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異世界に来たけど義母が5人もいた上に結構ハードモードだった。  作者: 雨露口 小梅
第二章 戦勝記念式典(ヴィクトリー・セレモニー)
48/212

◇04 ミク 死者(デッドマン)

  【共和国・国境の平原 夜】


 両脇を抱えられたまま谷の入り口まで失神して運ばれ、谷では馬車に乗せられた。

 自分の連隊の大隊長と武装した兵に監視されて。


 そして祖国である共和国にある谷の出口。

 あの最初の大損害を受けた丘の上に立つと、眼下に師団が展開していた。

 そのまま丘を降りる。

 この丘を登るのにどれだけの犠牲を払ったのか。

 降りるのは簡単だった。


 そして目の前にある一際大きな天幕の中に入る。

 監視の大隊長と自分に向かって武装した兵はその天幕に入らない。

 夜の帳が降り、入り口の布の隙間から明かりが漏れる。

 この中にあるのは死。

 それしか想像できなかった。

 そして布を除け。天幕の中へ入る。

 自分の死刑を決行した。


 「ルデェシュティイ・ミク大佐。入ります」


 布を除けると目をくらませる空間が出現する。

 しばらく足を止めて目を明かりに合わせ、顔を動かす事なく周りを観察する。

 そこは1点を除けば予想通りだった。


 作戦図を乗せた大台の向こうに師団長とその幕僚。

 ただその大台の左脇には共和国陸軍元帥セネレウス・ミクが立っていた。


 姿勢を正して拳を左胸に当てて敬礼をする。

 師団の幕僚も敬礼を返すが、元帥と師団長は微動だにしなかった。

 師団の幕僚と共にしばらく敬礼を続ける。

 目上の者が敬礼をやめるまで、目下のものは敬礼をやめる事が出来ない。

 ところが元帥を始め師団長も敬礼を返す事すらしない。

 元帥が敬礼しないから師団長も出来ない。


 元帥の視線を受けながら師団長の顔をまっすぐ見る。

 そして少なくない時間が過ぎて、元帥が軽く胸に手を当てた。

 それに倣って師団長も敬礼を返して手を下ろす。

 そしてようやく私と幕僚は手を下げる事が出来た。


 「ミク大佐。ご苦労だった」

 「撤退する王国軍の追撃という任を良く果たした」


 師団長がねぎらいの言葉をかける。

 増援を貰いながらも連隊を磨り潰したのに。

 追撃の任を果たすどころか、増強中隊に、あの男に捻り上げられた。


 「聞けば相手は2個の野戦師団に加えて、城郭を守備する敵だったそうではないか」


 「圧倒的軍勢を前に王国の土地まで押し込んだその作戦指導は見事だった」


 自分の父である元帥が他人行儀に語り始める。

 そういう事か。

 あの男の増強中隊はなかった事になっている。


 私は任務を達成したのだ。

 元帥や師団長が自分の失敗を認めないが為に。

 連隊充足4000の内2000の死はなかった事になったのだ。

 私の連隊はあの男の増強中隊と共に存在しない事になっているのだ。


 自然と奥歯の噛み合わせにチカラが入る。


 「増援の2個大隊は返してもらう」

 「そしてミク大佐。貴殿の連隊は連隊としての戦闘力を喪失している」

 「それに兵達にも休みをやらなければならない」

 「連隊を貰うぞ」


 「私は解任ですか」


 実質の降格人事だ。

 あの増強中隊はいない事になっても、私が押し返された責任は消えないという事か……。


 「いや、転属して貰う」

 「栄転だ」


 思わず地面に落としていた視線を持ち上げる。


 「どういう事でしょうか」


 師団長が元帥を見る。

 その元帥はまっすぐ私を見ていた。


 「南方軍集団だ。南コバスの第222師団に行け」


 目の前の景色が一気に歪む。

 三半規管が狂って、まるで平衡状態が保てない鳥の様に世界が回る。

 東方軍集団から南方軍集団へ。私の存在を消すという意味では軍事裁判の絞首刑でも革命裁判の斬首でも同じだ。

 南方軍集団で生きながら死ねという事なのか……。


 師団長を始め師団の幕僚が同情するような目をする。


 同じタルルンジェニ民主共和国でありながら、全く未開で不毛な開発のされていない土地。

 民主共和国の1/5を占める放棄された大高原。

 あるのは、どこまでも続く痩せた高原と山。

 作物もイモ類が中心で、その生命力の強いイモですら肥えて実る訳ではない。

 冬になれば雪に閉ざされ、命も凍り付かせる風が吹く。

 高原の人民は馬を駆るが、平原の民の様に遊牧はしない。

 中央から見れば根城を持つ半分盗賊のような民だった。

 そして未開発が故に跋扈するモンスターと亜人デミヒューマン


 同じ軍集団。しかしその実情は同じように10個師団を有している訳ではない。

 精々2個師団に毛の生えた程度だ。

 そしてその2個師団で広大な土地を守る。

 いや、未だにこの時代にあって亜人狩り(スレイブハント)・モンスター狩り・治安維持が主任務の部隊だ。

 任務を行えるわけがない。兵力が足りない。

 そして3桁の部隊ナンバーは懲罰部隊と陰で呼ばれていた。


 幹部学校で教わった地理を記憶の彼方から引きずり出す。


 そんな事はどうでもいい。

 あの増強中隊の男と遠く離れてしまう。

 もう二度と会いまみえる事なく私は朽ちていく。

 絶叫しそうな耐えがたい苦痛だった。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか元帥が冷たい目で続ける。


 「知っていると思うが、南コバスの民は冬になると山脈を越えて、王国のノイシェーハウ領に侵入して略奪をする」

 「今年は我が共和国に王国軍が侵攻した」

 「これからの冬、南コバスの民が略奪に走れば、小競り合いが大きな戦闘になり再び共和国と王国で戦になる恐れがある」

 「王国など恐れるものではないが、それでもノイシェーハウは最大の軍事力を持っている」

 「南コバスに抜けられれば、後は北上するだけで首都へ抜けられる」

 「そこで指揮を執れ」


 「はい……。お父様……」


 もう体の血が全て抜けたような気がした。

 生きているのも呼吸するのも面倒なくらい、疲労が襲ってくる。


 元帥はそれを伝えると、そのまま天幕から出ていった。

 師団長と幕僚が敬礼で見送る。

 私はただこみ上げる涙を抑えるだけで精いっぱいだった。


 「ミク大佐」

 「南方軍集団は気の毒だが、貴官は勘違いしている」

 「元帥はミク大佐の生き残りを図って先手を打たれたのだ」


 「どういう……事でしょうか……」


 「東方軍集団の憲兵隊と内務省秘密警察スンペトルが動いていた」

 「貴殿を軍事裁判にかけるか革命裁判にかけるか争っていた」

 「憲兵か内務省秘密警察スンペトルに捕まればいずれも死だ」


 「だから恩に着ろという訳ですか?」


 「まあ、この政争は元帥の失墜を狙ったものだからな」

 「素直に感謝出来る心情ではないだろう」


 初めて師団長の顔をしっかりと見る。

 私の父。元帥より若い筈なのに目じりには皺がより、蓄えた髭は痩せていた。

 しかし垂れた目は祖父のような優しさを湛えていた。


 「どうだ。王国軍の増強中隊は強かったか?」

 「損害は同等とはいえ、向こうは全滅だ」

 「勝ったと心の中では思っていていいんじゃないか?」


 まだ生き残りがいる事は心に秘めて言わなかった。

 あの指揮官が生きているという事実は心の扉の向こうに押しやる。


 「……手ごわい相手でした」

 「あんな戦い方は見たことがありません」

 「躊躇うことなく部隊を分割、自由に運動させます」

 「部隊間の連絡は疎になりますが、それでも実質大隊としてのまとまりは持っておりました」


 「なんと……。そこまで部下を信用して部下も指揮官を信用しているとは」

 「それだけの相手だったか」


 「はい」


 「ミク大佐」

 「その指揮官が何者か知りたくないか?」


 信じられない言葉を聞いて、体中の細胞が一度に目覚める。

 穴が開くほど師団長を見つめる。


 私の視線に耐えられなくなったのか、師団長が大台に乗せられた書類に目を落とす。


 「我々の……」


 師団長は確かに「我々」と言った。


 「鼻を挫いたのはアクティム・バシュリンガーという弱小貴族だそうだ」

 「階級は少尉。大貴族ノイシェーハウの娘、アイヒェン・ノイシェーハウの養子」

 「捨て子だったのか落とし子(バスタード)だったのかはわからないが、一族の末席を与えられてはいるようだ」

 「年齢は不明。妻や子もいないそうだ」

 「ま。大貴族のお嬢様が遊びでやっている慈善事業ごっこの一旦だろう」

 「このアクティム少尉に家族がいたとしても、戦死したら只の領民になるだけだ」


 挫けそうな心に火が灯った。

 死すら忌避する緩慢な怠惰の海に沈む私を、あの男から手を差し伸べてくれた様に感じる。

 アクティム・バシュリンガー。

 アクティム・バシュリンガー。

 あぁ……。

 アクティム・バシュリンガー。

 その名前は甘美な響きを持って、脳を蕩けさせた。


 「師団長は何故それを私に教えて頂けなかったのでしょうか」


 次第に自分の声にチカラが籠っていくのがわかる。


 「それについてはすまなかったと思っている」

 「我々もこの男を過小評価していた」

 「今までの戦で名前が出た事がない」

 「初陣と判断した」

 「今となってはとても初陣とは思えないが」


 「いえ、ご配慮ありがとうございました」


 あの男の事がもっと知りたい。

 あの男を殺すまで私は何があっても生きよう。

 再び合える予感がした。

 私が転出するのは南方軍集団だ。確か222師団の警備区域はノイシェーハウ領と接しているのではなかったか?

 予感を越えて確信にまで高まった。


 「連隊の再編成は我々がやっておく」

 「今日は休め」

 「忙しいが明日にはここを発って、任地へ行け」

 「必要な書類や支給品はこの後すぐ届けさせる」

 「戦訓調査や報告、聴取は省略する」


 私の顔をまっすぐ見る。


 「ぐずぐずしていたら憲兵や内務省秘密警察スンペトルに痛くもない腹を探られるからな」


 「ありがとうございます」


 私が敬礼をすると師団長も直ぐに敬礼を返してきた。

 そのまま天幕を後にする。

 夜空がとても綺麗だった。





 幕僚達が師団長に注目する。


 「帝国時代の大騎士である元帥の娘で、革命後の幹部学校主席」

 「縁故の影響は否定できないが、それでもいつも与えられた任務以上の成績を収めてきた」

 「初めての挫折だったんだろうな」

 「幸運なのか不幸なのか」


 大台に置かれていた紙を持ち上げる。


 「しかし敵の指揮官への執着は異常な程だな」

 「これから一皮剥けるまで大分苦しむ事になるだろうな」

 「それともその狂気に引きずられるか」

 「経験より知識を優先して与えられてきたんだろうな」

 「自分の翼で飛んで初めての挫折か」

 「愛されてきたんだろうが、少し可哀想だな」


 紙を大台に放り投げると幕僚に向き直る。


 「連隊を再編成しろ」

 「ミク大佐の後を追って南方に転出させる」


 負けた部隊は師団中央から遠ざけるという事だった。


 「我々も巻き添えになる訳にはいかないからな」


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 次回 転戦 墓穴


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ご感想ありがとうございました。新年に頂くとは今年のチカラになりました。これを励みに続けてまいりたいと思います。

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