◇27 平時など存在しない(ザア・イズ・ノーアブセンス)
【城壁外街 宿場】
【戦勝記念式典翌日 朝】
【うたうもの】の食事を初めて見た。
レディ=マホとイルチの食事は俺達と殆ど変わらなかった。
パンも食べるし、野菜も食べる。果物も食べる。虫も食べる。
そして肉や魚はヌワのような一部の【うたうもの】しか食べないそうだ。
俺達と何ら変わらない食事。
違いと言えば火を通したものは食べない。
聞けばパンも出来れば原料の麦のままで食べたいそうだ。
虫は出来れば火を通してもらいたいと思う。
俺がフォークに刺した足と頭はもがれた煮つけの昆虫を見て思う。
魚も肉も虫も動いている姿で食べたくはないな。と。
戦地と違って朝食の種類は豊富だった。
俺は温かく、味付けの豊かな食事を楽しんだ。
イルチなどは、どこに入るんだというような量をかき込んでいる。
「私の体はいかがでしたでしょうか?」
いつもは微笑むか悲しみの顔しか見せないレディ=マホが突然の会話を始める。
「ゲホッ。ゲホッ。ゴホッ」
「……すまない」
「なんだって?」
「役目を果たして貰えないので、私の体がお気に召さないのかと思いました」
「い、いや……」
「軍務で忙しいだけだ」
誤魔化しで食事をかき込もうとするするが手を止める。
「ただ……」
「はい」
レディ=マホが真剣なまなざしを俺に向けてくる。
イルチなどは机の上に身を乗り出している。
「【うたうもの】は卵で生まれるとレディ=マホに教えて貰った」
「卵から孵れば自力で動けると思うのだが、その……胸があるんだなって」
レディ=マホが目を輝かせる。
「触ってみますか?」
「え?」
「あ、いや、いい……」
思わず胸の谷間を晒すドレスに目が落ちる。
それに気づいて姿勢を正す。
どうしてイルチが嬉しそうなんだ。
「人間とは違いますが、母乳が出ます」
「確かに生まれた子供は大人と同じものを食べられますが、それでは足りない栄養を補充してあげる為です」
「人間と同じです」
「なるほど……」
「勉強になった」
「人間の様に柔らかくはありませんが、この砂が詰まったような感触を好むご主人様もいました」
俺はレディ=マホの過去に話が及んで止めた。
「そ、そうか。すまない。変な話を聞いた」
イルチが何故か俺を睨んでいる。
レディ=マホが初めて声を上げて笑う。
「ご主人様は何だか柔らかくなりました」
俺もレディ=マホの笑顔を見て破顔した。
「それは嬉しいな」
朝食は和やかに終わった。
今朝から戦争はどこか遠のいたように感じる一瞬だった。
そしてそう感じた事を直ぐに後悔した。
※
リンヴェッカーとシュールに相談する前に、宿場前の群衆を見ようと思って階下に降りた。
そして広間の隅に一人座るソチェニを見つけた。
俺はソチェニに声をかけようと一歩を踏み出す。
そして肩に手をかけられる。
振り向くとホリオンだった。
「やめられた方が良いかと思います。ヴァシュリンガー様」
「なぜだ?」
「あのプレブ家の者で、息子の消息を尋ねてきた男が死にました」
そうだ。
俺が突き放して失神した中年の男。
男手一つで赤子から育てた息子を徴発された父親。
ソチェニが介抱していた筈だが、見当たらない。
「なぜ?」
「死ぬような要因はないだろう」
「病か?」
「首を吊りました」
なんだって?
俺は言葉を失った。
「今は自分で克服できるようにそっとしおく方が宜しいかと思います」
「恋人でもいれば別かもしれませんが」
俺も納得する。
「そうだな」
「ジアルマタも姿を消しました」
「昨晩から見当たりません」
ノイシェーハウの領民になるんじゃなかったのか?
俺は更に打ちのめされた。
「群衆に混じって我々を伺うものがいます」
俺は戦場から離していた心を取り戻す。
窓から片目で群衆を伺う。
「突き止められるか?」
「難しいです」
「こういう仕事は薄暗い仕事をしている本職ではないと無理です」
「そうか……」
俺は背中に短剣を突きつけられたように身震いする。
ここも戦場だ。
ただ形が違うだけだった。
「ご主人様」
俺の上着の裾が引かれる。
イルチが俺の裾を引いてくる。
窓から身を隠すと広間の奥にいるモニオムを見る。
「どうした?」
モニオムに声をかける。
「恐らくマリーエンロッゲンの裏方と思われます」
「他家の裏方も何人か見た覚えがあります」
「なるほど」
「狙いは何だろうか」
「俺か?」
ホリオンが興味を掻き立たれている。
「狙いは私とコルネスティ。そしてご主人様と思われます」
「マリーエンロッゲンの秘密が漏れやしないか。という事か」
「隙があれば俺達を殺そうとするかもしれないな」
「はい」
「俺にはヌワがいる。イルチ。レディ=マホに伝えてくれ」
「【うたうもの】でモニオムを守るんだ」
「意味は分かるな」
イルチは真剣な眼差しで頷く。
そうだ。
俺は間接的に【うたうもの】を支援しているに過ぎない。
直接守り抜いたのはモニオムだからだ。
「コルネスティはホリオンが守ってくれ」
「ヴァシュリンガー様の護衛騎士ですからね」
「宜しく頼む」
人の醜い部分を曝け出す殺し合いは、本当に醜い部分を曝け出した。
今度は暗殺に怯えなければならなくなった。
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次回 【マム】と【冒険者】
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