列縦隊を組ませて進む。
今まで進んで来た道を逆戻りしていく。
南コバスから一歩でも離れるのは後ろ髪を引かれるが、中心を失い底なしの奈落へ落ちていく自分の連隊を見捨てる事は出来なかった。
「連隊長殿、随分酷い匂いですな」
先頭を中尉に進ませ、二番手を歩く。
そして後ろに二列縦隊がついてくるが、その先頭を歩く兵が軽口を叩く。
「これで私を犯す気はなくなっただろ?」
「変われば変わるもんですな」
「いつも『この貴族様め』って思ってましたが、今じゃ俺達より酷い匂いだ」
「今の連隊長に命令された方が、なんだか素直に聞けますな」
振り返らなかったから、どんな顔をしたどんな歳の兵なのかは確認しなかったが、兵に受け入れられるのは、指揮官として最高の栄誉だった。
以前の私であれば受け入れられなかったが……。
「正直……」
先頭を行く中尉がぽつりと漏らす。
「なんだ?」
「連隊長がいてくれれば俺達は脱走しなかった」
背中を見つめる。
村を襲う時の様な、大きな背中ではなく、子供の様に小さな背中をしていた。
そうだ。
師団長より直ぐに出発しろと命令された時に、部下の事を聞くべきだったんだ。
それが出来なかった私は、まだ本当の連隊長ではなかったんだ。
気づいた事がすんなりと心の中に染み入る。
「それは済まなかった」
「ならこれから離れずについてこい」
「地獄まで率いてやる」
「地獄ですか。遠慮したいですな」
先ほどとは違う兵の声が背中にかかる。
「私は地獄が好きな女なのさ」
「地獄の中で幸せを見つけた」
顔さえわからない男。
アクティム・ヴァシュリンガー。
しかし同じ指揮官として、用兵を見れば人物像が描ける。
兵を愛おしみ、兵を慈しみ、兵に死ねと命令できる男。
自分が生き残りたいと願う故の利己的な振る舞いなのか。
それとも戦場に適応したものが持てる、分裂した思考を違和感なく繋げる事が出来る数少ない適応者なのか。
指揮官同士、実戦を戦い合えば、体を重ねる以上に濃密な交流になる。
知恵を絞り、恐怖と付き合い、部下を恐れて鼓舞し、1つしかない勝利の椅子を奪い合う。
谷の戦闘からずっと、濃密にお互いを想像しあった。
そんな男にもう一度会うのは、戦場という地獄しかなかった。
戦場に居さえすれば、また会う事が出来る。
剣を交えてもう一度体を重ねよう。
私の心と体はそれを欲している。
「しかし……」
先頭の中尉が言葉を零す。
「無目的に人生が終わるのなら、地獄の方がまだマシかもしれません」
「一概には賛成しかねるが、私もそちら側の人間だ」
「ふふ……」
思わず含み笑いが出てしまう。
「ではついていきます」
「連隊長」
草原の地平線に松明の明かりが見えた。
あれが私の連隊だった集団だろう。
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次回 弱き者 封鎖
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大変名誉な事に5万PVを越えました。
こんなにたくさん読んで頂いて本当に嬉しく思います(「読みずらいから何度もアクセスしている」という可能性もありますが、ここは素直に「なろう」でPVについて説明している、「続きを読んでくれている」というポジティブな姿勢を採用していきたいと思います)。
数を獲るのが目的ではありませんが、それでも数は目安になって、その目安はチカラになるのでとても励まされています。
出来れば「何度も読み返したくなる」お話を目指して、PVを稼げるように精進して参りますので、今後とも宜しくお願いいたします。
雨露口 小梅
追伸
ご感想を2件も頂いてしまいました。
なんと嬉しい事が重なるのでしょう。メラメラと燃えてきました。
ご感想、ご評価、ご指摘ありがとうございます。
雨露口 小梅




