◇11 戦勝記念式典 受閲部隊(インスペクション・オブ・コープス)
【王国 首都 検査の広場】
【戦勝記念式典当日 朝】
小太鼓のリズミカルな音。
管楽器が奏でる威勢のいい音楽。
軍楽隊の奏でる音楽は、魔法のチカラによって増幅され、どこからともなく街に溢れる。
その音楽をかき消す、石畳を叩く軍靴の音。
領家の中で最も金を駆けた礼装の軍服に身を包むマリーエンロッゲン軍。
閲兵の兵は最も数が多く。歓喜の広場への入場はノイシェーハウを除けば一番最後。
平民は誰が一番手柄を上げたのか、印象に残るのはマリーエンロッゲン家だった。
城壁の外の市街地と城壁内の貴族街には、ノイシェーハウ軍は遅刻という触れが出ていた。
これでノイシェーハウ軍が最後に入場してもマリーエンロッゲン軍が恥をかく事は無い。
服従の関から程なく行った内側に広がる検査の広場で待機して、先頭から王の街道を行進して歓喜の広場まで行く。
歓喜の広場に負けない広さを持つ検査の広場の最深部から移動を始める。
今まさに長い4列縦隊に伸びたマリーエンロッゲン2個中隊の先頭が王の街道へ侵入を始めた。
その煌びやかな堂々たるマリーエンロッゲン軍の第2中隊の中ほどまでが王の街道に入った時にちょっとした混乱が起きた。
馬車の車列を率いた旗衛隊が割り込んで来たのだ。
その旗衛隊を先頭に進む受閲部隊は、まるで戦闘行軍体形を組み、礼装も纏わず、亜人を従えていた。
旗衛隊の後ろを歩くだらしない男が笑みを向けてくる。
割り込まれたマリーエンロッゲン軍の兵は、想定を超える事態に上官を探すが、その肝心の上官は後ろで起こっている事態に気づかず、行進を続けて群衆の陰に消えていった。
受閲部隊には貴族しか参加できないとはいえ、2個中隊の貴族を揃えるには足りず、実際は地主階級まで動員されている。
そして上官を探した兵は地主の分家の分家で、殆ど平民と区別がなかった。
本当の地主階級は兵になる事はない。様々な抜け道があるのだ。
その不幸な平民は仕方なく行進の足を止める。
誰が大貴族の象徴。旗衛隊の進行を止められるというのか。
まず平民がそれを行えば、拷問の上死罪だ。
少なくともマリーエンロッゲン家の領地ではそうなる。
目の前を行く受閲部隊の一部は、服も破れ鎧も傷つき、贅肉が落ちて野生味を剥きだしにした兵が足取りも揃えず歩いていく。
しかしその顔は目だけが鋭く光っていた。
そしてそれに続く気力も体力も充実した空気を発散する兵。
更に寒村出身の兵は見た事もない亜人の隊列。
そんな亜人を従えている部隊に文句も言えようか。
自分の保身の為に足を止めたマリーエンロッゲン軍の兵達の目の前を、馬車の車列が通り過ぎる頃には、強烈な腐臭が襲ってくる。
どう考えても、割り込んできた謎の部隊が運んでいる馬車の中から漏れていた。
マリーエンロッゲン軍の受閲部隊に選ばれた矜持で嘔吐する事は避け得たが、これから王の街道で起こるだろう予想に身をすくめた。
※
【王国 首都 城壁外地】
【戦勝記念式典当日 朝】
封建国家にあって平民が気を晴らす機会は少なく、この戦勝記念式典は人生の中でも数少ない楽しみの場といえる位のイベントだった。
身分差が固定された社会は、代を経る後とに階層の低下を招く。
何故ならば与えられる高い階層は数が限られ、増える子孫は一部を除き必ずその階層にいられなくなる。
更に一番下の階層は無限の包容力を持っている。搾取される人間が多ければ多いほどいいからだ。
低い階層から高い階層へ仲間入り出来る機会は絶無と言っていいだろう。
だからこそ物語の中で語られる、王子に見初められる女に夢を重ね、英雄に従って名を上げる従卒が男たちの憧れになる。
階層の固定は移動の自由を制限する事によって担保される。
そんな平民達が普段目にする事のない、そして決して自分が成り上がる事が出来ない階層である貴族や王国中の風俗衣装を見られるとあっては、その場で世界旅行をすると言っても過言ではない祭りだった。
女性は凛々しい貴族の将校に黄色い声を送り、男は勇ましい軍靴の響きに酔いしれた。
この二つの向こうには、同じ繰り返しの毎日から抜け出させてくれる夢が広がっているからだ。
王の街道の沿道には人が溢れ、少しでも良い場所で行進を見ようと場所取りに余念がない。
しかし、ひしめき合う領民に異変が起きた。
王都の外側から沈黙が流れてくる。
そして噂を伝えるざわめきが波の様に伝わる。
目の前を行進する領家の受閲部隊は、突然の空気の変化に戸惑いながらも、鳴り響く行進曲に従って行進を続けていた。
そしてその煌びやかな受閲部隊が視界の外に消えると、その噂の正体が姿を現した。
その受閲部隊を見て観衆は息を飲んだ。
その部隊を先導する将校は笑みも浮かべず只歩いている。
何より異質なのは、その男の後ろに一際大きい亜人。
更には石畳を打ち付ける揃った軍靴の音もなく、煌びやかな軍装も纏ってなかった。
ただ馬車と共に歩いている。
そう形容してもいいほどだった。
ただし、その只歩いている部隊はあらゆる意味で今までの領家軍とは違っていた。
人殺しの目つきをした兵と、見た事もない亜人の集団。
少し見れば身なりの整った兵が、その人殺しの目つきをした男たちと亜人は捕虜だと思えば辻褄が合うが、その部隊を率いて先頭を歩く男が「ついさっき人を殺してきました」というような雰囲気を出しているのだ。
有蓋馬車の後部扉から顔を覗かせる包帯で巻かれた男たちの群れ。
そして強烈な死臭を放つ馬車列。
間違いなくこの受閲部隊の主は、その先頭を行く男だと脳に刻まれる。
王国軍の強さに酔っていた群衆は、煌びやかな光の面だけではなく、戦争の現実を見せられて声も出せない。
苦悶にあえぐ包帯男たちの傍を歩く亜人は、王国軍が何と戦っていたかを物語っていた。
実際に亜人は共和国軍の奴隷兵として扱われ、王国軍と戦っていたから、その認識はあながち間違っていなかった。
戦争はどこか他人事と思っていた首都の住民は、徴兵されなくて良かった事を心から思った。
※
この群衆の異様は反応を見ればわかる。
王国軍は本当に勝ったと思っているのだ。
ただ今の俺にとってはどうでもいい事だった。
後ろからコルネスティが駆けて来て俺に並ぶ。
「ヴァシュリンガー様。慈悲が必要です」
「わかった」
俺は片手を上げて車列と止めた。
リンヴェッカーに全周警戒を執らせて指揮を一時的に任せる。
見たくもない底辺を見せられた群衆の無言の苛立ちが伝わってくる。
早く俺達の視界から消えろ。と。
コルネスティの案内で俺とヌワは重病人を乗せた馬車に到着する。
既に重病人を乗せた馬車から降ろされ、路上に横たわって慈悲を必要としていたのは……。
クライナーだった。
「クライナー。お前なのか……」
「中隊長殿。中隊長殿」
不意に呼ばれて、馬車の後部扉を見る。
俺を呼んだのは、目の部分と両手がが包帯で巻かれている男だった。
直ぐに世話係のホリオン中隊の兵が馬車から落ちそうになる男を抱き寄せる。
「どうした?」
俺はその兵の手を握って聞く。
チカラを入れたつもりはないのに、腐った果実を握り潰すようにその手を潰してしまった。
包帯の男はそれでも痛がる素振りはない。
「中隊長殿。首都に帰ってきたんですよね」
「俺、もう耳が聞こえなくて。どうなんでしょうか?」
「俺達は王国を救った英雄として、みんなの歓声を浴びているんでしょうか?」
耳が聞こえないのに、どうして俺が傍にいるとわかったのか……。
俺は男の肩を叩いて頭を撫でた。
「ありがとうございます、中隊長殿」
「中隊長殿のお陰で村のみんなに自慢出来ます」
「俺が王国を救ったんだって」
俺はもう一度肩を叩いて、頭を撫でた。
世話係の兵に頷いて、俺はクライナーの元へ向き直る。
右腕を失ったクライナーは同じ重傷者を励ます為に、魔法医の治療を拒み、そしてこの石畳に寝ていた。
まるで寝ている様に動かないが、時折全身がバネのように跳ね回らせる痙攣が起こり、その度にホリオンの兵が押さえつける。
既に正体は失われてあの寡黙な笑顔はもうなく、顔色は死に近い色をしていた。
何かを言おうとしているのだろう。
唾液にまみれた口の端は泡立ち、言葉は明瞭ではなく、聞き取れたと思っても意味のない言葉の羅列。
幾つも見てきた末期の状態。
俺は剣を抜いた。
沿道の群衆が一歩下がるのがわかる。
剣先をクライナーの胸の上にそっと置く。
コルネスティがクライナーの手を握る。
「クライナー。お前の誠意と活躍は必ず仲間が語り継ごう」
「お前が守った民に見守られて静かに眠るんだ」
俺は剣に体重を掛けた。
クライナーの肺がつぶされて口から息が漏れる。
切っ先が沈んで少し抵抗があった後、更に剣が沈む。
もう何度も繰り返した動作だ。
自分の血でうがいをするような音を立て、剣で地面に縫い付けられた体を激しく痙攣させて、やがて力尽きる。
コルネスティはクライナーの濁った眼を閉じてやった。
直ぐにホリオンの世話係が4人で、戦死者を乗せる馬車に運んでいく。
「クライナー。ありがとう」
「コルネスティもありがとう」
コルネスティが頷く。
俺は先頭に戻る前に、さっきの包帯男に声をかけようとした。
包帯男を胸に抱いている世話係は俺を見て頭を横に振った。
俺が握り潰した左手がチカラなく垂れ下がっている。
俺は世話係に頷いた。
本当は称賛の声なんかなかった。
自分の階層から成り上がる機会を見ていた群衆に、自分たちが落ちるからしれない底辺の現実を見せられた嫌悪の声しかなかった。
あの包帯男は本当に耳が聞こえなかったのだろうか?
自分の人生を総括するに当たって、俺に確認を求めたかったのではないだろうか。
お前は俺の人生を適切に磨り潰したんだよな?……と。
そして馬のいななきが聞こえた。
俺の僅かな沈思はあっという間に破られる。
見るとすぐ後ろで馬車を引く馬の一頭が前足を折って倒れこむ。
立とうとするが立てない。
何度かもがいたが、馬はあきらめて肘と膝をついた。
頭を垂らし動かなくなる。
まるで全てをあきらめたかの様に。
沿道を埋める群衆は進展しない事態と見たくもない現実に、小声で抗議をしだす。
小声でも数が集まれば圧力になり、その圧力が声を少しづつ大きくさせる。
ホリオンの兵が剣を抜いて馬の首と肩の間から剣を刺しこもうとするのを俺は止めた。
それで馬の心臓に剣は届くかもしれないが、届かないかもしれない。
足の骨を折った馬に更なる苦痛を与えるのは俺の本意ではない。
俺は再び腰から銃を取り出すと、火薬と弾丸を棒で突き固める。
撃鉄をあげキャップを付ける。
そして頭を下げた馬の眉間に押し当てた。
馬は俺を見る事もなく、静かに呼吸を繰り返している。
それはそれで楽だ。
観察眼の鋭い市民の何人かが俺の一挙一投足に注目しているのがわかる、しかし不満の声をあげる大部分の民衆は見える事もないだろう。
小声の圧力が大声を解き放とうとする時、ひときわ大きな爆発音が王の街道に響き渡る。
その音を出したのは俺だ。
※
今日の戦勝記念式典は初めて見る物ばかりだったが、この空気を圧する轟音がその中でも一番のものだった。
火薬の音を殆ど聞いた事のない市民の小声は一度に静まり返る。
瀕死の男に剣でとどめを刺し、今また馬の頭に何かを押し当てて、突然の爆発音を響かせた。
処刑を待つような姿勢だった馬はチカラを失い横に倒れこみそうになる。
馬につながれた馬車はその体重に引っ張られて横倒しになりそうになるが、辛うじて均衡を保つ。
周りの兵が素早く動き、馬と馬車を切り離す。
死んだ馬の首と足に縄をかけ、声を合わせながら馬を道の端まで引きずり出す。
更に多くの兵が呼ばれ、馬車を曳く準備を始めた。
死をまき散らせた男は再び先頭に向かって歩き出してから、再び行進が始まる。
今見たものは、間違いなく戦場の光景だった。
まさしく世界旅行の一環で死の世界を見た群衆の前に残されたのは、額からとめどなく血を流し、王の街道を赤く染め上げる馬だった。
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次回 戦勝記念式典 戦闘報告
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