◇08 レディ=マホ(マイ・スレイブ)
【王国 王の道】
【戦勝記念式典まで4日 朝】
日が経てば経つほど街道の幅は広くなり、物資の往来も多くなってくる。
ヴァシュリンガー隊の噂は先回りしているらしく、亜人を見ようと子供や領民が見物しようと街道の周りに集まってくる。
実際はもっと近寄って亜人を見たいのだろうが、弓に矢を番える兵を見ては近寄れない。
街道の端に避けていても矢の射程内だ。
それでも好奇心が勝るのは、ここは既に戦場から遠く離れた地だからだろうか。
俺の懸念は現実になり、次第に加速していく。
やはり100の重傷者の中から死者が続出する。
このままでは王都に到着する前に、全員死んでしまうのではないかと思われる程の速さだった。
末期的な苦悶を上げる兵は、俺自ら慈悲を施すと部隊には命令していた。
最初の数日は俺の慈悲も必要なかったが、今では1日に10人は慈悲を必要としていた。
結果、再び俺は寝不足になり始める。
少しうとうとしても直ぐに起こされる。
慈悲が必要だと兵が判断すると俺が呼ばれる。
呼ばれるのは俺だけではない。
その時間当番についている護衛隊が俺についてくる。
何故ならば。
最後のうわ言に身元を告げる言葉はないか?
顔や体の特徴、死ぬまでの話を書きとる。
護衛隊が耳をそばだてる中、今まで看病してきた兵に手を握られ、俺は胸に刃を立てて、俺は剣に体重を乗せる。
重傷者を乗せた馬車は、そのまま戦死者を乗せた馬車に変わる。
道中、重傷者について雨が降らなかったのは幸いだが、戦死者にとっては厳しい事になる。
有蓋馬車で直接日に晒されなくても、包帯で全て巻かれていても腐敗が始まる。
王国の中心に向かって行くにしたがって、活気と命に溢れていく街の中で、中隊は腐敗した戦死者を運ぶ死の軍団へと変わっていく。
※
【王国 王の道】
【戦勝記念式典まで3日 夜】
王都に近づくにしたがって、野営できる土地は少なくなり、その土地を所有する貴族の土地での野営になる。
田舎に行けば行くほど領地は広いが、政治的な力は強くない。
それに反して中心部に近づけば近づくほど、領地は狭く過密になっていくが、物理的に王に近い分、政治的な力が強くなる。
護衛隊と共に、秋が深まる気配をたき火で感じていたその晩、モニオムが俺のところまでやってきた。
「中隊長殿。宜しいでしょうか」
マリーエンロッゲンの配下であるジアルマタとモニオムに仕事を振りたくはないのだが、【うたうもの】の言葉が話せる以上、【うたうもの】の世話を頼り切っていた。
モニオムの後ろにはヌワとレディ=マホ、イルチがいた。
「大丈夫だ」
モニオムが一歩引くとヌワが俺の前に出る。
そして俺が聞き取れない言葉を話し始めた。
それを直ぐにモニオムが通訳する。
「中隊長殿に捧げものがあるそうです」
そういう事か。
俺に用事があるのはモニオムではなく、【うたうもの】という事だったか。
「捧げものか。それを貰ったとして」
「お前たちは何が欲しいんだろうな」
ヌワの横からレディ=マホとイルチが一歩前に出る。
俺はため息をついた。
下から覗きこむ様にヌワを見る。
「レディ=マホは中隊殿の夜の相手に。イルチは身の回りの世話に使って欲しいそうです」
瞬間的に頭に血が上りそうになるが、1つ呼吸して落ち着かせる。
「いらない」
俺はにべもなく断る。
「今は作戦行動中だ。仮に作戦行動中ではないにしてもいらない」
「【うたうもの】の自由意思を踏みにじるつもりはない」
俺は終わりだというように手を振った。
正直眠りたかった。
またいつ、慈悲を下すのに呼ばれるのか。
自分で下すと命令しておきながら、息の根を止めていくのは少しづつ俺の精神を蝕んでいく事がわかる。
だから少しでも俺は休息をとって、正常な精神を維持しなければならない。
この行軍中の俺の最優先目標になりつつある。
「中隊長殿。宜しいでしょうか」
モニオムが食い下がってくる。
「手短に頼む」
「はい。中隊長殿」
「【うたうもの】の緊張は王都に近づくにつれて高まっています」
「街道の端で見物する王国の領民は、必ずしも【うたうもの】に好意的ではありません」
「むしろ好奇の視線に晒されています」
確かにそうだ。
だから【うたうもの】の警護に中隊のチカラを割いている。
「今まで【うたうもの】が人間の好奇心だけでどれほど踏みにじられてきたでしょうか」
「王国の全ての人間に比べたら……失礼ながら中隊長の戦力は余りにも小さなものです」
「不安が高まるのは自然な事だと思われます」
「モニオムの言うとおりだな」
「だからこそ唯一頼れる俺に更なる保険として、レディ=マホとイルチを差し出すわけか……」
「【うたうもの】の総意として」
「はい……」
俺の個人的な感想だが、王都に近づくに当たって、段々と貴族の人間的な質が落ちて来ている気がする。
今日のこの宿営地もそうだ。
貸す代わりに【うたうもの】を少し分けろというのだ。
俺が奴隷を引きつれていると思っているのだろう。
考えてみれば売り渡されるかもしれない身からしてみたら、まだマシな方に身を売りたいのは確かだろう。
俺は改めてモニオムを見る。
何故だか苦しそうな顔をしていた。
モニオムがこんなに表情を表に出すとはな……。
長く【うたうもの】の世話をしてきたから、様々なものに共感しているのだろう。
モニオムも情のある人間だったという事だ。
「お前たちの捧げものを受け取る事にしよう」
ヌワの表情は変わらなかったが、モニオムは一層苦しそうな顔になり、レディ=マホは目を輝かせて、イルチは顔を伏せた。
モニオムが唇を噛みながらレディ=マホを見ている。
そういう事か……。
「しかし条件がある」
「ヌワもイルチと共に俺の元に残れ。モニオムは引き続きレディ=マホと【うたうもの】の統率をしろ」
モニオムがそれを訳すとヌワは目を剥き、モニオムは安堵の表情を見せる。レディ=マホは落胆して、イルチは相変わらず顔を伏せたままだった。
俺に詰め寄ろうとするヌワを俺は手を挙げて押しとどめる。
「ヌワを俺の護衛騎士にする」
今度驚くのは俺の後ろに控えている護衛隊の方だった。
「お前たち【うたうもの】は俺の領民である事を宣言する」
俺に領地があるのかどうかわからないがな……。
安請け合いではないかと不安になるが、保護する事にしたのは俺だ。
不安を飲み込む。
一番表情のわからなかったイルチが顔をあげて、笑みを見せる。
その笑顔を見て俺は勇気を貰う。
「知っているだろうが、今は作戦行動中だ」
「イルチは後で受け取る。ヌワはこれから常に俺を守れ」
それぞれ不満そうな顔と嬉しそうな顔がこの晩生まれた。
「もったいないですなご主人様」
シュールが楽しそうな声を俺の背中にかけてくる。
「あんな美人な【うたうもの】を手放すなんて」
「だからだ」
リンヴェッカーがシュールを小突く音が聞こえた。
----------------------------------------------------------------
次回 戦勝記念式典 歓喜の広場
----------------------------------------------------------------




