◇26 埋伏 粉砕(ポールヴァゼィション)
【国境・王国側街道の森】
【2日目 朝 固守残り2日】
見捨てられた存在。
それが俺達。
そんな事は部下に知らせる訳にはいかなかった。
たとえ叔父の軍が明後日には動き出すかもしれない希望があるとしても、現時点では頼る訳にはいかない。
政治で動けないのなら、2日後の話も政治でなくなるかもしれない。
頼れるのは自分のチカラと仲間と恃む部下のみ。
嘘をついて、部下に希望を持たせる罪を俺は生きている限り抱いていこう。
挫けた心をイルチによって支えられた。
支える決心をさせたのは俺だ。
だから俺は責任を取らなければならない。
幸い、敵に動きはなかった。
こっちの目的は時間稼ぎだ。
敵の進軍が止まったのなら、無理に攻め込む必要はない。
それだけ俺達は生き残る確率が高くなる。
むしろ救援より、敵の停止の方が希望はあった。
何より国境の出入り口を制したのだ。
しかし敵は出てきた。
味方が警戒を知らせる。
直ぐにシュラーとソチェニが俺の傍に駆けてきた。
3人で目を凝らして敵の通過を待つ。
街道は雨に叩かれ続け、泥濘と化している。
戦うには適していない状態である事は明らかだ。
「来ました」
シュラーが教えてくれる。
騎馬隊を先頭に長槍部隊が通る。
注意してみると内側に剣士部隊がいる。
混成部隊か……。
「ご主人様と似たような部隊運用をしますね」
「なるほど……」
「相手はどっしりと構えて俺達とやる気だ」
「国境をとって、満足すればいいのに」
「彼らには彼らの理由があるのでしょう」
シュラーの豊かな髭も雨に濡れてやせ細っている。
老体には、雨に濡れ続けるのはきついのかもしれない。
「これは面倒臭いぞ」
「馬でさえ行軍に苦労しているようだからな」
「弓で狙い撃ちに出来れば楽なんだがな」
「もう、雨でふやけて使い物になりません」
「嫌な戦いだ」
通り過ぎる部隊の規模を確認する。
「このまま進軍すれば、リンヴェッカー、シュール、ヴェーク、クライナー、ジアルマタの部隊が囲む袋小路だ」
「俺達は、それ以上の部隊を進ませない様に後続部隊を足止めすればいい」
「それが次の目標だ」
「お前は自分を一番厳しい立場に置くな」
ソチェニが毒づく。
見ると、街道を進む敵から目を離していなかった。
「仕方がない。それが役目だ」
「もう中隊規模を超えているな」
俺は這いつくばったまま、後ろへ下がる。
「イルチ。全部隊に命令だ」
「敵は大隊規模と思われる。騎兵、長槍、剣士の混成部隊」
「中隊長直轄は後続を阻止、協働して敵を撃滅せよ」
「指揮はリンヴェッカーが執れ」
「この命令は変更の可能性がある。以上」
俺は次の獲物を待った。
俺の読み通り、敵は大隊規模に膨らんでいた。
狭い街道で大隊が縦に長くなれば、それだけ奇襲を受けた時、分断されやすい。
しかも街道はぬかるんでいる。
あえてその危険を冒しているという事は、何かしら譲れないものがある。
もしくは、罠が考えられる。
そして、十分間をあけて、次の部隊が視界に入った。
同じような編成が続くが騎兵がいない。
「これも大隊規模か?」
リンヴェッカーを引き抜いて、俺達の部隊と共同で当たるか……。
しかし剣士と長槍部隊の後方に弩弓が中隊規模で続く。
「まずいですな……」
シュラーがこぼす。
俺もそう思う。
「俺だったら距離を開けて、騎馬隊をつける」
「どういう事だ?」
ソチェニが聞いてくる。
「剣士と長槍を潰そうとと思えば、弩弓が掩護に出て来て、俺達はハチの巣だ」
「弩弓を潰そうとしたら?」
「剣士と後続の騎兵の挟み撃ちになる」
「既に前段の剣士と長槍の部隊だけで2個中隊で、俺達より多い」
「弩弓は1個中隊で俺達と同規模、まあ負傷兵も数に入れればだが」
「そして、続く騎兵は1個中隊を割る規模だろう」
「騎兵は1騎で、歩兵4人分は働きますからな」
シュラーが補足してくれる。
「つまり弩弓が一番襲いやすい」
「襲って貰いたい」
「つまり罠」
ソチェニが鋭い眼を隊列に向ける。
「そう俺は考える。散々に弩弓兵を狙ったからな」
「泥濘で、こちらの動きも悪い、俺達は狙い撃ちされる」
「考える限り万全の布陣だ」
「しかしやらなければなりませんな」
シュラーが笑みを向けてくる。
「その通りだ」
俺はうなづく。
「生き残るために」
ソチェニが結んで、俺はうなづいた。
「イルチ。命令変更」
「リンヴェッカーは後続の騎兵、剣士、長槍の混成2個中隊へ攻撃、足止めしろ」
「俺達は弩弓中隊以降を叩く」
「他の部隊はシュラーが指揮を執れ。以上」
そして俺の読み通り、弩弓部隊の後ろ続く部隊はなかった。
この間を埋められる速さを持った部隊。
控えているのは騎兵だろう。
「突撃準備。目標弩弓中隊」
「後続に騎兵の増援が予想される。素早く離脱するぞ」
「吶喊時に声を出すな」
シュラーとソチェニが次々と命令を伝えていく。
ソチェニもいつの間にか頼もしくなってきた。
「剣を抜け」
命令の復唱と金属音が波の様に伝わっていく。
「突撃」
俺達は雨の音に紛れて、粛々と全力でかけた。
※
連携はうまくいったようだった。
足首まで埋まる泥濘の中、俺達は出来るだけ全力でかけた。
弩弓部隊の背中から襲い掛かる。
警戒はしていただろうが、降りやまぬ雨に打たれ続け、嵌まる足を抜きながらの行軍は注意を散漫にさせていたようだった。
その点、同じ濡れながらでも、木の陰で休んでいた俺達には、まだ気力があった。
体を捻ればすぐ打てる敵の反撃は素早かったが、次の矢を番うのに手間をかけている間、俺達は殺戮の限りを尽くした。
血祭の宴は部下に任せ、俺は谷の出口へ注意を向けていた。
雨に煙る街道の奥に全神経を集中させる。
そしてその騎兵は姿を現した。
!!
想像より進軍速度が速い!
敵の騎兵は2縦列に分かれ、森の際を駆けていた。
そこなら、まだ地面はぬかるんでいない!
森への退路を断たれる!
「後退後退後退!」
「森へ逃げ込め!」
「囲まれるぞ!」
予告していたのが良かったのか、部下はすぐ反応する。
しかし、一目散に森へ向かう俺達に向けて、絶妙なタイミングで退路を断ってきた。
「騎兵の相手はするな! 森へ逃げ込め!」
俺の命令を見透かしたかのように、騎兵は森の際に陣取らず、俺達へ向かってきた。
すれ違い様に後退する味方を切り倒していく。
俺はシュラーのお陰で戦況に集中できた。
シュラーに向かった騎兵は脇腹を貫かれ、泥に沈んだ。
切り倒された兵を仲間が助け起こし、森へ向かった。
そこに街道の反対側を駆けてきた騎兵が、街道を渡り、俺達の背中から襲う。
悔しいが見事な波状攻撃だ。
「退路を断つ騎兵が半分に減ったと喜んだんだけどなぁ!」
「くそぉぉぉぉ!」
血祭は、敵の祭りになりはじめていた。
それでも大部分の兵は、森に逃げ込めていた。
ようやく番え終えた弩弓兵が矢を放つ。
仲間を引きずるもの、泥濘に足を取られている者の背に矢が突き立てられる。
そして再び騎兵が突撃してきた。
街道に取り残された味方の元へ向かっている。
「中隊集まれ! 救出するぞ!」
俺とシュラーが駆けて、取り残されてもがく部下の元で壁を作る。
「助けに来たぞ!」
「自分で動けるか?」
顔面が蒼白になっている兵は頷いた。
騎兵に肩を斬られて、辛うじてつながっている右腕を押さえていた。
これは、助けがいるな。
「中隊長を守れ!」
ソチェニの叫び声が聞こえる。
突進してくる馬から目を離さない。
騎兵が5騎、横一列に並んで駆けてくる。
このまま俺達を跳ね飛ばす気か。
ソチェニは俺の前に出ると、部下たちはソチェニを中心に「W」の陣を組む。
危険を察知した騎兵は進路を変えて、俺達を通り過ぎる。
「円陣を組め!」
俺の命令で素早く円の壁が作られる。
騎兵が周りをうろついて、壁の弱い部分を探しているが、弩弓が襲ってくる前に、素早く森へ逃げ込んだ。
全員が肩で息している。
わかってはいたが、損害は大きかった。
無傷な兵を見つける方が難しかった。
座り込んでいるならまだしも、倒れている兵は、生きている事すら怪しかった。
傷ついた兵を置き去りにしていないか。
確認する余裕すらなかった。
「シュラー。損害を確認してくれ」
シュラーも声を出す余裕が無いらしく、大きく口を開けたまま頷く。
恐らく動ける兵は、戦死者と同じ位だろう。
俺にもう一度戦う兵力はなかった。
戦術的目的は達した。
しかし俺の部隊も実質壊滅した。
----------------------------------------------------------------
次回 埋伏 探索
2016年07月22日07:00公開予定
----------------------------------------------------------------




