◇25 埋伏 2日目(セカンドデイ)
【国境・王国側谷】
「やはり敵は森に埋伏していたか」
「敵は特に弩弓を狙っています」
雨が天幕を叩いて、報告する兵もいつも以上に大きな声を出さないといけない。
「この森を抜けた平原での戦いを警戒しているのだろう」
「敵はどこまでも戦い抜くつもりだぞ……」
天幕から外の森を覗く。
雨の煙る森は、まるで正体を掴ませない相手の様だった。
「警戒はしておりましたが、手ひどく叩かれました」
「すべては私の責任に帰するものです」
「革命裁判の開廷も受け入れます」
戦務幕僚が四角い顔を更に角張らせて、俯く。
「威力偵察とはそういものだ」
「自身の血によって、敵のチカラを測る」
「相手が強ければ、赤い色に染まる」
「ですが……連隊長」
「そうだな。それが自分の血ではない事を、私たちは刻まなければならない」
「幕僚は計画を立案し、指揮官が決心して実行する」
「戦務幕僚は敗北主義に染まった訳ではないと、私は考える」
「はい……」
戦務幕僚が引き下がる。
次の戦いに備えて、切り替えて貰わなければならない。
「もう、威力偵察は終わりにしよう」
「情報はないが、それはこの部隊と接触してからずっとだ」
「連隊長……」
主席幕僚が珍しく、意味のない発言をする。
「連隊の全力で、前に進む」
「すべての資源を投入した計画を立案せよ」
「は」
連隊幕僚の敬礼を背に受けながら、天幕を出て雨の中へ歩き出した。
※
【国境・王国側街道の森】
【2日目 朝 固守残り2日】
まだ2日目。
雨雲が厚く広がっていて太陽は確認できないが、昼を過ぎた頃だろうか。。
既に2度の戦闘があり、兵達も疲れ切っていた。
敵が谷の出口へ後退しているのを幸いに、休息をとらせていた。
雨が体温を奪って行く筈なのに、疲労感からか膝から足先までが熱い。
「ご主人様」
「戦局はいかがですか?」
そこへヴェークが見慣れる【歌うもの】と共に帰ってきた。
「よく帰って来てくれた」
「俺達の話は後で伝える。まずは報告をしてくれ」
「人払いをお願いできますか?」
新顔の【歌うもの】をイルチに任せる。
シュラーを伴って、ヴェークと共に部隊から少し距離をおく。
「どうした?」
ヴェークがとても言いづらそうにしている。
「王国軍はご主人様の叔父、ビルゲン様の軍を除いて撤退しました」
「ビルゲン様は双子城の城外で野営をしています」
「そして双子城のメットナウ家は、籠城の構えを取っています」
「叔父にはあったのか?」
「はい」
「ビルゲン様は後退命令を曲解して、この国境地帯に居座っています」
「しかし……」
「しかし、なんだ?」
「今日を入れて2日は動けないと仰ってました」
「そうか……。俺が命令違反をするのと本家が命令違反をするのでは話が違ってくるからな」
「厳しいな……」
厳しいどころじゃない。
こっちはもう何度も戦えない。
「ヴェーク、ありがとう。少し休んでくれ」
「その後、ジアルマタから隊を返してもらえ」
「シュラー。ヴェークを宜しく頼む」
「少し一人で考えさせてくれ」
俺は二人をおいて、再び街道を覗く茂みまで這っていく。
俺達の後ろには誰もいないし、誰も助けに来ない。
そういう事か……。
俺達はやはり捨て石だった。
何度胸に刻んだ事か。
世界の流れにおいて、俺はなんと無価値な人間だろうか。
この数多の雨粒のように、世界においては砕かれて染み込んでいく存在。
しかも俺の命令を聞いて傷つき、死んでいく兵の価値はいかほどだろうか。
俺を信じてくれている【歌うもの】の価値は?
俺は何をしたい? なにがしたい?
この任務を放棄してもいいんじゃないか?
それが出来ない事はわかっている。
王国とノイシェーハウという後ろ盾を失った俺達は、やっていく事が出来ない。
末路は今と同じだ。
「3日3日3日3日!」
地面を叩くと泥が跳ねる。
3日固守したらなんだっていうんだ。
独力で後退?
救援が来るんじゃなかったのか?
俺達を捨て駒にして再編成。そして反撃。
それすらない。
なぜ総裁に確認しなかったのか。
3日の意味を……。
今更ながら自分の浅慮に呆れる。
愚か者は俺だ。
眠い。寝たい。
寝て起きたら、全て問題は解決しているんじゃないか。
眠気を覚ます為に立ち上がり、街道を見る。
変化はない。
コンコンコン。
コンコンコン。
コンコンコン。
規則正しい振動が体に伝わってくる。
振り返るとイルチが立っていた。
手にナイフを持ち、刃先を俺の鎧に軽く突き立てていた。
「信用できないか?」
俯いていて表情は確認できない。
「俺を殺して本当に自由になるか?」
「鎧の隙間にねじ込まないと、俺は殺せないぞ?」
ナイフを突き立てる音が止む。
「ご主人様の事を信じてしまいました」
「だからまた、前のご主人様みたいに、裏切られるなら先に……」
「殺してしまった方が、楽だよな」
また、規則正しくナイフを突き立てる音が始まる。
「でも……。ご主人様を殺したら、私たちはどうやって生きていったらいいかわからなくて……」
俺は黙って聞いてる。
「ご主人様は、ご飯を食べさせてくれたし」
「私達に気を使ってくれてるのもわかるから……」
「でも、また騙されて、奴隷になるかもしれない……」
イルチの頭を撫でる。
後ろ盾が必要なのは俺も【歌うもの】も変わらない。
いや、後ろ盾ではなく、繋がりか……。
俺と【歌うもの】のつながり、死んだ者、負傷したもの、生きてまだ俺に従っている者とのつながり。
俺はノイシェーハウとつながっているのか?
今日を入れて2日。
2日生き残れば、ビルゲンとかいう叔父が動き出す。
それがつながりだ。
「よし!」
俺は気合を入れる。
だとしたらやる事は一つ。
ここで戦い抜く。
「死ぬのは痛そうだ」
イルチが不思議そうに俺を見つめていた。
肩を軽く撫でてやる。
ナイフが立てる音は止んだ。
俺は天才になりたい。
夢の中の俺、ミサキ トウヤはどうだったのだろうか。
※
「下がって王国軍と合流するべきだ」
どこで聞いたのか、ソチェニが迫ってきた。
そういえば、この男の事を忘れていた。
俺達の話を聞いていたのかもしれない。
「お前が貴族の誇りを捨てる時が来るとはな」
「一騎打ちまで志願したお前が、命令違反を薦めるのか」
ソチェニの顔から、どこかしら余裕が失われ、引き締まった精悍な表情に変わっていた。
「この死体の山を見て何とも思わないのか?」
「俺とお前で一緒に助け出そうとして、顔を失った部下を見て、何も思わないのか?」
ソチェニが体を震わせている。
そういえば、ずっとあの兵の傍らで悔やんでいたな。
「哀れみで生き残る事は出来ない」
「義務を放棄して、今生きている兵や、負傷している兵にとって、いい結果が得られるとでも?」
「生きるために、部下を死に追いやるのか?」
「それは矛盾だ。これ以上犠牲を出さないのが、指揮官としての責任だろう」
「指揮官としての責任か……。もちろん承知している」
「騙されている事に気が付かないのか? 俺達は捨て石にされたんだぞ?」
雨に濡れた髪が、顔に張り付いている。
ヒステリックなお坊ちゃんから、なかなかハンサムになったもんだ。
俺の顔はどうだろうか?
男の顔をしているだろうか。
「捨て石の役割すら成せなかったら、この部下達をどうやって守るんだ?」
「好きに逃亡させて、俺の責任がなくなる訳じゃない」
「生還した後の兵に対して責任を取るというのか?」
そう。
指揮官は戦場だけの指揮官だけでは無い筈だ。
この戦いが済んだ後、人生の何かを失った兵の指揮官でもあり続けなければならないと思う。
「死んだ人間に対しても責任を取りたいと思っている」
「だから、戦死者を放置しないで、故郷へ返そうと努力している」
兵たちが、この戦争を戦った意味に、自信を持ち続ける人生を歩むために。
「生きている者を危険に晒しても」
「そうだ」
「お前はあの顔を失った兵を、野に晒して帰る事が出来るか?」
「……」
ソチェニが泣きそうな顔になる。
「生きていようと死んでいようと、俺達は故郷へ帰る」
「そしてその後で、俺達を捨てたやつを後悔させる」
「それが、指揮官として背負える精いっぱいの責任だ」
俺の精いっぱいの決意表明だった。
何より俺が挫けない為の。
そして思った。
俺の故郷はどこにあるんだろうか。
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次回 埋伏 粉砕
2016年07月19日07:00公開予定
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