◇16 戦勝記念式典 民衆の思い(ピープル・ソーツ)
【首都 外壁街】
【戦勝記念式典当日 昼】
俺は目の前の群衆から目を離さないまま、報告を聞いた。
リンヴェッカーが鎧を鳴らしながら駆け寄って来る。
「よく橋の上で阻止してくれた。感謝する」
「地理を教えてくれ」
「はい、ご主人様。この道は袋小路です。」
「突き当りと側方に大きな宿場があります」
「宿場は裏口に扉がありますが、表口を見張れば群衆を阻止する事が出来ます」
「川には艀がありますが、全て接収しました」
「それは本当に幸運だったな」
「いざとなればその宿場を接収すれば、籠城する事が出来るか」
「【うたうもの】は最奥に、その前に重傷者と遺骨の馬車を並べております」
「わかった。リンヴェッカー。お前はその宿場を接収しろ」
「モニオムとソチェニ、ジアルマタ、【うたうもの】に協力してもらって、重傷者を宿場内に移送して休ませろ」
「指揮はコルネスティ。お前は帰ってこい。お前が必要だ」
「あとシュールを呼べ」
「はい。ご主人様」
弾けるようにリンヴェッカーが駆ける。
「ホリオン!」
「ヴァシュリンガー様」
ホリオンが参謀を伴って駆け寄って来る。
「ホテル前まで俺の合図で後退する。予備隊作れ。宿場の中に配置しろ」
「ノイシェーハウ本隊に救援を出す。それまで籠城するぞ」
「弓兵を中心に予備隊を作ります」
「武装馬車で壁を作ります」
「俺達の後ろにな。頼む。」
「武器を見せないようにな」
「承知しました。ヴァシュリンガー様」
群衆はまだ剣を抜いたままの兵を見て前進を始めていない。
「ご主人様」
シュールと小隊の20名が駆け寄って来る。
もう一心同体だな、と感じる。
なんでも仕事が早い。
兵の心を掴むのも早いのだろう。
「シュール。【うたうもの】を守ってくれてありがとう」
「美人がいますからね」
「あれはモニオムが懸想しているから手を出すなよ」
「ご主人様の夜の相手だと思っていましたが?」
「俺にそんな気はないよ」
「女を泣かせるのは良くないですね」
「心に留めておこう」
「でだ。川に艀がある。小隊を伴って対岸に渡って宿営地のノイシェーハウに救援を求めろ」
「可能ならばお前が率いて来い」
「俺達はここに籠城する」
「まあ、相手は万を超えますからね」
「了解です。ご主人様」
「頼む」
シュールは色気のある敬礼をすると小隊に集合をかけた。
「さてと……」
「ホリオン、剣を納めてゆっくり後退だ」
ホリオンの命令通り、剣は一斉に納められ、盾を構えた兵が多重に並んで強固な壁を作る。
俺は正直ノイシェーハウの兵に舌を巻いた。
これだけの群衆を相手に恐怖すれば、どうしても武器が欲しくなる。
それを逡巡なく、剣を納められる兵の訓練された資質に驚きを隠せない。
ここで一番ビビってるのは俺なんじゃないか。
そうとすら思えてくる。
ここで剣を突きだせば、まだ平衡を保っている暴徒の不満は一斉に俺達に向けられる。
ここまで逃げてくるのに、殴られたり怪我をしている奴もいるだろう。
この混乱は目立つ俺達の責任にするのはたやすい。
この街中でどうやって部隊を生かすか。
市街戦など要因が多すぎて、俺の頭では回らない。
※
長い睨み合いが続く。
ある意味動きが無いのは助かった。
群衆の興奮も次第に落ち着いてきているような気がする。
「亜人を出せ!」
静寂を破って、一人の男の声がする。
「そういう事か……」
俺はこの群衆が俺達に詰め寄る意味が分かった。
瞬間的に全身の血が沸騰する。
群衆の一部がざわざわし始める。
このままにはしておけない。
早く決着を付けなければならない。
「誰だ! 出て来い」
俺は兵の盾の壁から身を乗り出して群衆の間に出る。
遅れてリンヴェッカーとヌワも出てくる。
「身を隠さないと言葉も出せない臆病者なのか!?」
一瞬、群衆の怒りのボルテージが上がるが、直ぐに下がる。
声を出した男が出てくるかどうかの興味が勝り始めているのかもしれない。
「亜人は我々の協力者であり、共和国からこの王国を守り抜いた仲間でもある」
「亜人への一切の攻撃は我が舞台への攻撃とみなして、即座に反撃を行う」
「その覚悟があるのなら、叫ぶがいい」
「俺が相手になろう」
俺が剣を抜くと、人垣が一斉に1、2歩下がる。
そして石垣が割れると、一人の中年が現れた。
麻の服は薄汚れ、木靴が欠けてすり減っていた。
「先ほどの声はお前か」
見るも震えているその中年の男は、長年の労苦が皺として顔に刻み込まれ、痩せている肩を震わせていた。
「そ、そいつら亜人は王国の敵だって言うじゃないか」
「亜人のせいで帰って来ないものが山ほどいるんだ」
「貴族様の仲間だなんておかしいじゃないか」
「彼らのお陰で我々は全滅を逃れた」
「10倍に値する敵と共に戦い抜いた」
「彼らがいたから死んだ仲間も連れ帰る事が出来た」
俺は剣を納める。
「帰って来ないんだ。みんな帰って来ないんだ」
「あんたらやくざな貴族が始めた戦争に、勝手に連れていかれて、みんな帰って来ないんだ」
「そ、そいつらを血祭にあげなきゃ、き、気が収まらねぇよ」
中年の男は震える腕をあげて、盾の奥にいるであろう【うたうもの】を指さす。
後ろの兵の隊列が割れる気配がする。
振り向くと、旗衛隊が掲げている筈のヴァシュリンガーとノイシェーハウの旗を掲げて、レディ=マホとイルチが歩み出てくる。
「危険だ。帰れ」
「ご主人様だけを危険な場所に置いておけません」
「私たちはご主人様と共にいる訳ですから」
レディ=マホとイルチが男と同じように震えていた。
「人間の真似をして……」
「お前の家族も帰って来ないのか?」
俺が中年の男に問いかけると、突然くしゃくしゃの悲しみを湛えた顔になる。
「息子が……。息子が返ってこないんだ……」
「戦争が終わったっていうのに……生きてるか死んでるかもわからないんだ……」
それで息子の情報を求めてここまで来たわけか。
「なぁ、貴族様よぉ。息子の事を教えてくれよ。なんでもいいから、どんな情報でもいいから。教えてくれないか?」
「あんたらさっきまで戦争に言ってたんだろぉよぉ」
男が少しづつ歩み寄って来る。
俺達を取り囲む群衆は物音ひとつさせずに、俺とこの中年男のやり取りを聞いている。
「そこで止まれ」
「そうだ……これ以上来るな」
「どこの貴族のものだ」
「プレブ家でさぁ。俺はプレブ家から来たのさぁ」
「ではプレブ家に問い合わせろ」
「聞きましたよ。もう何度も何度も何度も」
「でも俺みたいな百姓の相手なんかしてくれませんよ」
「誰も何もわからない。あきらめろだなんて」
「俺の領地の者なのか」
聞きつけたソチェニが俺の隣に並ぶ。
「あいつは……あいつは……あいつが生まれた時に妻が死んで、俺が……俺が、こんな、こんなちっちゃな時から、俺が育ててきたんでさぁ」
両腕で赤子を抱く真似をする。
「男にゃ子供は育てられんって言われても、必死に、必死に大きくしたんでさぁ」
「たった一人の家族を……たぁった一人の子供を、戦争に行きたくないっていうあいつを、……首に縄付けて、家畜みたいに連れていって、それで後は知らんなんて」
「こぉんな。こんな事って、こぉんな事ってあるんしょうかい?」
「貴族様よぉ。貴族様よぉ。あんたらは本当に同じ人間なんですかい」
「どうしてこんなひどい事を……」
「なぁ。頼みます。頼みます。お願いします」
男は地面に崩れ落ちて、額を石畳にこすりつける。
「戦争に連れていったなら返してくれ。息子を返してくれよぉ」
「次は息子じゃなくて、代わりに俺が戦争にいくからよぉ」
「お前では兵にはなれないな」
「おい!」
ソチェニが俺の肩を荒々しく掴む。
「遺骨の名簿を持ってこい」
「調べよう」
「名前を教えろ。期待するなよ」
ソチェニが弾けるように馬車へ戻る。
崩れた男は嗚咽と共に、聞き取りづらい名前を告げる。
そして直ぐに分厚い書類が持っくる。
俺はソチェニに名前を告げて調べさせる。
しばらく無言の時が過ぎ、男の視線がソチェニに注がれる。
静かにソチェニは頭を横に振った。
「残念だが、我々ではお前のチカラになれない」
「待てヴァシュリンガー。まだ重傷者の名簿がある」
「それはダメだ。周りを良く見ろ」
「俺達が運んできた戦死者。そして重傷者の数を合わせてもこれだけの人数を満足させる事は出来ない」
「下手に希望を持たせると、全ての責任を俺達が被る事になる」
「その責任の取り方は、怒れる民衆によって血祭にされる。だ」
「お前は鬼か!」
「あの男は! あの男はただ息子の行方を知りたいだけなんだぞ!」
「俺には関係ない」
「な……」
「お前の家と領民の問題だろ?」
「俺に責任を取らせるんじゃなくて、お前がどうにかしろ」
「息子を使い捨てたのはお前の家なんだぞ」
俺はソチェニに冷たく言い放つと、男に向き合った。
「我々はご子息の情報を持っていない」
「他を当たってくれ」
中年の男はしばらく放心したと、失神して倒れた。
ソチェニが俺に書類を押し付けると、その中年男の元へ走り寄った。
「貴族様……」
今度は女性の声が聞こえた。
俺が目を向けると、群衆から踏み出した老夫婦が立っていた。
麻の前合わせの服。薄汚れたエプロン。男の方はもう少し身だしなみが良く、今日の式典に合わせて一張羅を用意したのだろう。
しかし二人とも足元は木靴だった。
戸惑うしぐさを見せたが、意を決して更に俺の前へ一歩進み出る。
「貴族様……」
「申し訳ございませんが、ブルネン・バーンホーフという若者を知りませんでしょうか?」
「この度の戦に出征した私の息子でございます」
「歳は22で、金色の髪をしております」
「どこの部隊に?」
「ノイシェーハウ家の軍隊です」
「連絡は?」
「ありました。し……死んだって……うう。ううううう」
口に手を当てて泣き出す老婦人を夫が両肩に手を当てて支える。
「だとしたらなぜ、我々に?」
「ひょっとしたら生きているかもしれない……。何かの手違いかもしれない」
「そう思うのが親って言うものではないでしょうか」
老紳士が代わりに応える。
出てきたリンヴェッカーが俺の手から書類を受け取り、名前を探す。
「ありました。遺骨もあります。初めて塹壕を掘って敵を待ち伏せした時に出た20名強の戦死者の内の1人です」
「……そうか」
俺が初めて記憶を持ったあの日。
俺が状況もつかめず、シュラーが代わりに命令を出した最初の戦闘。
責任者はどこだ、と戦場から逃げたがっていた時の戦闘。
そこで死んだ兵の両親か……。
いや、今でも逃げたいのは変わらないか。
「木箱を持ってこい」
リンヴェッカーが兵に命令を告げると、老夫婦の期待に満ちた目が俺に向けられる。
俺は努めてそれを無視した。
そして兵一人が木箱を運んでくる。
俺が頷くと、俺と老夫婦の間に置いた。
怯えるようにその箱を見る老夫婦。
「あ、あの……これは……」
「ブルネン・バーンホーフは私の指揮下、10倍するの敵兵力にあたり、その任を達成して王国を守り、戦死しました」
「重ねて辛い告知を聞かねばならない不手際をお詫びいたします」
「そして、ご子息の献身に感謝をいたします」
夫人が震えだす。
「この木箱は彼の遺骨が入っております」
「私が火葬に付しました」
夫人が座り込むと木箱に這って進む。
しかし夫人は木箱に触れる事を躊躇し、老紳士と顔を合わせるばかりだった。
俺は木箱の蓋を開けた。
夫人が恐る恐る手を入れて頭骨を抱きしめると、声もなく哭泣した。
長い長い間、声もなく泣いた。
俺達は自然と敬礼の姿勢を取り、その姿を見守った。
「貴族様……わしのせがれは……」
「貴族様……私の夫は……」
「貴族様……わたしの孫は……」
「貴族様……お父さんを……」
つぶやきが聞こえ始める。
俺達を取り囲んだ群衆は、出征し帰ってこない肉親を捜す民の群れだった。
顔を上げると道の向こうにどこまでもどこまでも続いていた。
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次回 宿場
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