◇35 3日目 銃(ガン)
【王国・王国側森の出口】
【3日目 朝 固守残り1日】
夜のうちに雨は上がった。
これほど兵達が休めたのは、いつ以来なのだろうか。
雨の中ぐっすり眠りこんで、晴れ晴れとした顔で俺に挨拶してくる。
兵たちはまだ闇の支配する中で食事をとる。
俺は夜の間中、抵抗線である陣地を見て回った。
雷の様に折れた堀を兼ねた塹壕と障害物。
これだけでも敵の進撃速度は弱まる。
こちらの対処の時間が生まれる。
リンヴェッカーは俺が感じた通り有能だった。
俺が口を出す事はない。
今日はこの抵抗線で精いっぱい防ぐだけだ。
俺の指揮所は3重に掘られた塹壕のうち、最後の塹壕の中心に添える。
後ろは負傷兵。
そしてその後ろは戦死者の遺体と|歌うもの≪シンガー≫だけになる。
日が上がれば敵は動き出す。
俺は敵の指揮官が投げつけた筒を手でもてあそびながら、3重の壕の最前部の兵達の周りを出来るだけまわった。
ヴェークが壕を飛びだして駆け寄ってくる。
「おはよう。ヴェーク。休めたか?」
「ご主人様。視察をされるのでしたら、伝令を出してくださればお迎えしましたのですが」
詫びてくるヴェークを手で制する。
「たかだか中隊なんだろ。そんな格式ばらなくてもいいんじゃないか?」
「失礼ですが、ご主人様は貴族です。我々下々のものに気軽に接すると、後々禍根が残ります」
「はは」
「それも生きていればだろ。俺は生きている間にみんなにお礼をしたい」
「ま、死ぬ気もさらさらないんだけどな」
ヴェークが幾分髪の毛が生えて来ているスキンヘッドを撫でまわす。
「まいりましたね」
「ところでご主人様。手に持たれているのは銃ではありませんか?」
「ご主人様の持ち物ですか?」
「ん? ああ。これか」
「銃……というのか」
どこかで聞き覚えがある。
「敵の司令官と白兵になった時、投げつけられた」
俺は昨夜を思い出しながら、何故だか笑えた。
「これがなんだかわからなくてな」
「きちんと敵の司令部を急襲したぞっていう証拠だ」
「ヴェークにはこれが何かわかるのか?」
ヴェークが傷痕の残る凄みのある顔の中で目を大きく見開いている。
俺はそれを察して、銃をヴェークに差し出す。
「いいのですか?」
「俺は何も知らない。だからただのモノだ。武器なのか?」
ヴェークが両手で銃を受け取ると、薄闇のせいもあるだろうが、しげしげと眺める。
「これは、見事な作りですね」
「固い樫の木で鉄の銃身を包んでいます。銃身は軟鉄じゃなくて鋼鉄ですね」
「相手の指揮官は随分な金持ちか、家柄が良いのでしょう」
「鋼鉄材に穴をあけたり、筒に折り曲げたりするのは金がかかりますからね」
「その上、真珠木の象嵌がはめ込まれています」
「これは海人が宝としているものです」
「宝石こそ埋め込まれていませんが、真珠木だけでとんでもない価値があります」
惚れ惚れしながら、渡した銃を眺めるヴェーク。
金になりそうなものである事はわかった。
それにあの指揮官の女は金持ちか、政治的に重要なあるいは貴重な立場にいるという事だろう。
そういう立場を持ちながら、あんな美人だというのは、人生は不公平だと感じる。
「それで、これは武器なのか?」
「俺に向けた後、その銃の先から火炎が上がったが、俺には届かなかった」
「な……」
ヴェークが俺を見て固まる。
「それは……、なんというか……幸運でしたね」
俺はなんの事かわからず、ヴェークを見る。
「ご主人様。腰につけている革袋も、急襲の時手に入れたものですか?」
「ああ」
俺はあの女指揮官の机にあった革袋をヴェークに手渡す。
ヴェークはそれを受け取ると、銃の筒の下から棒を引き抜く。
いつの間にか俺とヴェークの周りには、塹壕の前部に潜む兵達の囲みが出来た。
みんな興味津々だ。俺は思わず苦笑する。
「これはこの筒からこの火薬を使って、銅の球を打ち出す武器です」
革袋の中から匙で黒い粉を救い出すと、筒の中に注ぎ込む。
そしてヴェークが革袋の中から小指の先に乗りそうな球を取り出す。
それを筒の先に入れると、筒のしたから取り外した棒を筒の中に押し込んで突き固めている。
更に黒い粉を筒の元の部分にある更に乗せると、鈎爪のようなものを引き上げた。
「これで準備完了です」
「ちょっと離れてください」
ヴェークに言われるまま、俺達は2,3歩下がる。
ヴェークは塹壕の前面に打たれている柵に向けて、銃を差し出す。
差し出した右腕と一直線になるように体を傾ける。
その時、轟音とともに筒から火炎が噴出した。
俺も含めて、みなみているだけだった。
塹壕の第2線で警戒の声があがる。
俺はすぐに大丈夫だと声をかけた。
ヴェークは右腕を肘から曲げ、銃を空に向けていた。
俺の想像が正しければ……。
「ご覧のとおりです。ご主人様」
銃を向けられた柵に変化はない。
いや、近づいてみると丸い穴が開いていた。
「銅の弾丸が人を襲います」
「俺はその武器で狙われたのか……」
「お前が絶句した理由がわかったよ。俺は幸運だった」
心の底から当たらなくて良かったと思う。
「ヴェーク、教えてほしいんだが、この銃という武器があるのは常識なのか?」
ヴェークが銃と革袋を俺に返しながら言う。
「いえ、共和国の前身である帝国貴族が決闘の時に使ったと、聞きました」
「銃は宝飾品として王国にも流れてきていますので、個人的に何度か見た事があった位です」
「実際に撃ったのは初めてで、自分も少し興奮しております」
「そうか」
俺は手元に戻った銃を眺める。
「しかし随分手間のかかる武器だな」
「そうですね。戦場では実際役には立たないでしょう」
「まず使うのに時間がかかりますし、飛距離も命中率も弓や弩弓に劣ります」
「ご覧の様にこの黒い粉、火薬が雨に濡れては役に立ちません」
「まさに、貴族の玩具ではありますが、武器として不思議な魅力があります」
本当に戦場では無用の長物だと思いながら、改めて銃を見る。
「会社の使う大砲を小さくしたような武器だな」
「一人でも扱えるし……」
「これを並べて使ったら、最初の一撃でも結構な損害を与えられそうだな」
「どこでも持っていける大砲か……」
「ご主人様……」
ヴェークが大きく目を見開いていた。
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次回 3日目 静けさ
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ご感想ありがとうございました。初めて頂いたご感想、大切に胸にしまっておきます。これを励みに続けてまいりたいと思います。




