◇18 上屋敷(セカンド・レジデンス)
【城・マリーエンロッゲン控室】
【戦勝記念式典当日 夕】
「ノイシェーハウの孤児め……」
マリーエンロッゲン用の控室で椅子に座りながら、果実酒を呷る。
この部屋の主が不機嫌とあっては、夫人を始め子供も使用人も護衛騎士も黙り込むしかなかった。
式典を持ってかれたのはまだいい。
あの王太子が一番最初に情けない姿を晒したのは面白かった。
これで王太子の株が下がるのは悪い事ではない。
ただ、亜人を仲間に引き入れ、戦死者の骨を持って帰ってきたのはまずかった。
これでは、ノイシェーハウ以外の家は戦死者を捨ててきた事になる。
事実、ごみ同然だから捨てる事に違和感はないが、平民はそう思わないだろう。
城壁外街での騒ぎも聞いた。
戦勝には犠牲がつきものだ。だから記念式典に民衆は酔った。
しかし、その後こっそり悲しむべきものをあの孤児は表に引きずリだした。
表に出た感情はこれからはけ口を求める。
マリーエンロッゲン家の為に、これからどう取り返すか。
「共和国に連絡を取るか」
漏れた一言に、室内の注目が集まる。
先の懲罰戦争を企画した人間が、共和国と連絡を通じている。
血と汗と涙を流したものが聞けば、裏切りの言葉として目を剥くが、この部屋の人間はなんとも思わない。
「後は……あの孤児とノイシェーハウだ」
あの南方の野蛮人どもには、更に共和国と戦争して貰わなければならない。
それには狂犬の様なあの孤児が役に立つだろう。
※
【王都城壁内・ノイシェーハウ上屋敷】
【戦勝記念式典当日 夕】
執事のフェヒターと俺。そしてシュールを除くヌワまでも含めた護衛騎士が宿場の裏口を抜けて、城壁外街を進んだ。
【うたうもの】の面倒も見て貰いたかったが、これからの【うたうもの】を考えれば、後ろ盾になるかもしれない人物には面通しをしておいた方がいい。
ソチェニはあの中年の男を介抱する為に残った。
そして俺達は城壁内の貴族街へと出た。
ここがそうか。
王の街道沿いにあると思っていたその屋敷は、城壁内の街道から脇道に抜けたところにあった。
城壁外に比べれば、比較するのもバカらしくなる位大きな屋敷を備えた建物が続く。
そしてその屋敷すら比較にならない程の広大な土地の中に、ノイシェーハウの屋敷はあった。
高い塀に囲まれ、門から広大な庭を抜けて上屋敷を始め幾つかの建物が屋根付きの通路でつながっている。
尖塔こそなかったが、その広さは小隊同士が演習を行えるほどの広さがある。
門からしばらく行ったところまでは、茂みで見通しが取れないが、そこを抜ければ庭と建物の全てが見渡せた。
内部の情報を与えず、外部からの情報は全て手に入れられる構造をしていた。
これ程までに外部を警戒する。
自分の性格に似ていて、好感が持てたが、ドアマンで全てがひっくり返る。
そしてこのドアマンを含め、俺は全てにおいて覚えていない。
本当に初めてくる場所としか思えない。
「ヴァシュリンガー様です」
フェヒターが通ろうとすると、済まなさそうな顔をしたドアマンが扉に手の平を当てて、拒否する。
「フェヒターさん、ご存知かとは思いますが、ヴァシュリンガー様の身なりを整えてからお願いできますでしょうか」
老年のフェヒターに比べれば、ドアマンは小僧と言ってもいい年齢。
それぞれの職務を忠実に遂行するが上に、使用人同士で衝突していた。
「ドロッセル様のお招きです。これ以上ドロッセル様をお待たせするのは宜しくないかと」
フェヒターは元来腰の低い性格をしているのだろう。
執事であれば、ドアマンの遥か上を行く階層にいるのだが、丁寧語を使っている。
「それはわかっています。しかしながら、ドロッセル様へお通しするには不作法かと思いまして」
「ヴァシュリンガー様のお屋敷でお着替えをされてからでは如何でしょうか」
「ドロッセル様には私たちドアマンから伝えます」
若者は一途な任務に固執していた。
普段ならばここでフェヒターが何が重要か先輩として教えるのだろう。
しかしそのフェヒターの余裕を奪っている確信はあった。
俺は一歩前に出る。
「それは俺達が今までやってきた事を否定している訳か」
「随分な侮辱だな」
「そういう訳では……、しかしながらドロッセル様のご不興を買わないように、心づもりを申し上げた次第で」
俺はそのドアマンが言い終わらない内に、詰めよる。
腰の剣を抜いて、そのドアマンの腹に突き立てる。
「ヴァシュリンガー様!」
フェヒターとリンヴェッカー達護衛騎士が色をなして、制止の声を俺にかけてくる。
俺の剣の圧力から逃れる為に、ドアマンが下がって扉に背中を付ける。
しかし、俺はそこから更に剣の圧力を増す。
若者に恐れの色がなかったといったら嘘になる。
その表情は突きたてられた剣に対して確かに恐れていた。
しかし、その目は使命を優先して譲る気のない目をしていた。
だが、俺は圧倒的強者で、その若者は圧倒的弱者だ。
そして俺はそんな事を少しも気にしない。
「いいか。俺はこれから二つの内一つを選ぶ」
「お前を殺してドロッセル様に嫌がらせをするか」
「お前が素直に通して、ドロッセル様に嫌がらせをするか」
すでに後退するスペースのないドアマンが、服を切り裂いて体にめり込んでくる剣の感触に体を震わせながら答える。
「ならば、お通しする訳にはいきません」
俺は更にチカラを込めて称賛した。
「お前は素晴らしい忠誠心の持ち主だ。称賛する」
「しかし残念だ」
「俺が王都に入る前、守備兵を殺して入ってきた事を知っているか?」
「俺は、俺達を侮辱するものを許さない」
「私は職務を忠実に遂行します。たとえそれがヴァシュリンガー様にとって、些細な事でも、侮辱しているという誤解を招いても」
「譲る事は出来ません」
「いい覚悟だ」
「ヴァシュリンガー様!」
フェヒターと護衛騎士の制止が俺の背中にかかる。
実は、俺はこのドアマンに好意を抱いていた。
自分が寄るべきものは使命。
例え他人からしては愚かに見えても、それをなす。
人生をかけている証拠だった。
俺と同じように。
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次回 上屋敷 謁見
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