◇20 上屋敷 俺(アイ・アム)
【王都城壁内・ノイシェーハウ上屋敷】
【戦勝記念式典当日 夕】
俺は未知の世界へ一歩を踏み出した。
取りあえず、散々見た軍隊式の敬礼で主人であろう曾祖母に挨拶する。
「ただ今帰りました。ドロッセル様」
「そんなにかしこまらなくていいよ。それにもうお婆ちゃんとは呼んでくれないのかい?」
ドロッセルを否定しなかった。
まずは賭けに勝った。
この賭けは容易かったが、返されたものは非常に難しい問いだった。
俺はお婆ちゃんと呼んでいたのか。
罠であっても素直に受け取る事にした。
「大お婆様」
「祖父よりお預かりしていた、シュラーとツム。クライナーを死なせてしまいました」
「そしてノイシェーハウの兵を無数に死なせてしまいました」
「全て私の責任です。お詫び申し上げます」
部屋の中が静まり返る。
そう、生きて帰って来なかったものもいるのだ。
大お婆様が目を細めて俺に優しい視線を向ける。
「なるほどね」
「もう子供じゃないという事かい。わかったよ」
「戦争とは残酷だね。あの子達と一緒に可愛い坊やは永遠に失われてしまった訳だ」
「十分自責しているんだろう?」
「ならそれでいいじゃないか」
「大人であるならば、この場に相応しい姿があっただろう」
「お前もそうだが、執事は何をしていたんだ」
若者が一歩前に出て、俺に嫌味を言ってくる。
俺の失点を探しだすかのような、ネットリとした視線を感じる。
「ガルテン」
「これが戦場にいた者の姿だ」
「戦地にいただろうが、戦ってない俺やお前の服とは違う」
ビルゲン大将がガルテンという若者を嗜める。
そのガルテンは振り向くと公然と反抗する。
「父上。我々も共和国の平原で戦いました」
なるほど、大叔父の息子か。
すると俺にとっても叔父になる訳か。
「直接、敵と剣を交えたという意味だ」
「アクティム。本当によくやってくれた」
「ノイシェーハウの兵の死については、俺が背負うべきものだ」
「一人で気負うな」
キャンキャン鳴く叔父のガルテンを無視して俺に声をかけてくれる。
「ありがとうございます。大叔父様」
俺はビルゲン大叔父に頭を下げる。
そして俺は新しい呼び方をここで確定させる。
他人行儀だろうが、俺はここで1から人間関係を作らなければならない。
安易な親密さは身の破滅を招く。偵察を繰り返して、ゆっくり接近するしかない。
大お婆様が再び口を開く。
「リンヴェッカーも良くアクティムを守ってくれた。お礼を言うよ」
「そしてお前の祖父は気の毒だった」
「私も悲しいよ。後で思いっきり泣いてやんな」
「慰めが欲しかったら、私が一晩付き合ってやる」
「お前の祖父の話をたくさんしよう」
俺の後ろでリンヴェッカーが頭を下げる。
「ドロッセル様。お心遣いに感謝します」
「ヴァシュリンガー増強中隊が解散となりましたら、お付き合いをお願いいたします」
「今は不在としていますが、ヴェークとシュールも一緒でお願いいたします」
「祖父には可愛がられておりました」
「あの機械好きとお調子者かい? いいよ。素直な子は気持ち良いね」
「それで、アクティム。お前が見つけた新しい仲間を紹介しておくれ」
俺は頭を下げると、後ろに控えている仲間を紹介する。
「はい。大お婆様」
「コルネスティ・ピシュキア」
「元マリーエンロッゲン王国軍総裁の護衛騎士で、マリーエンロッゲン軍へ増援と補給を要求した際に、私を援けてくれる事になりました」
「今は私の護衛騎士です」
「お目にかかれて光栄です。ドロッセル様」
コルネスティが歩み出て、差し出された左手に口づけをする。
「何度か舞踏会と小会議の廊下で見ているね」
「これからひ孫の事を頼むよ」
「必ずお守りします」
コルネスティが俺のいる位置まで戻ってくる。
それを合図に次を紹介する。
「モニオム・ビストラ」
「元マリーエンロッゲン王国軍将校で今は皆が亜人と呼ぶ、この【うたうもの】との橋渡しをしてくれています」
モニオムも進み出て、手に口づけをしようとするが、大お婆様に手で制止される。
「お前は確かマリーエンロッゲンの裏方をしていただろう」
「まさかここで私をズブッと刺したりしないだろうね」
「あの男がお前さんを手放す事は考えづらいんだがね」
モニオムはそんな汚れ仕事をしていたのか。
そういえばマリーエンロッゲンが【うたうもの】を嬲り者にする為に連れているところを接収した。
それすらも計算の内だったのか?
「おっしゃられる通りです」
「どうして私の情報を持っているのか、驚きを隠せません」
「私自身、アクティム・ヴァシュリンガー―様以外から信用を必要としませんが、ご主人様と【うたうもの】の立場が確保されるのであれば、何でもいたします」
俺と大お婆様の中間という中途半端な位置で、モニオムは片膝を付く。
「つまりこれからお前はひ孫の為に暗い仕事をする訳だ」
「ご主人様と【うたうもの】の為にです」
「こりゃ驚いたね」
「マリーエンロッゲンの裏方が仕える相手を変えるなんて聞いた事がないよ」
「では、ひ孫を信じるとしよう。私もお前の信用はいらないからね。好きにするといいさ」
大お婆様は大げさに仰け反ると、枯れ木の様な手をヒラヒラさせる。
「ありがとうございます。ドロッセル様」
モニオムの過去と決意に俺も改めて驚かされた。
これは恐らくレディ=マホがこの男を変えたのだ。
モニオムは立ち上がって俺の位置まで下がって来る。
「そしてそのでっかい【うたうもの】は?」
大お婆様が目をキラキラさせて、椅子から身を乗り出す。
「はい」
「ヌワ・シイ。私の護衛騎士です」
「そうかいそうかい。自分で護衛騎士を手に入れたんだね」
「あたしの言葉はわかるかい?」
大お婆様がヌワを覗きこむ。
モニオムがヌワに通訳する。
そして金属音のような声が帰ってきた。
「主人とモニオム以外となれ合うつもりはないそうです」
大お婆様の笑い声が部屋に響く。
「頼もしい仲間が出来たもんだ」
「確かにもうあの可愛い坊やじゃないね」
「安心しな、ノイシェーハウも【うたうもの】を守ってやる」
「少なくともあたしが死ぬまではね。約束するよ」
モニオムが通訳すると再び金属音が返って来る。
「貴方は主人の主人なのかと聞いています」
「そうだよ」
大お婆様が断言する。
勿論、奴隷と主人という意味を含めて。
相手の会話に合わせている。
ヌワがその場にかしづいた。
大お婆様は手を振ると、モニオムがヌワを立たせた。
俺はここに来ていない仲間の事も告げる。
生き残るにはノイシェーハウ家の後ろ盾が必要だ。
「他にも協力者が二人おります」
「一人は元マリーエンロッゲン王国軍総裁の護衛騎士。貴族との関わりを拒否していますので、名を明かせませんしここにも連れてきていません」
「ノイシェーハウの民になる事を望んでおります」
肘掛けに肘を置いて顔を支えて聞いていた大お婆様が、視線を逸らすことなく、使用人に命令する。
「いいよ。後でガンメリンに教えてあげな」
「ガンメリン。ひ孫の恩人を頼みますよ」
「かしこまりました。ドロッセルお嬢様」
壁の揃う使用人の一番先頭の老紳士が恭しく頭を下げた。
このガンメリンがフェヒターの上司か……。
「ご配慮ありがとうございます」
「そしてもう1人は、ソチェニ・プレブ」
「私の中隊の監視をしているところを保護しました」
「今は、自領民の介抱をしていて、連れてきていません」
途端に大お婆様の顔が曇った。
「プレブ家の人間か……。色々と邪魔されなかったのかい?」
「いえ。大きな援けになりました」
「ノイシェーハウの兵を必死に助け、死に涙した男です」
「野生動物が潜む森の中で、共和国軍から死傷者300をたった25名で守り抜きました」
「その指揮をした男です」
「プレブ家も色々なんだねぇ」
大お婆様がビルゲン大叔父を見上げる。
「確かに我々の監視を目的とした領家軍でした」
「敵と言っても差し支えないでしょう」
「それを仲間にしたのは、アクティムのチカラでしょうな」
ビルゲン大叔父が俺に笑顔を向ける。
俺はその笑顔を素直に受け取った。
「私たちは一時的に個人的に同盟を結びました」
「そしてその同盟はまだ破られていません」
「なら、その一時的で個人的な同盟を長続きさせたいね」
「後で必ず会うよ。ノイシェーハウにとっても重要だ」
「はい」
「ん。じゃあ私は終わりだ」
「後は母親にでも挨拶するんだね」
一番の山場が来た。
俺は大お婆様の右側に立つ女に挨拶をするべきか。
それともパッサイル大佐に挨拶をするべきか。
この賭けに勝たなければならない。
負ければ今までの流れが消える。
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次回 上屋敷 母達
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