◇38 脱出 出発(デパーチャァ)
【首都 ノイシェーハウ派遣軍宿営地】
【戦勝記念式典2日目 未明】
ノイシェーハウ家の警備兵による手荒な扱いのモニオムとコルネスティ、そしてそれを指揮する俺と護衛騎士のリンヴェッカー、シュールが郊外にある宿営地に到達する。
ホリオンの兵にモニオムとシュールを引き渡してノイシェーハウ家の警備兵は引き上げていった。
道中の手荒さは、そのまま警備兵によるノイシェーハウ家への忠誠を表していた。
【うたうもの】と従僕は、既に用意されていた馬車に分乗していた。
まだ会社の護衛、冒険者はまだ到着していなかった。
しかし脱出する組は、派遣軍の中央に配置されていて、周りの領家軍からは隔絶されて隠されていた。
これで日の出前の出発まで行動が秘匿出来る。
俺とリンヴェッカーはモニオムとコルネスティから家族構成と故郷の地理を聞きだしていた。
リンヴェッカーはコルネスティを担当する。
首都を取り囲むように広がるマリーエンロッゲン家の領地。
その西にある町がコルネスティの故郷だった。
家族を保護した後、南に下ればパジン家にそのまま出る事が出来る。
王の街道が使えない点は速さとして不利だが、それだけ目立つ事はない。
そして俺はモニオムを担当した。
モニオムの故郷はマリーエンロッゲン領の北東にある。
脱出するにはパジン家から最も遠くなる。
反対するリンヴェッカーを命令で抑えた。
俺とリンヴェッカーはホリオンからそれぞれ分隊を受け取る。
ここからは別行動だ。
俺が出る幕ではなく、それぞれを率いる物に任せなければならない。
合流はツァジン家にある会社のツァジン支社。
時期は指定していない。ホリオンには一応1週間と伝えてある。
最終の期限は、ツァジンにある蒸気機関車とやらの準備が整うまで。
要するに速さが命だ。
なんとも心もとない計画だが、いつもこんな感じだ。
いい加減な自分に嫌になる。
しかし情報が不明瞭では方法がない。
俺が担当するモニオムの故郷は想定以上に遠方にあるため、すぐ出発する事にした。
「ホリオン。分隊を借りる」
俺は準備をしている2頭引き馬車3両の前に行く。
「構いません。シュトルフ・ホーエンヴァルト少尉」
「アクティム・ヴァシュリンガー様をしっかりお守りしろ」
俺についてきたホリオンが分隊を率いる隊長を紹介してくれる。
「はい、中隊長殿」
「ヴァシュリンガー様、分隊15名、1週間分の物資と共に準備完了しております」
「完全武装です」
ホリオンの一歩後ろに控える、まだ少年とも言っていい若者が俺の前で出て来て敬礼する。
「分隊長で最先任のブライタイヒ・ゾッキング曹長です」
「分隊の指揮は曹長が取ります」
「私はヴァシュリンガー様の参謀に着きます」
「宜しく頼む、ホーエンヴァルト少尉。ゾッキング曹長」
俺は答礼の後、手を差し出して二人と握手する。
ゾッキング曹長は如何にも古強者といった老兵で、目つきも鋭かった。
「ホーエンヴァルト少尉はゾッキング曹長と共に、昨年冬の匪賊討伐で初陣を飾りました」
「この度の遠征でも共和国と剣を交えています」
「ホリオンの選択だ。信頼しない訳がないだろう」
「分隊の全員も頼りにしている」
俺はホリオンの肩を叩いた。
「さて、出発しようか」
俺が先頭の馬車に移動している時に、従僕達が俺の前に揃った。
家令のヴァルクミューレが言う。
「お早いお帰りをお待ちしております」
「あぁ。帰って来るよ」
「ツァジン家の会社で会おう」
俺は努めて軽く手をあげてみせた。
それは従僕全員が硬い顔をしていたから。
突然俺の尻が蹴り上げられて振り返ると、イルチが立っていた。
その後ろにレディ=マホが立っている。
「これがご主人様の女達?」
「家人だよ」
イルチの頭の上に手を置く。
「レディ=マホは愛人だからもっと上?」
「仲良くしてくれよ」
レディ=マホがハンカチを差し出すと、そっと俺の血を拭いた。
「ありがとう」
従僕が頭を下げ、レディ=マホとイルチが手を振る中、俺は馬車に乗り込んだ。
※
【共和国 東方軍集団管区・タラソナ地方 ミク大佐】
身を屈めて音を殺して走る。
月はあの集団の方向にある。
なら、この体が月に照らされて地平線から浮かび上がる事はない。
そして風も味方していた。
こちらが風下だ。音も集団に流れる事はない。
集団は私に気づくことなく、ゆっくり歩を進めている。
少しづつ集団の姿が浮かび上がる。
勢力は1個小隊規模。
村は寝静まっているらしく、警戒している気配はない。
その事はこの集団の姿勢が中腰から次第に堂々と歩きだす姿に表れている。
しかしいずれ村で飼われている家畜が騒ぎ出すだろう。
いくら風下から近づいたと言っても、動物相手には限度がある。
その後は勢いをつけて村人を虐殺するだけになる。
その前に何かしら行動に移す必要がある。
音を立てずに更に近づく。
そして集団の服装が統一されているのがわかった。
青と白の共和国陸軍の軍服。
「共和国陸軍が農村を襲うのか?」
訓練の一環なのか。
それとも脱走兵なのか……。
更には共和国の軍服を着た盗賊なのか。
いずれにしても看過する事は出来なかった。
人民の為の軍が人民を襲うなど、前時代の帝国軍と同じではないか。
更に詳しく集団を見る。
小隊を構成する4分隊を横に広げている。
右寄り中央の分隊が僅かに先を進んでいた。
典型的な狩りの陣だ。
一つの分隊が襲って騒ぎを起こす。
村人が散って逃げれば、僅かに遅れてきた他の分隊とぶつかる。
騒ぎを起こした分隊へ村人が反撃を試みれば、他の分隊がその村人の背中に襲い掛かる。
村人は襲撃者の全体像が見えていないから、運よく逃げられるのは襲撃と反対に逃げる者だけ。
もし、この集団が村人を略奪ではなく、皆殺しを企図しているのなら、反対側にも部隊を配置している筈だ。
この小隊を指揮するものがいる分隊に当たりを付けて、更に近づく。
この分隊も、小隊全体も襲撃前から剣を抜いていて、周囲に気を回していない。
要するに弛んでいる。
至極簡単に、この集団の指揮官の後ろに近づく。
剣を持ち合わせていなかった為、近くに落ちている棒を掴む。
草原ではそうはいかないだろうが、村が近くなり手に入れる事が出来た。
そしてそっと指揮官の背中に押し当てる。
「そのまま歩け」
振り返る事の出来ない指揮官はそのまま歩き続ける。
「何をしている」
問いを発すると、その指揮官は体を強張らせて答える。
「食い物と女を頂く」
「軍の給食があるだろう」
棒を更に背中に押し込む。
「もう軍人じゃない」
あきらめたような口調。
「脱走か」
「だから何だ」
この男に軍の誇りを期待したら反撃される。
「剣を落とせ」
棒の先を更に押し込む。
指揮官は剣を落として、私はそれを拾い上げる。
「止まれ」
男が両手を上げて止まる。
間隔を開けた周りの兵はそれに気づかずしばらく進むが、ようやく指揮官が歩みを止めたのに気が付いて、歩みを止める。
「こちらを向け」
振り返った指揮官は絶句した。
「連隊長……」
「やはり私の部隊の者だったか……」
「どうしてここにいる。原隊はどうした」
男が笑い出す。
沈黙を保っていた小隊が一斉に振り向き、遠くの村では家畜が騒ぎ出す。
「お前が言うのか?」
「何が連隊長だ。王国軍に負かされて追放だろ?」
「お前と同じで切り捨てられたんだよ。俺達も!」
男が拳を握りしめている。
南コバスへ向けられたのは私だけではなかったのか……。
「南に行かされる位なら、ここで盗賊になってやる」
剣で肩をつつき、男の肩章を見る。
光の加減で良く見えず、顎を少し上げて見る。
「中尉か」
「共和国陸軍の将校が盗賊だと?」
「恥ずかしいとは思わないのか」
男は落ち窪んだ眼を陰にして表情を消す。
「俺は帝国の貴族だ」
「共和国の軍人じゃない」
「貴族なら尚更恥を知れ」
「原隊へ案内しろ」
男の腰に残る鞘の中に剣を刺し戻す。
剣を返してやった。
「連隊長……」
再び中尉は驚きの目で私を見た。
気配で気づいていたが、今ではこの分隊のみならず小隊が集まって、私とこの中尉を取り巻いてみていた。
「じょ、冗談じゃない」
「この連隊長に従って帰ったら俺達は斬首だ」
「俺達は脱走したんだぞ」
「みんな知ってるだろ? 脱走は死刑だって……」
取り巻いている兵の一人が異議を唱える。
「俺知ってる。こいつ女だ」
「衛生兵に運ばれている時に胸が揺れていた」
取り巻きの兵達が一斉にざわめく。
別の兵がそれにヒレを付ける。
「なら村の女はいらねぇじゃねぇか」
「この連隊長様に相手して貰おうぜ」
「この女の命令で、俺達は地獄を見たんだ」
私は再び中尉の腰から剣を抜くと、一人目の股間を下から上に振り抜いて斬る、そして二人目の股間に剣を突き刺す。
「お前達の言う通り、国家への反逆は死罪だ」
「しかし慈悲だ。命だけは助けてやる」
股間を切り裂かれた二人の兵は絶叫を上げながら、傷口を押さえて地面をのたうち回る。
「中尉。すまない。お前の剣を汚してしまった」
「小隊! 気を付けぇ!」
私は闇夜を切り裂く裂帛の号令を出すと、この盗賊になりかけた集団が一斉に直立不動の姿勢を取る。
「お前達は無事に私を見つけた」
「原隊に帰るぞ」
「中尉。宜しいな」
「はっ。連隊長」
私の存在と目の前でのたうち回る二人の絶叫は、自分たちが骨の髄まで兵隊である事を呼び起こさせたようだった。
強制徴募された人民とは言え、あの王国軍との戦闘は共和国軍人という拭い難い意識を植え付けたようだった。
苦悶の絶叫を聞きつけた村の家畜が騒ぎ出す中、私はこの中尉に案内させて、自分の連隊へ向かって歩き出した。
私へ呪いの言葉を投げかける二人の声が風に流されて次第に消えていく。
私は女を利用してこの事態を乗り切る必要もなかった。
私が女を利用しなければならなかったのは、やはりあの男だけ。
「アクティム・ヴァシュリンガー……」
私に触れていいのはあの男だけだ。
胸を手の平で被して隠す。
動悸が激しかった。
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次回 弱き者 ソチェニ
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