◇32 埋伏 出会い(エンカウンター)
【王国・王国側谷の出口】
【2日目 夜 固守残り1日】
声を出したい。しかしそれでは意味がない。
声を出さないと体が震える。
この雨の中だから、少しだけ声を出してもわからないのではないか?
そんな誘惑にかられるが、それを行動で押さえる事にした。
俺は剣を振り下ろした。
茂みの中から部下たちが一斉に飛び出す。
昨日自分たちが陣取っていた、国境の谷前の広場は共和国軍の天幕が並んでいた。
談笑しながら、立哨している兵の背中に剣を突きたてる。
談笑相手の笑顔が凍り付き、そのままその顔面が割られた。
すべての行動が無声で行われる。
声を出せば恐怖を克服しやすい。
しかしあえて無声を厳しく命じた。
目指すはいずれかの天幕の中のにいる敵の指揮官を殺す。
そうすれば敵の混乱を招くことが出来る。
それが俺に残された時間稼ぎの最後の方法だ。
シュラーはどうか?
二手に分かれたシュラー率いる一隊が、援護しあえる距離に離れた場所から突撃を始める。
警戒の声を上げるまでもなく、敵は刺殺されていく
奇襲は成功した。
最初の天幕に飛び込む。
座ってお湯を飲む兵の頭を剣で弾く。
続く兵も同じように座ったままの兵の頭を割り進んでいた。
そして突き当りの生地を剣で引き裂いて、再び雨の中へ踏み出る。
目の前には、明らかに衛兵に守られた天幕があった。
あれだ!
剣で指し示すと、俺は警戒する敵兵に目もくれず突き進んだ。
衛兵は俺に続く部下と組み合う。
そして俺は天幕に飛び込んだ。
※
【共和国・連隊本部天幕】
天幕の中で耳をそばだてて外の気配を探る。
すぐ外から剣が交叉する音が聞こえる。
まぎれもない戦場音楽だ。敵襲だ。
不思議と気持ちが高揚する。
あの指揮官は危険極まりない森の中を進んできた!
やはりあの指揮官は抵抗線にいなかった。
素早く細剣を掴むと、天幕の外へ向かおうとして、何かにぶつかった。
※
【王国・王国側谷の出口】
天幕に飛び込んだとたん、何かにぶつかり倒れる。
闇雲に飛び込めば当然何かにぶつかる。
覚悟していたから剣は離していない。
乾いた地面の上に打ち付けられ、ずれた兜を直しながら素早く天幕の中を見回す。
誰もいない?
いや、倒れている男が一人。
敵の指揮官か?
素早く立ち上がって、剣を逆手に持ち帰る。
今の内に刺し殺す。急がなければ態勢を立て直されてしまう。
軍服が豪華だ。敵の指揮官に違いない。
俺は倒れている敵に近づいて剣を垂直に下ろす。
敵は身の下に隠していた剣を横に振りぬいた。
逆手に構えた剣が弾かれる。
俺は弾かれた剣の勢いを利用して、右手を離し剣を回転させて、そのまま順手に持ち替えて振り落ろす。
敵の指揮官は倒れたまま剣を横に倒して剣筋を受け流す。
まずい!
振りぬいてしまった剣は地面に刺さり、態勢を立て直した敵の剣が袈裟懸けに襲い掛かってくる。
俺は剣を離して距離を取る。
しまった! 剣を失ってしまった。
俺は腰を低めに身構えた。
すぐさま敵が剣を突いてくる。
鋭く細めた目。透き通るような白い肌。
細く細かい髪が汗で頬に張り付いている。
奇襲を受けて、殺し合いをしている様には見えない涼しさ。
これが俺を散々に苦しめた連隊長というやつか。
絵にかいたような美男に、やっかみの怒りが沸く。
「連隊長殿! 無事ですか?」
横合いから天幕の中に飛び込んできた敵の将校の腕を掴むと俺の前まで引っ張った。
将校の腹から剣が突き出る。
うまく敵の指揮官の攻撃をしのげた証拠だ。
「情報幕僚!」
敵の指揮官が剣を引き抜くのに合わせて、貫かれた敵を押し出す。
落とした剣を拾いあげ、腹から鮮血をまき散らしながら組み合って倒れた敵の指揮官を再び逆手につく。
敵の指揮官は身をよじってそれを避け、剣は死んだ敵の将校の胸を、今度は俺が突いただけだった。
敵の剣が素早く払われ、脛当てを弾かれた俺の右脚が支えを失って、敵の指揮官に倒れこむ。
俺の体重と鎧に押しつぶされ、敵の指揮官の口から空気が漏れる。
甘い匂いをさせながら俺の部下を攻撃していたのか。
お互い地面に倒れたまま組み合って動けなくなる。
そのままでは剣を振っても意味がない。
剣を振るためには離れなければならない。
そしてそれは危険を意味するため、お互いがお互いを掴んで離さない。
俺は敵の司令官に馬乗りになり、しばらく腕を掴みあう。
その硬直状態を終わらせたのは俺だった。
剣で殺す事をあきらめ、左手で敵の額を押し下げて、敵の首を晒す。
右手で首を絞めにかかるが、敵はそれを両手で阻止する。
俺は右手に全体重をかけて締め上げようとするが、敵の腕力で喉元から先へ進めない。
左手で髪を掴み何度も地面に打ち付けるが、ここは岩場でもなく柔らかい地面で、致命傷を与える事が出来ない。
俺は右手を押し込み、敵が両手で俺の腕を押し返す。
その繰り返しが続いたが、次第に両手を使う敵が勝り、右手が喉から反らされていく。
俺の右手は次第に胸元に下がる。
俺は渾身のチカラを籠めるが、もう既に右手は喉元に届かない。
そして俺の右手が敵の胸の上に落ちる。
柔らかい!?
右手が相手の体の中に沈む。
強烈な違和感が頭をよぎり、両手を引いてしまった。
そして顔を殴られると後ろに一回転する。
しまった!!
直ぐに這いつくばって剣を拾い上げ、立つ。
時間を喰っている。
早くこの指揮官を殺さなければ脱出できない。
いっその事逃げるか?
しかしそれでは作戦の目的が達せない。
敵の指揮官は身を横たえたまま、俺を睨みつけている。
剣すら握っていない。
これなら殺せる。
やらなければならない。死んでいった俺の部下達の為にも。生き残る部下の為にも。
「連隊長殿は無事か!」
背後から飛び込んできた敵を、振り向き様に剣を横に凪ぐ。
額から上を失った敵がそのまま崩れ落ちる。
「主席幕僚!!」
当たってよかった……。
一回転して敵の司令官へと向き直る。
主席幕僚?
起き上がった敵の指揮官が筒を掴む。槍か?
突然爆発音とともに、筒から火焔がほとばしった。
何が起きた!?
俺はすぐに自分の体を確認する。
俺の体は何ともなかった。
何だったんだ今のは。
慎重に剣を構えると、敵の指揮官が筒を俺に投げつける。
何の武器かわからない俺はその筒を避けた。
そして見ると、敵の指揮官は天幕から逃げ出していた。
追うか? 相手は作戦目標だ。
しかしこれ以上は危険だった。
俺の実力では、まともにこの女の指揮官と戦っても俺は勝てない。
俺は筒を拾うと手近にある革袋と地図も掴む。
追うのをやめて俺は天幕を抜けて走りだした。
「後退後退!」
俺は剣を頭上で振り回して叫び声をあげる。
敵なのか味方なのか、闇と雨で判別がつかない兵が共に森へ駆ける。
森の入り口で振り返ると、天幕が燃えていた。
蝋燭が倒れたか。
闇が炎で切り裂かれ、辺りが僅かに照らされる。
倒れている味方はないか?
おいていかれてる負傷兵はないか?
見て取れなかった。
俺は闇に広がる森へ飛び込んだ。
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次回 3日目 3日目
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