◇06 転戦 願い(ア・ウィッシュ)
【王国・双子城の平原 ノイシェーハウ派遣軍 朝】
【戦勝記念式典まで1週間と3日】
戦死者を全て焼くのに1日と半日を要した。
残った俺の隊20名では何が出来る事もなく、ノイシェーハウ派遣軍と双子城の兵達が薪をくべ続けた。
20名の兵は休みを命じた途端、その場で崩れ落ちるように眠った。
俺と護衛騎士は交代で見張りに立つが、やはりその合間に泥のように眠った。
アクティム・ヴァシュリンガー中隊の生き残りは、死と戦うもの。苦しみと戦うものを残してみな、ここ数日の睡眠不足を取り戻すように深い眠りについた。
そして俺が目を覚ました時、火を焚いた翌日だと思ったが更に1日が経過していた。
俺達中隊の人間の目の前には、焼けて崩れた炭とその隣に木箱が整然と並んでいた。
緑の大地に黒と茶色の細かな模様が絨毯の様に並んでいた。
「おう。起きたか」
俺は声をかけられて振り向く。
護衛騎士を含む中隊の目の前に立っていたのは、ノイシェーハウ派遣軍ビルゲン大将とその参謀達だった。
「気を付け。敬礼」
リンヴェッカーの号令に合わせて、中隊全員が右手を胸に合わせる。
それをビルゲン大将は片手を上げて応える。
「直れ」
直立不動になった俺達を足元から頭のてっぺんまでじっくりと見回す。
「大分、棘がなくなったみたいだな」
「水浴びをさせてさっぱりさせてやりたいがそうもいかない」
ニヤッと破顔する。
「俺達は戦勝記念式典に向けて進発するぞ」
「アクティム。お前はどうする?」
「動かせない重傷者の面倒を閣下にお願いしようと思いましたが、進発されるようであれば我々は連れていかねばなりません」
俺はがっかりして、思案する。
まだまだ体と脳が睡眠を欲している。
「お前はまだ寝ぼけてるのか? 派遣軍の2個師団全員が閲兵を受ける訳ではないぞ」
「俺が率いる1個中隊が王の閲兵を受ける」
「そして王都までは、1個大隊が護衛に付く」
「残りは時期を見ながら本国のノイシェーハウ領へ帰還する」
「では……」
「重傷者は置いていけ、派遣軍が引き続き面倒を見る。というかお前らも派遣軍なんだがな……」
「ただし、麦の刈り入れが終わったとはいえ、これから冬支度だ」
「兵にとった何万の成人男子を遊ばせておくわけにはいかない」
「家に帰してやらないと、本国の経済が麻痺すると議会がうるさいからな」
「完全回復までこの双子城(メットナウ領)にいる訳ではない事は承知おけ」
「ありがとうございます」
「それではヴェークを連絡役に残します」
「そうしろ。あいつは顔が広い」
「昼には出る。準備しろ」
「気を付け! 敬礼!」
俺達が敬礼の姿勢を取る。
「そうだ。アクティム」
俺は敬礼の姿勢のまま、叔父のビルゲン大将を見る。
「お前らは作戦行動中だから、王都までは無関係だ」
「補給がギリギリ届く後ろを俺達は行くぞ」
「馬車と御者は用意してやる。他にも必要なものがあったら言え」
「ご配慮感謝します」
叔父のビルゲン大将が答礼を返して、俺達は腕を下ろした。
全然無関係じゃないじゃないか。
その言葉は心の中にしまった。
※
俺達は重傷者のテントを順々に回った。
--お前たちを残して俺達は戦勝記念式典へと出発する。
--師団と共に本国(ノイシェーハウ領)へ来い。
俺は部下の返事を聞く気はなかった。
救護天幕の中を見ればすぐわかる。
魔法医の治療を受けたのはほんの僅か。
後は体を清潔にして精のつく物を食べる。
生き残れるかは、体を休ませて本人の体力に任せるしかない。
1週間も旅をすれば、死が訪れるような者ばかりだった。
事実、天幕から離れた場所では火葬の薪が幾筋もの煙をあげていた。
「中隊長殿」
かすれる声で俺に声をかけるものがいた。
右手に目をやると、頭部に幾重にも包帯が巻かれた男がいた。
寝ている体には何もない。
しかし、頭部だけに巻かれた包帯は、沁み出した何かによって、黄色と茶色のまだらな模様を作り、腐臭を漂わせていた。
「どうした?」
俺はその兵の手を握り、問い返す。
「中隊長殿……」
それからチカラを絞り出すように喉が一度動き、大きく息を吐く。
「私は助かりません」
「そんな事を言うな。もう大丈夫だ。しっかり気を持て」
その男は俺の言葉が聞こえないかのように続ける。
「死ぬなら少しでも故郷に近い方がいい……」
「ここで焼かれたくない……」
やはり兵にも火葬を忌避するものがいる。
俺はぐっと腹にチカラを籠める。
「……中隊長殿」
「……俺は腐ってもいいから……故郷に連れていってくれませんか……」
「妻と……子供のところに帰りたい……」
そして、男は切なる願いを呪詛のように俺に刻んで死んだ。
「どうしますか?」
元からいる護衛騎士は、俺がどのような決断をするか知っているのだろう。 コルネスティが疑問を口にする。
「決まっている。焼け」
「そして家族の元へ帰す」
俺の決断を受けて直ぐにノイシェーハウ派遣軍の兵がたった今死んだ男を運び出そうとする。
「アクティム様」
俺は声をかけられて気づいた。
握っていた男の手を離す。
そのまま俺も救護天幕を出た。
次は【うたうもの】だ。
歩みを進める俺に更に声をかけてくるものがあった。
「ご主人様!」
見るとそれはクライナーだった。
俺は凍り付く。そして俺はクライナーの元へ直ぐに走り出した。
「クライナー。お前……その姿……」
杖に体重を預けた姿は病人のそれで覇気がない。
片腕を失ったと報告を受けて、すっかり魔法医の治療を受けていると思っていた。
しかし、無口なクライナーの代わりに雄弁な握手をする右腕はなかった。
巻かれた包帯には血が滲み、青白い顔には汗が滲んでいた。
「ご主人様。聞いてください」
「待て。クライナー」
「お前は何故魔法医の治療を受けていない」
少し逡巡してから口を開く。
「はいご主人様。少しでも早い回復をして、ご主人様のお役に立とうと考えました」
俺の認識では口下手と捉えていたクライナーが、言葉多く語りだす。
「しかし、共に治療を受けている兵を励ますのに、魔法医によって回復した身では、チカラになる事が出来ません」
「誰が恵まれた者の言葉を自分の言葉として受け取るでしょうか」
「…………」
「…………」
俺とクライナーは視線を合わせて黙り込む。
そういう事だったか……。
しかし、それではクライナーを失いかねなかった。
俺はどうするべきか考える。
クライナーを優先して、力尽きる者を見ないようにするか。
力尽きる者を減らす為に、クライナーの命の炎を燃やさせるのか。
これは俺が背負うべきものだ。
クライナーの決断を背負わなければならない。
「握手したいが、それではな」
「ご主人様。ありがとうございます」
「感謝するのは俺の方だ」
俺は素直に頭を下げる。
「ご主人様」
死神に憑りつかれた様な顔が喜笑に染まる。
が、もはや立っているのも苦しそうな程で、先ほどより更に脂汗の量が増えている。
「志願するものは、王都に連れていっていただけませんか?」
クライナーもあの兵と同じことを言う。
「しかし……」
「それだけで生き残れるものもいるかもしれません」
「生き残る希望を失わせたくないのです」
クライナーの切なる願いは希望ではなく願望だった。
2週間の馬車旅は確実に寿命を縮める。
俺が眠りこけていたこの1日の間に何人死んだ?
到底許可できる願いではなかった。
それでもクライナーの文字通り命を賭けた願望だ。
無下には出来ない。
「我々もこの王国の為に戦いました」
だから王の閲兵を受けたいというのか?
そんな事はクライナーの方便だとわかる。
「確かに王国の為に戦った」
「だから休んで欲しい────」
「だから故郷に帰していただけませんか?」
俺の回答に声を被せてくる。
あのクライナーが……。
俺はそれだけで抵抗力を失わされた。
「わかった」
俺はシュールに頷く。
「わかりましたご主人様。希望を募って準備させます」
「ヴェーク」
「はいご主人様」
「ビルゲン大将のところまで走ってくれ、何人か重傷者を連れていくと」
「わかりました」
何人かで済めばいいが……と心で思う。
下手すると2ケタになる。
3ケタになる事はもはや悪夢だ。
俺の心は苦しかった。
ここに残れば生き残れるのに。
どうしてその願いを拒絶できないのか。
俺は俺を騙しているのか。
ここに残っても生き残れそうにない傷を負っているのは明らかだった。
※
【王国・双子城の平原 ノイシェーハウ派遣軍 昼】
【戦勝記念式典まで1週間と3日】
整然と1列に並ぶ2頭立ての馬車は40台を数えた。
その後ろに広がって見えるのは、叔父の受閲中隊と警護の1個大隊だろう。
馬車の周りに控えているのは、どうみても叔父が御者と言った者ではなく、派遣軍の1個中隊だった。
俺が馬車に向かって近づく。
それに合わせて馬車からも、指揮官と思わしき人間と5名の参謀か護衛騎士が歩き出す。
「アクティム・ヴァシュリンガー様」
目の前の指揮官が敬礼する。
30代に入ろうかという鋭い眼を持つ男で、兜を小脇に抱え、傷はあるものの良く磨かれた甲冑を着こんでいた。
後ろの参謀も指揮官と同じ、実質を優先した簡素なデザインの鎧を身にまとっている。
どうやらこの男は貴族で後ろの男たちは護衛騎士という事ではなさそうだ。
俺も観察を終えて敬礼を返し、手を下ろす。
「ノイシェーハウ派遣軍第2師団第4大隊第2中隊ホリオン・モアーゼン大尉です」
「王都までの支援をさせて頂きます」
「ホリオン大尉の方が階級が上でしたか」
「大変失礼いたしました」
俺は素直に詫びる。
階級の見方をそれとなく学んでおかないといけない。
「構いません。ヴァシュリンガー様はノイシェーハウ家の方ですから、余り階級は意味を成しません」
「もしご希望であればヴァシュリンガー少尉。もしくは少尉とお呼びいたしますが、推奨いたしません」
「わかりました。それではモアーゼン大尉の判断に任せます」
俺も支援を受ける中隊長に敬意を払う。
「しかし、御者と聞きましたが、まさか部隊が出てくるとは思いませんでした」
「御者という事にしておいてください」
「街道は何かと厄介ごとがつきものですし」
「我々はアクティム・ヴァシュリンガー隊を騙りますし、事実ヴァシュリンガー様の麾下に入るよう命令されています」
「中隊としてもう一戦出来ます。部下と思って自由に命令を出してください」
「そういう事ですか。わかりました」
「それでは呼び捨てにさせて頂きます」
「はい」
そして俺は護衛騎士のリンヴェッカー・シュール・コルネスティを紹介する。
それぞれ挨拶を交わして、保護対象のソチェニ・ジアルマタ・モニオムも紹介する。
「正直俺達はかなり疲れ切っている」
「出来れば道中は護衛騎士共々休ませて貰いたい」
「はい」
「その後はまた……」
モアーゼンが鋭い眼を俺に向けてくる。
「その通り、その時までに戦力を回復させておきたい」
「道中の指揮権はモアーゼンが執ってください」
「モアーゼン中隊を主体に行動してください」
「かしこまりました」
「大目標は、戦勝記念式典に間に合う事。いかなる武力を行使しても」
「それに伴う命令は2つ」
「【うたうもの】はヴァシュリンガーの構成員だという事を周知徹底させる事。【うたうもの】への攻撃は作戦行動中の中隊への攻撃として即座に全力で報復を行う事。たとえそれが誰であっても」
「重傷者に慈悲が必要な時は俺を呼ぶ事。俺以外のものに慈悲を行使させてはならない」
「徹底させます」
モアーゼン大尉が喉を鳴らす。
俺は軍として命令を発した。
そしてそれは部下であるモアーゼン中隊は絶対に守らなければならない。
これは気楽な旅ではない。
戦場から戦場へ転戦するための行軍なのだ。
それを理解したモアーゼン中隊の首脳陣は背筋が伸びる。
王都へ向かう隊列が組まれる。
先頭に旗衛隊。王国の旗を掲げる旗手を中心に進行方向に向かって右側の旗手はノイシェーハウの旗を持つ。そして左にヴァシュリンガーの旗を持つ旗手。
旗衛隊はそのまま前方全域警戒斥候も兼ねて、5人の軽装備の兵が旗手の周りを囲む。
そして武装馬車が一両先頭に立ち、指揮官であるモアーゼン大尉の乗る馬車。
その後ろに俺と護衛騎士が乗る馬車が並ぶ。
後はところどころに警戒馬車を配置して、重傷者100と遺骨1100人分の木箱を乗せた馬車が続く。
最後尾は後方警戒馬車が落ちこぼれを見張る。
実質後方にはビルゲン大将の部隊がいる為、警戒は不要だが、それでも気は抜かない。
旗衛隊の兵を始め、一部の兵は背嚢を馬車に乗せて、剣を抜いて盾すら持っている。
更に馬車には、必ず弓を持った兵が高みから油断なく受け持ちの区域を警戒する事になっている。
【うたうもの】500と馬車で警戒に当たらないモアーゼン中隊の兵は歩いていく。
完全に戦闘を想定した配置だった。
俺は前方に出て、一列に並ぶ車列を確認する。
俺の後ろにはモアーゼン大尉と護衛騎士が控える。
「ヴァシュリンガー様。準備出来ました」
モアーゼン大尉が部下からの報告を受けて俺に告げる。
「ありがとう」
「出発するとしよう」
「部隊進発! 旗を上げよ!」
「ヴァシュリンガー中隊。前へ!」
モアーゼンの命令で3本の旗が中天に上がった太陽の光を遮る。
車列が少しづつ動き出した。
次の戦場に向かって。
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次回 転戦 旅路
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コメントを頂戴しました。本当にありがとうございます。
これからも書いていくチカラになります。
この場をお借りして御礼申し上げます。




