◇31 埋伏 予感(プリモニション)
【共和国・王国側谷の出口】
王国領に踏み込んだ連隊本部の天幕で、一人戦況図に見入る。
雨が天幕を叩く音は聞こえるが、外に比べれば天幕の中は天国に近い。
揺らめく蝋燭の明かりが、影絵舞台の様に自分の陰を天幕の内側に映す。
外は既に日が落ちて、一日が終わろうとしている。
今日1日の戦いとしては、楽だったわけではない。
しかし昨日の大損害に比べれば、減少しつつある。
そして午後になってからの好材料としては、1つ、森の街道上での伏撃を一度も受けていない事。
1つ、捜索殲滅部隊は空振りに近いが、それでも敵の負傷兵の一団を森で発見して、後退の邪魔をしている。
恐らく、弩級部隊を襲った突出した伏撃部隊の残存兵だろう。
森の出口へ向かっているという報告だったから、戦える兵は既に合流しているのだろう。
そして1つ、その合流先の森の出口で陣を張っている部隊は、今日1日の攻撃で虫の息に近い。
1つ。寝返った奴隷兵を王国兵は使っていない。
それらの情報で考えれば、明日には陣を突破する事が出来るだろう。
連隊情報幕僚の情報と連隊戦務幕僚の分析では、そうなる。
全く同意する。
この連隊本部もどこかしらほっとした様な空気が流れている。
しかしどうしても胸の奥に閊えるものがある。
障害物の構築と壕の掘削はされているが、どこか素直さがある。
それも基本に忠実だからこそ、今日押し切る事が出来なかった訳だが、指揮官の性格の違いが出ているような気がする。
明日こそは、明日こそは。その決意をこの2日間砕かれている。
あの指揮官は森の出口の正面にはいないのか?
疲れ切ってしまったのか?
それとも既に死んでいるのか?
敵の指揮官が死んでいると夢想したところで、胸をチクッと刺すものがあった。
「好敵手という訳か……」
相手を認める証に、口に出してみる。
同数の兵の戦いではどちらが勝つのだろうか?
いや、戦場において同じ条件で戦うなんていう事はない。
意味のない夢想だと心の中で斬って捨てる。
「それでも、明日こそは私が勝つ」
改めて口に出したところで、頭の中をよぎるものがあった。
もし……主攻面にわざと、あの指揮官はいないとしたら?
胸の中ににじみ出た疑念が、とめどなく広がる。
敵の指揮官は森の中に潜んでいる。本隊を陽動にして……。
しかし森の中には野生動物が潜んでいる。
捜索殲滅部隊も野生動物による損害を出している。
しかも夜は更に危険だ。とても森の中で生き残れるとは思えない。
杞憂だと思いたいが、胸騒ぎがする。
森の中に潜んでいると仮定して、そうすると目標はなんだ?
私の連隊でもっとも高価値の目標……。
予感に体が震える。
動悸が高鳴るのが分かる。
自分の手を胸に当てる。
目標は……「私」だ……。
そして突然天幕の外が騒がしくなる。
警備している兵があげる警戒の声。
しかし敵であれば、吶喊の蛮声が同時に聞こえる筈だ。
その声がないという事は野生動物だろうか?
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次回 埋伏 予感
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