◇22 上屋敷 道程(ロード)
【王都城壁内・ノイシェーハウ上屋敷】
【戦勝記念式典当日 夜】
既に日は傾き。夜の帳を下ろし始めていた。
俺は耳を疑っていた。
俺の童貞がなんだって?
大お婆様が手を振ると、一番末席の従僕が扉を開ける。
一列になって今度は違う仕事着を着た一団が入って来て、護衛騎士の後ろに並ぶ。
「こっちに来なさい」
大お婆様の手招きで、ノイシェーハウ一族の前に並ぶと、周れ右をして俺を向いた。
俺を見ている従僕は全部で6人。
中には【うたうもの】とは違う、亜人と思われる従僕もいる。
黒と白の色調は変わらないが、意匠も布地も簡素な仕事着を着ている。
そして皆若かった。
歳が行っている者でも、【母上】位だ。
しかも10代に届いてなさそうな子も一人いるぞ。
「ノイシェーハウの一族の者が未だに童貞など恥ずかしい」
「選びなさい」
なんだって?
俺の筆下ろしを母親を含む衆人環視の中で、6人の従僕の中から選べと?
「どういう事ですか?」
俺は知らない約束を取り繕う事も忘れて、問い返す。
「普通は貴族の男は、乳母がそれとなく筆下ろしをしておくものだが、お前の乳母はコレだ」
大お婆様が俺の母親たちへ手を振る。
固い顔を崩さない【母上】パッサイル大佐。しかし耳を真っ赤にしている。
つまらなさそうな顔をしている黒装束【マム】。
「女を抱けば、戦場の事も忘れるさ」
にやにやしている会社の【母さん】。
そして
「まさか戦場で童貞を捨ててきたの?」
と心配そうな顔をしている【お母様】。
一体俺の何を心配しているんだろうか。
「しかし……だから使用人を使うというのは……」
「彼女達の意思もありますし」
恥ずかしい様な、整理出来ない変な気持ちが胸に溜まって、シドロモドロになる。
「何寝ぼけた事を言ってるんだい」
「全員、お前が選んだお前の使用人じゃないかい」
「平民でも大貴族の仕事も出来るようにとかぬかして、雇おって」
口調の割にはとても楽しそうな大お婆様だった。
娼館のやり手の婆に見えなくもない。
「囲う為に平民の若い女を雇ったと思ったんだがね」
「この従僕は貴族とつながりを持つ野心があるんだよ」
「お前の筆下ろしをするどころか、お前の子を孕むのを望んでるんだ」
大お婆様がわざわざ歩み出て来て、一番年嵩の従僕の尻を叩く。
従僕達は部屋に入って来てから、真剣な表情を一度も崩さない。
「まあ、お前の子を産んでも、ノイシェーハウの族名どころかヴァシュリンガーの族名も認めてはやらないけれどね」
「それでも今までの暮らしよりかはマシだと思ってるだろうよ」
「ちゃんと生娘だと確認してある。他の種を孕んでると面倒臭いからね」
「し、しかし……」
前の俺は何をやってるんだ?
これほど自分自身で窮地を招くとか、無能なのか?
「お前の嫁はしかるべきところから持ってきてやるよ」
「今の内に女を学んでおきなさい」
飛んでもない話だぞ。
「今日だけは疲れを……」
大お婆様が席に戻りながら手を振る。
「だめだめ。だめだ」
「今までずっと屁理屈で煙に巻きおって」
「最初は男の方がいいのかと思ったが、男も断る」
「それも今日で終わりだ」
「それとも家畜の方がお前の趣味に合うのか?」
「もしそうだとしたら、今すぐヴァシュリンガーの名前をはぎ取るよ」
「そんな大切な事をみんなの前で……」
とても高齢の人間と思えない程、軽やかに椅子に座る。
「ノイシェーハウの末席に並ぶのなら、そんな平民の真似はやめなさい」
「王と王妃は領家の代表が見守る中で子作りをして、全領家に見守られて子供を産むんですよ」
俺から視線を外して、つまらなさそうに命令する。
「ほらひ孫の護衛騎士。部隊の残りはガンメリンと協力してやりなさい」
「アクティムは童貞を捨てるまで帰らない」
「昼間は軍務で報告をしても宜しい。しかし夜は禁止だ」
「はい」
リンヴェッカー達が一礼して下がろうとする。
「リンヴェッカー。外で待っててくれ。俺からも指示がある」
このままでは孤立無援になってしまう。
非常にまずい事態だった。
「明日お伺いいたします」
リンヴェッカーの無情な返答が帰ってきた。
そして、俺を残して撤退した。
この大お婆様はそれほどまでの実力者なのか。
またも俺は取り残された。
「さぁ。選びなさいな」
俺と俺に従うものを、小指も動かさず滅ぼせる実力者が、俺に決断を促す。
俺は目の前の6人の従僕を順にみる。
俺が雇った従僕。
記憶にない。
そして順に母達を見た。
【母上】
【マム】
【母さん】
そして【お母様】……は俺にウィンクを送ってきた。
救援か!
俺は【お母様】に期待する。
「まあまあ、大お婆様」
「息子が大人の男になる前に、家族で生還を喜びたいと思います」
この窮地を救う特大級の救援だった。
この実力者の決定を覆す事が出来るのは、実力者の血族だ。
助かった。
俺の知らないものに、更に情報を握られるのはどうしても避けたい。
俺には偵察の時間が必要だ。
「アクティムも戦塵を落とさなければなりませんし、身ぎれいになりましょう」
「お風呂にでも入って」
「是非、そうしたと思います」
俺は包囲網を突き崩すべく、外側からの攻撃に呼応して内側から突破を図る。
「お母様が一緒に入ってあげる」
味方と信じたその【お母様】は敵戦力だった。
「は?」
「家族の団らんよ」
「小さい時良く一緒に入ってたじゃない」
「え?」
「家族の団欒なら、私たちも加わらないとな」
「お前たちも今日時間あるんだろ?」
会社の【母さん】がやはりにやつく。
「母さん」に問われた【母上】の体が震える。【マム】は頷いていた。
「お前たちもしっかり給仕するように」
俺の従僕が大お婆様へ向くと一礼して部屋から出ていった。
「アイヒェン、いよいよ食う気か?」と【母さん】
「最初から色目で育てていたものな」と【マム】
「あいつだけ子育ての動機が不純だったな」と【母上】
「お前が言うな」と【母さんとマム】
俺の母達が、大お婆様に一礼して無駄口を叩きながら退出する。
上座にいた【お母様】が俺と腕を組む。
「アイヒェン。お前、よその種を持ってきてないだろうね」
大お婆様が面白そうに俺の【お母様】に問う。
「大丈夫です。生娘です♪」
絶体絶命だ。
俺はアイヒェンと呼ばれた「お母様」に腕を引きづられて部屋から出る。
大叔父を見ると、俺に色気のある敬礼をしていた。
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次回 上屋敷 4回目の命
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